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科学技術振興機構報 第341号

平成18年9月22日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

脳神経機能を制御する新しい蛋白質を発見

(新たな神経疾患治療薬の開発に道筋)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、脳神経機能を制御する新しい蛋白質(リガンドとその受容体注1)を発見しました。
 アルツハイマー病を初めとする認知症、精神神経疾患、およびてんかん注2などの脳神経疾患発症の重要な原因は、神経細胞同士が接続する部位である神経シナプス間の情報伝達の破綻だと考えられています。各国の研究者によりシナプス伝達機構の分子メカニズムの解明が試みられていますが、全容が明らかになるには現在至っていません。
 本研究では、ラットの脳からシナプスに存在する蛋白質複合体を生化学的手法により精製し、分泌蛋白質LGI1(リガンド)が、ADAM22という膜蛋白質を受容体として機能することを世界で初めて発見しました。さらに、このリガンド・受容体が脳内の主要な興奮性シナプス伝達を制御することを、電気生理学的手法により明らかにしました。 LGI1およびADAM22のいずれもがてんかんあるいはけいれんの発症と関連する遺伝子であることから、この発見は、記憶や学習の分子メカニズムを明らかにするだけでなく、てんかんなどシナプス伝達に異常がみられる難治性神経疾患の病態解明や治療薬の開発に役立つと考えられます。
 本研究の成果は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「代謝と機能制御」研究領域(研究総括:西島正弘)における研究テーマ「シナプス機能におけるS-アシル化動態の時空的解析(研究者:深田正紀、国立長寿医療センター遺伝子蛋白質解析室、省令室長)」において、同センターの深田優子研究員、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のRoger Nicoll(ロジャー・ニコル)教授らのグループおよび米国イーライリリー社のDavid Bredt(デビット・ブレッド)教授との共同研究によって得たもので、米国科学雑誌「Science」に9月22日(米国東部時間)付の誌面に掲載されます。

<研究の背景>

 神経シナプスは、神経細胞同士が接続する部位のことで、神経細胞間の情報伝達を司ります(図1)。シナプス間の情報伝達効率はそのシナプスの使用状況により柔軟に変化し(シナプス可塑性)、精密に制御されることから記憶や学習の分子基盤と考えられています。この制御機構の破綻はアルツハイマー病を代表とする認知症、精神神経疾患、およびてんかんなどの脳神経疾患発症の重要な原因の一つだと考えられています。
 現在、各国の多くの研究者によりシナプス伝達機構を制御する分子メカニズムの解明が多面的なアプローチ(分子細胞生物学、電気生理学、生化学、遺伝学、システムバイオロジーなど)を用いて試みられています。中でも興奮性神経伝達を司るAMPA型グルタミン酸受容体(AMPA受容体)注3はシナプス可塑性の中心的な役割を果たしていることから、その制御機構の解明は神経科学および神経医学の注目の的となっています。

<研究の内容>

 深田らの研究グループは、興奮性神経シナプス蛋白質の約2%を占める足場蛋白質PSD-95の動態制御機構注4に関して研究を進めてきました。今回、生化学的手法を用いてPSD-95に相互作用する蛋白質をラット脳のシナプス画分より精製することに成功し、その主要な構成蛋白質としてLGI1, ADAM22およびAMPA受容体の附属サブユニットであるStargazin(スターゲージン)注5を見出しました。これら3つの蛋白質はいずれもヒトおよびマウスの遺伝学的解析により、てんかん・けいれんに関連のある遺伝子として報告されているものでした。LGI1は家族性特発性部分てんかんの原因候補遺伝子として、ADAM22はそのノックアウトマウス注6が致死性のけいれん発作を示す遺伝子として、そしてStargazinはけいれん発作を示す自然発症モデルマウスの原因遺伝子として報告されていました。このように遺伝学的によく似た症候(けいれん発作)を示す3つの遺伝子が一つの蛋白質複合体の構成成分として見つかった例はこれまで殆どありませんでした。
 これら3つの蛋白質の結合様式を詳細に解析した結果、分泌蛋白質(リガンド)であるLGI1は膜蛋白質ADAM22を受容体として結合し、ADAM22はPSD-95によりシナプスに裏打ちされることが明らかになりました(図2)。一方、StargazinはADAM22とは別の結合部位を介してPSD-95と結合することが明らかになりました。興味深いことに家族性特発性部分てんかんの家系で見られるLGI1の変異蛋白質はADAM22とは全く結合しませんでした。
 PSD-95およびStargazinは、これまでAMPA受容体を制御していることが報告されていたことから、LGI1・ADAM22からなるリガンド・受容体がAMPA受容体を介するシナプス伝達を制御しているか否かを電気生理学的に解析しました。脳の記憶や学習を司る場所である海馬組織にLGI1を添加したところ、AMPA受容体のポストシナプス(樹上突起側、図1参照)での発現量が増加し、AMPA受容体を介したシナプス伝達が促進されること、そしてこの促進効果がADAM22を介したものであることが明らかになりました。

