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資料1

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATOタイプ)
(平成18年度発足)

研究領域「生命時空間情報」研究総括

写真

宮脇 敦史 氏
(理化学研究所 脳科学総合研究センター グループディレクター)

研究領域「生命時空間情報」の概要
 細胞や生物個体の中で起こる生命現象は、現在の我々の理解を超えて巧妙な時空間的な制御を受けています。制御の動的様相に関する情報をもたらしてくれるものとして、細胞、組織、個体を"生きたまま"可視化するライブイメージング技術が注目されています。可視光を利用するライブイメージング技術は、蛍光ラベル技術の革新を端緒に、過去10年ほどの間に色素・機能プローブと顕微鏡技術の両面から著しく発展してきました。観察対象は、細胞から組織、個体へと広がりを見せようとしています。しかし、個体といっても線虫、ハエ、魚、トリ、マウスなど、扱う生物種は多岐に亘ります。また、同一の生物種でも、発生の時期や部位により状況が大きく異なります。このため、生物個体に向かうライブイメージングは様々な問題に遭遇します。それぞれのライブイメージングに適した色素や光学系の特別な工夫が要求されます。
 本研究領域では、多細胞生物における生命現象の時空間的制御の動的な理解を目指して、生物個体を扱うライブイメージングの技術革新と実践応用を学際的に実施します。
 具体的には、細胞の増殖、分化、移動、死などをめぐる細胞内外の現象を可視化するために、独自のタンパク質性色素を材料に、それらの特性を最大限に活用した機能プローブを創出します。そうした機能プローブの性能を最大限に引き出すことを可能にするとともに、様々な生物個体の観察を可能にするための先端的光学機器システムを開発します。例えばサンプルに対して、様々な光源、対物レンズ、検出器を自在に配置できる柔軟性に富んだ顕微鏡システムを作製します。これにより、対象とする生物種やその状態に応じて、適切な向きから、落射型(反射型)もしくは透過型の明視野、蛍光・発光、暗視野観察が可能となります。こうした技術革新の各要素によって、ライブイメージングの新たな潮流が生まれることが期待されます。さらに開発技術の実践応用を通じ、細胞の増殖、分化、移動、死などの現象について、生物種や状況の違いにかかわらず比較可能な定量性の高いデータを集積し、モデル構築を試みます。生命現象の時空間的制御に関して、生物種を超えた共通的な理解を深めることを目指します。
 本研究領域は、色素・機能プローブと光学機器の研究開発を並行して進めるとともに、先端的技術の革新と問題意識に導かれる実践応用を双方向に展開させるものです。その成果を世界に発信していくことによって、ライブイメージング技術の適用範囲の拡大と普及に貢献すると見込まれ、戦略目標「新たな手法の開発等を通じた先端的な計測・分析機器の実現に向けた基盤技術の創出」に資するものと期待されます。
研究総括 宮脇敦史氏の略歴等

1.氏名(現職) 宮脇敦史(みやわき あつし)

 (理化学研究所 脳科学総合研究センター グループディレクター)44歳

2.略歴

昭和62年3月  慶應義塾大学医学部卒業
平成 3年3月  大阪大学医学部大学院医学研究科博士課程修了(生物神経生物学)
平成 3年4月  日本学術振興会 特別研究員
平成 5年4月  東京大学医科学研究所 助手
   この間
平成7年10月~平成9年9月
HFSP long-term fellowship, University of California San Diego, Department of Pharmacology
平成9年10月~平成10年12月
Research Pharmacologist, University of California San Diego, Department of Pharmacology
平成11年1月 独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
先端技術開発グループ 細胞機能探索技術開発チーム チームリーダー
平成16年1月 独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
先端技術開発グループ グループディレクター(兼任)
細胞機能探索技術開発チーム チームリーダー(現職)
平成17年7月 東京大学分子細胞生物学研究所細胞機能情報研究センター
プロテオーム研究分野 客員教授
平成18年7月 自然科学研究機構基礎生物学研究所 客員教授

3.研究分野

 バイオイメージング分野・細胞内シグナル伝達分野・分子生物学分野・生物物理分野

4.学会活動等

 Cold Spring Harbor Laboratory Symposium「Imaging Neurons & Neural Activity: New Methods, New Results (2005年)」オーガナイザー

5.業績等

 世界に先駆けて、GFP技術にFRET(蛍光エネルギー移動)や、circular-permutation(円順列変異法)の技術を組み合わせて、Cameleon(Nature, 1997; Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 2004)やPericam(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 2001)などのカルシウム指示薬を開発し、従来測定できなかった細胞部位でのカルシウム動態について新しい見解を発表してきた。また、タンパク質の試験管内進化技術を開発(Nucleic. Acids. Res., 2000)、GFP変異導入を効率化し、例えば極めて明るいGFP変異体Venusを開発した(Nat. Biotechnol., 2002)。バイオイメージング技術の限界を指摘しながら、細胞内現象の時空間的制御機構をより生理的な状況下で包括的に理解するアプローチを提示してきた。例えば、それ以前より論争があった、上皮細胞における増殖因子の局所刺激によるチロシンリン酸化シグナルの伝播現象に関して包括的解答を提出した(Dev. Cell, 2002)。また、アストログリアの接着によって神経細胞に発生するプロテインキナーゼCの活性化とシナプス形成亢進に関し、分子メカニズムへの理解を深めた(Neuron, 2004)。この他、刺胞動物等の海洋動物から数多くの新規蛍光タンパク質の遺伝子をクローニングし、変異を加えることによって新たな色素・機能性プローブを開発してきた。新規蛍光タンパク質として、紫(外)光によって緑から赤へ変色する(フォトコンバージョンを示す)Kaede(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 2002)及びKikGR(EMBO Rep., 2005)、光によって色・蛍光が可逆的に変化する(フォトクロミズムを示す)Dronpa(Science, 2004)、世界最大のストークスシフト(励起極大波長と蛍光極大波長との差)を示すKeima(Nat. Biotechnol., 2006)などがある。これらを用いて蛍光イメージングの新たな方法論を提案し、その有効性を実証してきた。さらに、蛍光タンパク質における構造機能相関にも踏み込んでいる。例えばKaedeにおいて、光照射によるペプチド鎖の新しい切断反応を発見している(Mol. Cell, 2003)。これら純国産の新規蛍光タンパク質は、学術分野のみならず、製薬などの産業分野にも普及しようとしている。

6.受賞等

平成16年 山﨑貞一賞 バイオサイエンス・バイオテクノロジー分野
「蛍光タンパク質の開発に基づくバイオイメージング技術の学際的革新」
平成18年 Harvard University, Department of Chemistry and Chemical Biology, Woodward Visiting Scholar
「New Fluorescent Probes and New Perspectives in Bioscience」