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科学技術振興機構報 第325号

平成18年8月25日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

世界の水需給逼迫状況に関する最新のアセスメントと将来展望

 JST(理事長 沖村憲樹)は、現在および将来の世界の水資源需給の逼迫状況に関して最新のアセスメントを取りまとめるととともに、水問題解決のために、科学的知見をアクションへと移す必要性を、東京大学生産技術研究所、総合地球環境学研究所と共同で示しました。
 本研究チームは、世界の陸域水循環量に関して、人間活動の影響も取り入れた最新の推定値に基づき、21世紀を通して世界の水需給がどのように推移するかについての最新の見通しを推定しました。また、世界の水需給の逼迫は遠い将来の問題ではなく、今そこにある問題であり、科学と社会が密なコミュニケーションを行い、現時点から対応することが必要だということも示しました。
 近年、国際政治の場では世界的な水需給の逼迫が主要なテーマの一つとしてよくとりあげられていますが、これまで、ほとんどの情報は欧米の研究者・機関によるものでした。本論文が本研究チームから発表されることは、国際的な水問題に対する日本からの貢献およびリーダーシップの発揮として意義深いものです。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「水の循環系モデリングと利用システム」研究領域(研究総括:虫明功臣(福島大学 教授)の研究テーマ「人間活動を考慮した世界水循環水資源モデル」の研究代表者・沖大幹(東京大学生産技術研究所 助教授)と、総合地球環境学研究所プロジェクト「地球規模の水循環変動ならびに世界の水問題の実態と将来展望」の研究代表者・鼎信次郎(大学共同利用機関法人人間文化研究機構総合地球環境学研究所 助教授)によって得られたものです。
 本成果は米国科学雑誌「Science」の淡水資源Special Sectionの冒頭で地球上の水循環と淡水資源に関する全体像を示し、後に続く水系感染症、浄水技術、アフリカ等における降水・気温予測モデルを用いた水利用・水資源開発計画策定、海水淡水化など水に関わる現代的な諸問題を理解するための基礎的知識を提供するレビュー論文として、2006年8月25日(米国東部時間)に発表されます。

<研究の背景>

 2002年のヨハネスブルグ・サミットや2003年のエビアンG8注1会合を始めとする近年の国際会合において、世界の水資源不足に関する問題(世界の水危機:World Water Crisis)は主要なテーマの一つとして取り上げられてきました。しかしながら、水危機の世界的な様相や、その将来の変化などに関しての科学的知見は不足しています。水資源は非常に身近な資源であるにも関わらず、そもそも「水が資源とはどういう意味か?」というような基礎的な概念なども、適切に理解されているとはいえない状況です。

<本論文の概要>

 まず、自然の水循環に関し、従来の推定値にJSTのCRESTの研究によって構築されたグローバルな地表面の水・エネルギー収支に関するGSWP2注2データベース等を用いて、耕地など土地被覆別の蒸発等を新たに推定して加えた、人間活動を含めた地球上の水循環に関する定量的な様相(図1)を示しました。
 さらに、水資源の空間不均一性を示す代表例として世界の地表面流出量(図2A)および河川流量の分布(図2B)を図示しました。これらに対し、人間社会がどの程度水を使っているかを、各国の水資源統計に基づき、グローバルな地理情報システムを用いて推定しました。その上で、この世界的な水利用分布と自然の水循環分布を比較し、水資源不足指標(水ストレス注3指標)の世界的分布(図2C)を得ました。水資源不足指標は利用可能な水資源量(水資源賦存量ともいう)に対する水資源の使用割合を示し、0に近いほど水利用が相対的に少なく水需給が緩和している状態を、1に近いほど最大利用可能な水資源量をほぼ使い切って水需給が逼迫しており、高い水ストレス下にある状態を示します。0.4以上(図2C中、濃い赤)の地域は「高い水ストレス状態」と分類され、そうした地域の総人口が何億人かということが世界的な水不足の程度を示す一つの目安とされています。
 さらに、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のSRES注4のA1, A2, B1シナリオに沿って、現在から21世紀後半にかけての世界の水需給の逼迫の推移を算定した結果を示しました(図3)。水不足の深刻さの程度は、高い水ストレス地域に住む人口によって表現されています。本推計には、人口の変化、経済の発展による水利用の変化、温暖化による河川流量の変化も考慮されており、SRESシナリオに沿って統一的に温暖化に伴う気候変化と社会変化を考慮した将来展望としては世界的にも長いものです。
 本推計では、高い水ストレス状態にある人口は現在で20億人以上、21世紀後半には、シナリオにより異なるものの、およそ40億人以上となる見通しです。ただし、これは将来の「予測」と考えるべきでなく、もしこのまま社会を推移させるとしたら高い水ストレス下に置かれることになるこうした人口を少しでも減らすようにアクションをとる必要を社会に伝えるための「警鐘」と捉えるべきです。また、温暖化問題のように将来懸念される変化への社会的適応が重要というのみならず、現在も水問題で困っている人が世界には多数存在し、それらに対する現在の対策が将来の変化に適応するためにも有効であるという点を本研究チームでは指摘しています。
 また、極端な事象(数十年に一度の洪水や渇水)の変化や雪解け時期の変化などが現在のグローバルなアセスメント技術では十分に考慮できていないため、21世紀中盤から21世紀後半にかけて高い水ストレス下の人口が頭打ちになっている水需給の将来展望の解釈に関しては、必ずしもそのまま楽観的に受け入れるわけにはいきません。