<今後の展開>

以上の事実を解明したことから、それらによる以下の展開が期待されます。

1 シナプスの機能異常が一因と考えられている疾患としてアルツハイマー病を代表とする認知症、精神神経疾患、そしててんかんなどがありますが、必ずしも有効な治療法が確立されている訳ではありません。今回新たに見出したLGI1・ADAM22というシナプス機能を制御するリガンド・受容体は、これまでのシナプスを標的とした薬剤と異なる作用点となりうることから、新たなシナプス伝達修飾薬剤の開発が期待されます。現在の創薬の約半数がリガンドと受容体を標的にしていることからも有望と考えられます。
2 LGI1およびADAM22はそれぞれがゲノム上で、独自のファミリーを形成しています。今後、それぞれのファミリー構成蛋白質による新たなリガンド・受容体の組み合わせの発見が予想されます。実際、ADAM22の類縁蛋白質ADAM23のノックアウトマウスはADAM22と同様に致死性けいれんをおこすことが報告されています。これらファミリー蛋白質の遺伝子改変動物は有用な疾患モデル動物となることが期待されます。特にLGI1のノックアウトマウスはヒトの家族性特発性部分てんかんのモデルマウスとなることが期待され、てんかん治療薬の評価をする上でその有用性が期待されます。
3 今回はシナプスの主要な構成蛋白質であるPSD-95に相互作用する蛋白質複合体を精製し、機能解析してきましたが、同様の手法でさらに未知のシナプス蛋白質複合体を同定することができると考えられます。今後、シナプス蛋白質複合体ネットワークの全容が明らかになることにより、シナプス伝達機構の制御メカニズムの解明が一気に進むことが期待されます。

<用語解説>
図1 シナプスの構造と機能
図2 LGI1とADAM22との結合によるAMPA受容体を介したシナプス伝達の制御

<掲載論文名>

 "Epilepsy-Related Ligand/Receptor Complex LGI1 and ADAM22 Regulate Synaptic Transmission"
 (てんかん関連遺伝子産物LGI1およびADAM22はリガンド・受容体としてシナプス伝達を制御する)
 doi :10.1126/science.1129947


<研究領域等>

この研究テーマを実施した研究領域、研究機関は以下のとおりです。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域「代謝と機能制御」(研究総括:西島 正弘)
研究課題名シナプス機能におけるS-アシル化動態の時空的解析
研究者深田 正紀(国立長寿医療センター 研究所 省令室長)
研究実施場所国立長寿医療センター 研究所 遺伝子蛋白質解析室
研究実施期間平成17年10月~平成21年3月

<お問い合わせ先>

深田 正紀(フカタ マサキ)
  国立長寿医療センター 研究所 遺伝子蛋白質解析室
  〒474-8522 愛知県大府市森岡町源吾36-3
  TEL:0562-44-5651 内線5901
  FAX:0562-46-8594
  E-mail:

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
  独立行政法人 科学技術振興機構
  戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
  〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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