研究領域「統合細孔」の概要
細孔物質は、内部に多数のナノからミクロレベルの孔を有する機能性物質群であり、分子の吸着力がある、比表面積が大きいなどその優れた性質から非常に有用な物質として注目されています。既に活性炭やゼオライトなどの細孔物質が実用化されており、細孔の形態や大きさなどの特徴に応じて、石油工業の分離材料、水道水の浄化や脱臭剤といった吸着材料に使用され、現代の生活には不可欠になっています。しかしながら、活性炭やゼオライトなどは、細孔の形態や大きさがそれぞれの物質特有であるため応用範囲は限定されており、細孔物質はまだその優れた性質を充分に発揮しているとは、必ずしも言えません。もし、細孔の形態や大きさを自在に制御し、さらに種々の制御された細孔を組み合わせた材料を化学的に合成することができれば、大気中から効率的に汚染物質を取り除いたり、より少ないエネルギーで工業原料から不純物の除去と微量成分の抽出を同時に行うことが可能になるなど、細孔物質の応用範囲は飛躍的に広がると予測されます。
本研究領域は、多孔性配位高分子、すなわち有機配位子と遷移金属イオンから構成されたナノサイズの細孔を有する物質に着目して、その細孔を制御する方法を確立するとともに、化学的に合成した様々な多孔性配位高分子をはじめとした細孔物質を統合することにより外界環境に応じた多様な、あるいは協同的に細孔機能を発揮する新たな機能性材料を創出するものです。
細孔材料の機能を決定付けているのは細孔空間-細孔壁間の分子レベルでの相互作用です。このためX線回折測定を用いて、多孔性配位高分子の細孔空間-細孔壁間の分子間相互作用の解明に取り組み、細孔の物理的・化学的な理解を深めます。さらに、細孔の物理的・化学的理解を基礎として、外界環境が変化する度に異なる細孔機能を発現する、多能性と呼びうる配位高分子の研究、異なる細孔機能を有した配位高分子同士、あるいは多孔性配位高分子と従来の細孔物質を融合する技術の向上と、細孔機能が協同的に発現するハイブリッドな細孔物質の創出を試みます。こうして得られた全く新しい細孔物質は、化学工業において不可欠な貯蔵・分離を高効率で安全に行うことが可能な細孔材料の開発、また生体で利用可能な薬剤の運搬・放出、有害物質を処理するマイクロカプセル創出に向け、不可欠な役割を担うものと考えられます。
本研究領域は、有機配位子と遷移金属イオンから構成されたナノサイズの細孔に、目的とする機能を発現させ、新たな細孔機能を持った材料の研究開発を行うもので、戦略目標「プログラムされたビルドアップ型ナノ構造の構築と機能の探索」に資することが期待されます。
1.氏名(現職) |
北川 進(きたがわ すすむ)
(京都大学物質-細胞統合システム拠点 副拠点長) 56歳 |
2.略歴 |
昭和49年 3月 | 京都大学工学部石油化学科 卒業 |
昭和51年 3月 | 京都大学大学院工学研究科石油化学専攻修士課程修了 |
昭和54年 3月 | 京都大学大学院工学研究科石油化学専攻博士課程修了(工学博士) |
昭和54年 4月 | 近畿大学理工学部助手 |
昭和58年 4月 | 近畿大学理工学部 講師 |
昭和63年 4月 | 近畿大学理工学部助教授 |
平成 4年 4月 | 東京都立大学理学部化学教室 無機化学第一講座教授 |
平成10年 6月 | 京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻教授 |
平成19年10月 | 京都大学物質-細胞統合システム拠点 副拠点長 |
この間 |
昭和61年 7月 | ~昭和62年 8月 Texas A&M大学 Cotton研究室博士研究員 |
平成16年10月 | ~平成20年 3月 文部科学省科学研究費 特定領域研究「配位空間の化学」領域代表 |
平成16年10月 | ~平成17年 3月 広島大学理学研究科 非常勤講師 |
平成16年10月 | ~平成17年 3月 名古屋大学理学研究科 非常勤講師 |
平成17年 6月 | ルイパスツール大学(仏)客員教授 |
平成17年10月 | ~平成18年 3月 名古屋大学工学研究科 非常勤講師 |
平成18年 4月 | ~平成18年 9月 大阪大学工学研究科 非常勤講師 |
平成18年10月 | ~平成19年 3月 兵庫県立大学 非常勤講師 |
平成19年 4月 | ~平成19年 9月 九州大学工学府 非常勤講師 |
|
3.研究分野 |
錯体化学、特に集積型金属錯体による配位空間の化学 |
4.学会活動等 |
日本学術会議化学系研究連絡委員(平成6年6月~平成12年9月)
日本学術振興会学術システム研究センター化学専門委員・プログラムオフィサー(平成17年7月~平成19年3月)
日本化学会欧文誌編集委員(平成7年9月~平成9年3月)
日本化学会速報誌副編集委員(平成12年4月~平成15年3月)
Crystal Engineering誌副編集委員(平成12年4月~平成15年3月)
Crystal Growth & Design誌Topic Editor(平成16年10月~現在)
Chemistry Letters誌 Advisory Board(平成16年10月~現在)
Coordination Chemistry Review誌Editorial Board(平成18年1月~現在)
Chemistry of Materials誌Editorial Advisory Board(平成18年1月~現在)
Inorganic Chimica Acta誌Advisory Board(平成18年1月~現在)
Chemistry, Asian Journal誌International Editorial Board(平成18年1月~現在)
Chemical ommunications 誌Advisory Board(平成18年4月~現在)
European Journal of Inorganic Chemistry誌Advisory Board(平成19年1月~現在)
|
5.業績等 |
