JST(理事長 沖村憲樹)は、文化財のデジタルアーカイブに適した「超高精細スキャナ」の開発と同時に、高精細の画像から顔料に関する情報を得るソフトウェア「画像材料推定システム」の開発に成功しました。
今回開発したスキャナは、非接触で文化財を傷つけることなく起伏画面の採取ができ、ゆがみのない高い寸法精度、忠実な色再現、そして可搬型などの新しい特徴があります。
従来のデジタルアーカイブは、電子データとしての画像の読み込みにしか過ぎなかったため、文化財絵画などを、実際に近い色でデジタル化し、系統的に保存することは困難でした。本プロジェクトが実現した新しいシステムは、超高解像度であるということ、可視光を用いて文化財を傷つけずに画像を取り込めるという特徴があります。日本の文化財や美術絵画に使用されている顔料や和紙などの情報から構築したデータベースを用いて、画材を推定できるというシステムも組み込まれているので、古画の修復や保存のみならず他の素材評価に大きく応用できる独創的なツールとなります。
日本画をデジタルアーカイブすることは、日本の文化財保存に大きく貢献し、顔料を分析して推定するシステムは、絵画に関わる専門家や研究者にとっても非常に役立つもので、今後、このデジタルアーカイブ技術が、科学・史学・美学の総合システムの発展に貢献すると期待されます。すでに九州国立博物館、世界遺産である二条城、国宝・重要文化財を多く所有する大徳寺などで、保存すべき文化財のデジタルアーカイブ化およびその分析が、試験的に実施されています。
本成果は、研究成果活用プラザ京都(総館長:堀場雅夫、館長:松波弘之 京都大学名誉教授)における、地域イノベーション創出事業重点地域研究開発推進プログラム(育成研究) 平成16年度採択課題「超高解像度大型平面入力スキャナの開発と画像材料推定システムへの応用」(プロジェクトリーダー:井手亜里 京都大学教授)で得られたものです。
<研究の背景>
日本には世界に類のない誇るべき文化財が数多く存在しています。文化財の保存や修復および研究は、文化の向上だけでなく、歴史研究においても極めて重要です。日本の文化財の多くは、襖絵(ふすまえ)・障壁画(しょうへきが)など建築物の一部として自然環境の中にあるため、劣化は著しく進んでいます。博物館や美術館の徹底した保存環境でも、劣化防止の研究は重要であり、専門家が努力し続けている課題です。
一般的に、劣化が進む文化財を撮影保存するにはデジタルアーカイブ注1という考え方がありますが、従来のデジタルアーカイブは、カメラ撮影で行われるのが一般的でした。しかし、カメラのレンズ特性から画像にひずみが生じ、照明条件も撮影毎に変わるため、正確な寸法と色の再現は出来ていませんでした。
また文化財を保存するためには、文化財の修復も重要な課題です。しかしながら、修復すべき文化財の数に対して修復職人の数が不足しており、十分な修復や保存の作業が間に合っていないのが現状です。
デジタルアーカイブと文化財の修復のどちらにしても多くの時間と費用が掛かり、特に日本では、社寺などの小規模な団体や個人が文化財を保有している場合も多く、文化財の管理費用は深刻な問題となっています。そのため、文化財管理の時間短縮・コスト削減につながるシステムの構築が求められていました。
また、現地に行かなくても文化財の調査・研究ができるように、実物を忠実に再現するデジタルデータと当時の顔料の科学的情報が得られるシステムが望まれていました。
<研究の内容>
文化財のデジタルアーカイブと修復を行う際は、文化財を傷つけないようにするため、所蔵する社寺から搬出せず、その場で作業をしなければなりませんでした。また、文化財を傷つけずにデジタルデータ化することができるスキャナ装置は、大型かつ重量があるので、現場に持ち込むことは現実的に不可能でした。
本開発チームは、文化財のデジタルアーカイブの諸問題に焦点を当てて、大型古画でも入力可能な、文化財に特化した大型かつ高精細なスキャナの開発に成功し、ひずみの生じない高い寸法精度、忠実な色再現、非接触で文化財を傷つけずに起伏画面を正確にトレースできるなど、文化財の現状をデジタルデータとして正確にかつ半永久的に保存することを可能にしました。
また、文化財の修復の問題については、今回開発したスキャナから得られる高精細デジタル画像の画素情報(赤・緑・青色信号)から、可視分光特性注2を考慮して、同時に開発した材料(顔料)のデータベースとの対比から、当時使用された顔料を推定するソフトウェアの開発にも成功しました。
