科学技術振興機構報 第41号
平成16年3月24日
埼玉県川口市本町4-1-8
独立行政法人 科学技術振興機構
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URL:http://www.jst.go.jp/

細胞内での分子移動
「アクチン重合駆動分子モーター」の発見

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長 沖村 憲樹)の個人型研究プログラムにおいて、生きたままの細胞を用いて細胞内の分子挙動をリアルタイムに観察できる独自に開発した「単分子スペックル法」により、アクチン線維の重合エネルギーを利用した、全く新しい細胞内の分子移動機構の存在を見い出した。
 本成果を見いだしたのは、戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけタイプ)の研究領域「認識と形成」(研究総括:江口 吾朗)における研究テーマ「細胞運動制御の単分子スペックル法による総括的解析」を実施している研究者 渡邊 直樹 京都大学大学院医学研究科 助教授。
 なお、本研究成果は、米国科学雑誌サイエンス誌 3月26日号に掲載される。
【成果のポイント】
1) アクチン線維(用語説明1)の重合エネルギーを利用した新たな分子モーター(用語説明2)の示唆
2) 単分子スペックル法図1用語説明3)による、mDia1蛋白質(以下、「mDia1」と略す;用語説明4)の細胞内高速移動の観察(秒速2マイクロメートル)
3) mDia1は、細胞内のアクチン線維の伸長端に結合しながらアクチン重合速度に従って移動する
 
【研究成果の概要】
序文
 生物の体は、僅か数~数十マイクロメータサイズの細胞を基本単位として構成されるが、ばい菌を捕らえようとする白血球のアメーバ様運動に代表されるように、多くの細胞は絶えず伸展・収縮などの変形を繰り返している。この細胞の伸展・収縮を、アクチン、微小管等、線維状の蛋白質が細胞の骨格(以下、「細胞骨格」と略す)を形成することで、細胞の内側から支えている。これらの細胞骨格は、筋肉の収縮や神経細胞の突起形成などの細胞の変形や様々な物質の輸送をダイナミックに制御し、生命活動維持に重要な役割を果たしていることが分かっている。
 生体内で物質を輸送し、細胞を動かすときの原動力発生装置として、アクチン線維を足場とするミオシンや、微小管を足場とするキネシン、ダイニンといった分子モーターが知られている。これら分子モーターは、生体のエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)を自ら分解することで得られるエネルギーを利用して、細胞骨格線維のレールの上を滑走することができる。
 一方で、神経細胞や白血球など活発に運動する細胞が伸展するような場所では、アクチンが重合し、線維の先端を伸ばすことで細胞を外向きに押し出していることが知られている。よって、アクチン重合自体が、細胞運動のための力を提供するもう1つの原動力発生機構であると考えることができる。
研究の背景および成果の概要
 これまで、細胞の形をきめる細胞骨格のダイナミックスについては光学顕微鏡や電子顕微鏡を利用して、全体の「形」の変化を追うことで研究されてきた。しかし、このような方法では、生きたままの細胞で起きている分子レベルの現象が捉えられず、細胞におけるダイナミックな作用を動的に観察することが出来なかった。本研究では、このような問題を解決すべく、最新の光学顕微鏡を用い、蛍光標識された細胞骨格を形作る蛋白質を生きた細胞内で1分子ごとに観察することが可能となる「単分子スペックル法」を独自に開発し、細胞のリアルタイム観察に成功した。このことにより、原動力発生機構の一つであるアクチン重合のエネルギーを利用した、全く新しい細胞内分子移動機構が存在することを世界で初めて見い出すことに成功した。
 本研究で新たな機能が発見されたmDia1は、酵母から哺乳類まで広く存在するForminファミリー蛋白質(用語説明5)の1つである。これらは細胞質分裂や細胞の極性形成に重要な働きをしている。最近、いくつかのForminファミリー蛋白質のメンバーが、アクチン重合を促進すること、アクチン線維の伸長が速い先端へ結合することが報告された。しかし、この性質が細胞内でどう働くかはわかっていなかった。
 今回、我々は緑色蛍光蛋白質で標識したmDia1を生きた細胞内に導入し、それらを1分子ごとに高感度蛍光顕微鏡下で可視化したところ、mDia1が数十マイクロメーターの距離を、方向性をもって分子移動することを見い出した(図3)。このmDia1の細胞内分子移動は、アクチンの重合、脱重合を阻害する薬剤で完全に停止したが、停止に至るまでの移動速度変化は、アクチン線維の伸長速度の変化に一致した。また、ミオシンの非存在下において、mDia1が重合を続けるアクチン線維の伸長端に連続的に会合するのを顕微鏡下で確認した。これらの結果から、mDia1は細胞内のアクチン線維の伸長端に連続的に結合しながら、アクチン重合速度に従って移動すると考えられる。
 今回の新たな分子移動機構の発見は、Forminファミリー蛋白質の一つであるmDia1が、アクチンの重合を促進するのみならず、アクチン重合のエネルギーを利用して、自らの分子移動を行う能力があることを明らかにするものである。
今後期待できる成果
 今回の研究は、分子全体の動きを観察した場合では全く捉えられなかったであろう一つ一つの分子の動きを捉える、細胞内単分子イメージング手法の画期的な成功例となった。今回発見されたアクチン重合駆動分子モーター的性質が生体のいつ、どこで利用されるのか、本研究が発展することで詳細に明らかにされるだろう。また、同様の手法が種々の生体内現象を分子レベルで捉えたり、分子標的治療薬の細胞内での直接作用評価などへの応用につながることが期待される。
 
【論文名】
Actin Polymerization-Driven Molecular Movement of mDia1 in Living Cells
(アクチン重合で駆動されるmDia1の生細胞内分子移動)
doi :10.1126/science.1093923
 
【研究領域等】
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「認識と形成」研究領域 (研究総括:江口 吾朗; HP URL: http://www.ninshiki.jst.go.jp/index.htm)
研究課題名: 細胞運動制御の単分子スペックル法による総括的解析
研究者: 渡邊 直樹(京都大学大学院医学研究科 助教授)
研究実施場所: 京都大学大学院医学研究科
研究実施期間: 平成14年11月?平成17年10月
 
【問い合わせ先】
渡邊 直樹(ワタナベ ナオキ)
京都大学大学院医学研究科 神経細胞薬理学 助教授
〒606-8501 京都市左京区吉田近衛町
Tel 075-753-4396、Fax 075-753-4693
 
瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部研究第二課
〒332-0012 埼玉県川口市本町四丁目1番8号
Tel 048-226-5641、Fax 048-226-2144
 
【用語説明】
図1
図2
図3
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