1980年代、配位結合を用いて遷移金属イオンを連結し、多様な集積型金属錯体を合成する分野において、銅イオンを始めとする各種金属元素、酸化状態の集積型金属錯体にいち早く注目し研究を進めた(Inorg. Chem., 1981, 1982, 1984)。特に、1価銅オレフィン錯体の合成反応を開発し、1、4ーシクロオクタジェンの2成分錯体を始めとする多くの銅オレフィン錯体を単離して、1価銅とオレフィンとの結合の性質を明らかにした研究(Inorg. Chem., 1986)は、植物のエチレン受容体が、1価銅のような低原子価金属である可能性を示す研究として、生物化学者からも高い評価を受けた。
1990年代に入ると、集積型金属錯体固体が持つ多様なナノ細孔空間を、機能空間として利用する立場から、配位子の形、サイズ、官能基を自在に設計し、金属イオンとの配位結合を3次元的に制御したナノ細孔構造を構築する研究を進めた(Dalton Trans, 1991 ; Inorg. Chem., 1992 ; Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 1994)。1997年、世界に先駆けて高温で安定な、さね継ぎ構造、相互貫入構造、ピラードレイヤー構造、3次元グリッド構造を持つチャンネル空間を実現した。これは、「錯体固体はゲスト分子を除くと無機物に比べてもろく、吸着、反応などの機能場として適さない」とみなされていた定説をくつがえすものであった。こうした知見に基づき、世界で初めて、錯体系による常温、高圧でのメタンの大量吸蔵能をもつことを実証した(Angew. Chem. Int. Ed., 1997)。この成果は、吸着材料や新しい触媒につながる成果として期待されている。
その後、多孔性配位高分子が高い結晶性を有する点に着目し、合成の段階で用いる金属イオンの配位ジオメトリーや置換基に規則的かつ高密度な化学修飾を施す研究を進め先駆的な成果を上げている。2002年には、多孔性配位高分子の内部空間に酸素分子を1 次元に配列させることに成功し、X 線回折によるin-situ測定によって1 次元酸素分子構造を直接観察した(Science, 2002)。また、細孔表面における塩基性官能基の配置を工夫し、アセチレン分子を2 重の水素結合によって安定した状態でトラップする手法を提案し、細孔内部のアセチレン分子は通常の爆発限界の200 倍以上もの密度で濃縮可能である事を実証した(Nature, 2005)。さらに、2 種類の細孔を持ち、0.01nm単位で細孔サイズを制御できる多孔性配位高分子の合成(Nature Materials, 2007)に成功するなど、現在、多孔性物質分野で先導的な役割を果たしている。
|
6.受賞等 |
平成14年2月 | 平成13年度日本化学会学術賞受賞 |
平成17年9月 | 南海大学Lectureship (南海大学、天津、中国) |
平成19年2月 | Earl L. Muetterties Memorial Lectureship (University of California, Berkeley) |
平成19年9月 | 日本錯体化学会賞受賞 |
|
相手側 研究総括 Omar M. Yaghi氏の略歴など
1.氏名(現職) |
Omar M. Yaghi (オマール ヤギー)
(カリフォルニア大学ロサンゼルス校 化学・生化学科 教授) 42歳 |
|
2.略歴 |
1985年 | ニューヨーク州立大学オールバニ校卒業 |
1990年 | イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 博士課程修了(理学博士) |
1990年 | ~1992年 NSF ポスドクフェロー(ハーバード大学) |
1992年 | ~1997年5月 アリゾナ州立大学 化学・生化学科助教授 |
1997年 | 6月~2005年12月 ミシガン大学 化学科教授 |
2006年 | 1月~ 現在 カリフォルニア大学ロサンゼルス校 化学・生化学科 教授 |
|
3.研究分野 |
有機化学、特に有機金属系構造体(MOF)の化学 |
4.業績など |
1990年代から2000年代はじめにかけて、ビルディングブロック合成法を用いた新物質の設計及び合成法に関する研究に従事した。この研究において、カチオン性の金属-酸素ユニットはアニオン性のジカルボン酸塩によって他の固体物質との連結が可能だということを示し、使用目的に合わせて有機-無機ハイブリッド結晶を合成するための方法論が確立された。このようにして合成された物質は有機金属構造体(MOF:metal-organic framework)と呼ばれ、熱的に非常に安定である、間隙率が高い、機能付与が容易であるといった特徴を有している(例えば、Chem. Commun., 2001 ; CrystEngComm., 2002)。足かけ12年に渡る研究期間に発表された論文において提示された、ビルディングブロック合成法を用いた新しい化合物の設計及び合成法は、現在、世界中の物質化学者や技術者の間で広く用いられている。
その後も独創的なアイデアに基づき、結晶性固体合成やX線結晶解析にハイスループット法を導入し、効率的に多孔性物質の合成を行う研究を精力的に進めている。例えば、安定性・軽量性に優れるとされた共有結合性有機物多孔体の創出やイミダゾール誘導体と金属イオンのみによって様々なゼオライド構造を実現するなど、多孔性材料の開発研究において牽引役を果たしている(Science, 2005, 2007)。 |
5.受賞など |
1990年 | NSF Postdoctoral Fellowship Award |
1995年 | Exxon Education Foundation Award |
1998年 | Exxon Award, American Chemical Society-Solid State Chem. Division |
2002年 | 3M Faculty Award |
2007年 | Deans Recognition Award, UCLA Materials Research Society, MRS Medal Recipient |
|