非常に高い技術や見識を兼ね備えた職人の経験や勘に頼っていた文化財修復作業を手助けすることができ、修復がより容易に行うことができるようになるため、本システムは、非常に価値の高いものです。
<今後の展開>
本研究のスキャナと推定システムを用いることにより、将来的には、文化財の保存、修復に掛かる時間の短縮およびコストの削減につながることが期待されます。また、高精細で正確なデジタルデータと、当時の顔料などの科学的データを活用することで美学・史学・科学技術といった文系・理系の分野融合を図り、文化財の研究にとってきわめて有用な知見を得ることができるなど、大いに貢献できると考えています。具体的には以下のようなことが期待されます。
デジタルミュージアムが実現すれば、従来の博物館での展示スペースや展示方法の制約から、その文化的資産の活用・公開が難しかったものが、貴重な文化財の劣化や遺失のリスクから守りつつ、広く一般に公開可能となります。また、世界最高レベルのデジタル画像を用いることにより、目視では確認できないほどの絵画の詳細部分を、専門家や研究者ならずとも鑑賞することができます。
これまで専門家や研究者しか知りうることが出来なかった科学情報を公開することにより、人々の日本の優れた文化財への興味が高まり、文化財を通して日本国の歴史や、伝統文化への理解および興味につながると考えます。
一方、社寺や小規模博物館でも、本システムの導入により、汎用PCレベルでの小規模デジタルミュージアムの開設も可能になり、このような施設が増えることで地域の文化研究への貢献と同時に、小中学校などの教育機関においても、地域文化を理解する最適な教育教材ツールとなります。
しかしながら、高精細画質ゆえに、そこへ投影する映像コンテンツも高画質での撮影を行う必要があります。高画質を得るための撮影や編集には、専用のビデオカメラを必要とし、また高度な撮影技術を要し、撮影編集費の高コスト問題が生じています。そのため、どの施設においても投影する映像コンテンツが不足しています。
本スキャナで取得したデジタル画像は、この高画質な4000本ディスプレイに十分耐えうる高精細度であり、高画質ディスプレイ用の映像として極めて有用であります。
平成16年に政府知的財産戦略本部が「コンテンツビジネス振興政策~ソフトパワー時代の国家戦略」を発表し、国会では議員立法で「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律」が成立しました。飛躍的にデジタル化が進む中、国としてもコンテンツを求めています。
文化財のコンテンツ開発は、文化資源活用の手段として、社会的・文化的意義のある事業であるため、大学や博物館関係の研究者も積極的に関わり科学情報の高度化に貢献することが重要です。文化財コンテンツは、良質なコンテンツとして、産業界のみならず教育現場や公的機関、海外展開など数千億円の経済効果が予想されると同時に、人々の文化意識や文化教育の向上につながると考えられ、本技術はその開発に大きく寄与するものです。
<研究課題等>
この研究テーマが含まれる研究領域、研究機関は以下のとおりです。研究成果活用プラザ京都 平成16年度採択 育成研究 | |
研究課題名: | 「超高解像度大型平面入力スキャナの開発と画像材料推定システムへの応用」 |
研究者: | 井手亜里(京都大学 国際融合創造センター 教授) 藤井照夫(大日本スクリーン製造株式会社) 中西陽子(科学技術振興機構) 神﨑貴士(科学技術振興機構) |
研究実施場所: | 研究成果活用プラザ京都、京都大学 |
研究実施期間: | 平成16年10月~平成19年9月 |
<お問い合わせ先>
井手 亜里(イデ アリ)
京都大学 国際融合創造センター
〒606-8501 京都市左京区吉田本町
TEL:075-753-5259 FAX: 075-753-5259
E-mail:
笹田 滋(ササダ シゲル)
独立行政法人科学技術振興機構 研究成果活用プラザ京都
〒615-8245 京都市西京区御陵大原1-30
TEL: 075-383-1300 FAX: 075-383-1301
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