<今後の展開>

 個別には、人間活動を含めた形での世界の水循環の定量的な様相を示した図1は、水資源の循環状態を最新の情報に基づいて判りやすく示したもので他に類がなく、今後、世界各地の教科書などに転載、利用されることが期待されます。しかしながら、図1では、いったん取水された水がどのようにしてどの程度自然の水循環に戻っていくのかの見積もりがあいまいなままです。また、グローバルなスケールでの地下水の循環に関して明確な分離ができていません。また、窒素・燐・カリウムや土砂などが水循環と共にどの程度運ばれているのかを定量的に示すことは生態系への影響評価に不可欠ですがそうした質に関する推定もこれからの課題です。これらをグローバルに示す研究にも現在着手しており、今後の進展が期待されます。
 一方、本研究も含めたこれまでの研究は、平均的な水資源量を評価の対象としてきました。たとえば、数十年に一度生じる渇水や洪水といった極端な事象や、雨季・乾季の存在などは考慮されていませんでした。ごく最近になってそうした極端現象に関する研究が進展しつつあり、洪水や渇水など水災害に関するより現実的な将来展望の結果はこれから出るものと考えられます。
 最後に、これまで蓄えてきた科学的知見を実社会に生かす必要性を本論文でも強く指摘しました。科学者は社会の声に耳を傾けるべきです。これらの点は、本研究チームの研究代表者である沖が代表として取り纏めたIAHSの「今後の科学指針」注5に詳しく記載されています。また、国際的には沖がリードオーサーの一人となっているIPCCの第4次報告書に何らかの形で本論文の結果が反映されて、将来の水資源に関する温暖化対策立案にも資するものと期待されます。


<用語解説>
図1 人間活動の影響を考慮した世界の水循環量(フラックス)
図2 世界の(A)地表面流出量(mm/年)、(B)河川流量(106m3/年)、(C)水資源不足指標(水ストレス指標)の分布
図3 21世紀の「高い水ストレス」状態下にある世界人口の推移

<論文名>

「Global Hydrological Cycles and World Water Resources」
 (地球の水循環と世界の水資源)
著者:沖 大幹、鼎 信次郎
doi :10.1126/science.1128845

<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「水の循環系モデリングと利用システム」

(研究総括:虫明 功臣 福島大学 教授)
研究課題名:「人間活動を考慮した世界水循環水資源モデル」
研究代表者:沖 大幹 東京大学生産技術研究所 助教授
研究期間:平成13年~平成18年

<お問い合わせ先>

沖 大幹(おき たいかん)、鼎 信次郎(かなえ しんじろう)
  東京大学 生産技術研究所
  〒153-8505 東京都目黒区駒場4-6-1
  TEL: 03-5452-6382, FAX: 03-5452-6383
  E-mail:  
  Web: http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/Info/Press200608/

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
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