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科学技術振興機構報 第357号

平成18年11月14日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

透析アミロイド病の原因物質の基本立体構造解明に成功

(アルツハイマー病などアミロイド病の予防と治療に期待)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、透析アミロイド病(注1)の原因物質であるアミロイド線維(注2)の基本立体構造を解明することに成功しました。
 ヒトでは、β2ミクログロブリン(注3)の形成するアミロイド線維により長期血液透析患者に発症する透析アミロイド病の他、アルツハイマー病、プリオン病、パーキンソン病をはじめ20種類を越える種類のアミロイド病(注4)があります。これらのアミロイド病では、それぞれの病気に固有のたんぱく質が線維状の凝集体を形成して体内組織に沈着し、病気を引き起こすと考えられています。しかしながら、アミロイド線維は大きな凝集体であるため、X線結晶解析(注5)溶液核磁気共鳴(注6)などのたんぱく質構造解析の主要な手法が使えず、その詳細な構造は解明されていませんでした。
 本研究では、たんぱく質凝集体に対しても有効な固体核磁気共鳴(注6)を用いて、β2ミクログロブリンが形成するアミロイド線維の立体構造を解析しました。その結果、β2ミクログロブリンの断片ペプチド(注7)が分子間で特異的に結合してアミロイド線維を形成していることを発見しました。今回明らかとなった立体構造が、アルツハイマー病、プリオン病に関わるアミロイド線維で示された構造とよく似ていることから、アミロイド線維の基本構造はたんぱく質によらず、共通していることもわかりました。本成果に基づき、アミロイド線維の構造と物性の研究が進めば、アミロイド線維形成の阻害剤やアミロイド線維を壊す試薬や手法の開発につながり、アミロイド病の予防や治療を実現すると期待されます。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」研究領域(研究総括:大島泰郎)の研究テーマ「アミロイドーシス発症の分子機構解明」の研究代表者・後藤祐児(大阪大学蛋白質研究所 教授)らによって得られたもので、米国科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)」オンライン版に2006年11月13日(米国東部時間)の週に公開され、11月28日に誌面に掲載されます。


<研究の背景>

 たんぱく質は、アミノ酸配列に規定された立体構造にフォールディング(folding)(注8)して、たんぱく質ごとに特化した機能を発現し人間の生命を支えます。しかし誤ったフォールディング(ミスフォールディング)が行われた場合、たんぱく質は線維状の凝集物であるアミロイド線維の沈着を引き起こすことがあり、そうなるとたちまちアミロイド病の原因として生命を危うくする存在となることが近年明らかになってきました。アルツハイマー病、クロイツフェルトヤコブ病や狂牛病といったプリオン病、パーキンソン病、透析アミロイド病などがその例であり、これらは、"アミロイド病(amyloidosis) "と総称されます。
 たんぱく質の機能を決定する立体構造の解明には、X線結晶解析や溶液核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance, NMR)が有効であり、文部科学省のタンパク3000プロジェクト(注9)の主題となっています。ところが、アミロイド線維は凝集体が大きいため、これらの手法を直接使うことができず、その詳細な構造は解明されていませんでした。しかし、アミロイド線維形成はたんぱく質の本質に迫る重要な問題であり、また現在の社会問題となっている多くの重篤な病気と関わることから、研究者の関心は高く、アミロイド線維の構造や物性の解明を目指す本格的な研究が始まったところです。

<本研究の成果>

 本研究チームは、構造解析の対象として、透析アミロイド病の原因となるβ2ミクログロブリンのアミロイド線維を選定しました(図1)。長期血液透析患者の多い国内では、透析アミロイド病は特に深刻なアミロイド病です。22種類のアミノ酸からなるβ2ミクログロブリンのペプチド断片を精製し、このペプチド断片の形成するアミロイド線維を材料として、固体核磁気共鳴のさまざまな手法を組み合わせることによって、その立体構造を明らかにしました。
 その結果、一本のペプチドは馬蹄形に折りたたまり、同じような形をしたペプチドが、将棋の駒を積むように延々と積み重なることによって、全体として針金のような線維構造ができあがることが明らかになりました(図2)。もともと、β2ミクログロブリンは自分自身で折りたたまることによって機能的な立体構造を形成しています。機能的な立体構造がいったんほどけた後、同じようにほどけたたんぱく質同士が図2のように層状に結合することにより、アミロイド線維ができると考えられます。
 今回明らかになったアミロイド線維の構造は、アルツハイマー病やプリオン病の研究で提案されたものと類似しており、アミロイド線維の基本構造は共通していることがわかりました。

<今後の展開>

 本研究により、アミロイド線維の基本構造が明らかになりました。この成果を発展させることで、将来、透析アミロイド病だけでなく、各種のアミロイド病の予防や治療を実現することが期待できます。また、アミロイド線維は、機能的なたんぱく質と表裏の関係にあります。ミスフォールディングによって形成されたアミロイド線維の研究が進むことによって、正常なフォールディングによって形成される機能的なたんぱく質の構造や物性に対する理解も深まると予想されます。さらに、アミロイド線維の均質で剛直な構造的特徴から、アミロイド線維をナノスケールの材料として開発利用(注10)することの期待が高まっており、それらの進展にも寄与するものです。
 今後は、アミロイド線維の形成機構を原子レベルで解明すると共に、それを阻害する試薬の開発、さらにはアミロイド線維をナノスケールの材料として利用する技術の構築を目指します。

用語解説
図1 透析アミロイド病とアミロイド線維の構造解析
図2 β2ミクログロブリンのアミロイド線維の原子間力顕微鏡画像と立体構造

<論文名>

“3D structure of amyloid protofilaments of β2-microglobulin fragment probed by solid-state NMR”
(固体NMRを用いたβ2ミクログロブリン断片の形成するアミロイドプロトフィラメントの3次元構造の決定)
doi :10.1073/pnas.0607180103

<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」

(研究総括:大島 泰郎 共和化工(株)環境微生物学研究所 所長)
研究課題名:「アミロイドーシス発症の分子機構解明」
研究代表者:後藤 祐児 大阪大学蛋白質研究所 教授
研究期間:平成14年度~平成19年度

<お問い合わせ先>

後藤 祐児(ごとう ゆうじ)
 大阪大学 蛋白質研究所 蛋白質構造形成研究室
 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘3-2
 TEL: 06-6879-8614 FAX: 06-6879-8616
 E-mail:

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
 独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 TEL: 048-226-5635 FAX: 048-226-1164
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