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科学技術振興機構報 第324号

平成18年8月25日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

上皮細胞間バリアー形成と物質透過制御メカニズムを分子レベルで解明

 JST(理事長 沖村憲樹)の研究チームは、皮膚や消化管などの上皮細胞間で、選択的に物質を透過する構造が形成されるメカニズムを分子レベルで解明しました。
 私たちの体の表面は上皮細胞でおおわれています。特に皮膚や消化管を形成する上皮細胞を想像するとわかり易いですが、この上皮細胞には、物質ないしイオンが細胞をまたがって透過するメカニズムと細胞と細胞の間をすり抜けるメカニズムがあることが知られています。上皮細胞間は基本的には物質ないしイオンが通らないようになっていますが、特定の物質ないしイオンはそこを通り抜けて、体内に入ります。このことを上皮細胞間の物質ないしイオンの透過性にバリアーがあるとして、そのバリアーの性質を分子レベルで研究する学問分野、「バリオロジー」を提唱したのが月田承一郎教授(京都大学大学院医学研究科※1)であり、このバリアーに焦点をあて本研究を推進しました。
 本研究では、細胞内蛋白質ZO-1,ZO-2を欠く上皮細胞を作製し、バリアーが形成されないことを確認しました。そして、この上皮細胞にZO-1,ZO-2を戻すとバリアーが形成されることから、ZO-1,ZO-2がバリアー形成に必要な分子であることを明らかにしました。これは、生体内の内部環境を保つホメオスタシス注1維持のメカニズムなどを解明するために重要です。バリアーの性質を制御できるようになると、疾患に対し色々な薬剤を体内の任意の場所に一定時間投与できるものと期待されます。
 本研究成果は、戦略的創造研究推進事業「微小管ネットワークの動的制御機構の解析」(研究代表者:月田承一郎 代行月田早智子(京都大学医学部保健学科 教授))の研究者:梅田一彰研究員らによるもので、がん特定領域研究「細胞間接着の分子機構とその異常:細胞がん化・転移浸潤における役割」で研究が開始されたもので、米国科学雑誌「Cell」オンライン版に、2006年8月24日(米国時間)に公開されます。

※1)平成17年12月に月田承一郎研究代表者が亡くなられたため、月田早智子教授が研究代表者代行として、引き続き本研究課題を推進しています。

<研究の背景>

生物は、生体内の内部環境が外部環境から隔絶されています。また、その内部環境も、多くの異なる部屋(コンパートメント)に分けられ、それぞれのコンパートメントの環境が保たれています。この外部との隔絶、さらには内部環境のコンパートメント化のために壁を作り仕切りをしているのが上皮細胞シートと呼ばれているものです。言い換えれば、上皮組織とは、「上皮細胞が平面的に機械的に結びつけられてシート構造を作り、各環境の仕切りをする」という多細胞生物の生存にとってきわめて本質的な役割をもつ組織です。上皮細胞がどのような仕組みでこの役割を果たしているかを説明するためには、「シートを形成するために、どのようにして細胞同士が機械的に接着し平面状に並ぶか?」ということと、「このシートが、どのようにして細胞間の漏れを防いでコンパートメント間のバリアーとして働き得るか?」という疑問に答えなければなりません。 この疑問に答える鍵は、上皮細胞間に発達したアドヘレンスジャンクション(AJ)注2タイトジャンクション(TJ)注3図1)からなる「細胞間接着装置」にあると考え、月田承一郎教授と月田早智子教授は約15年前にこの装置を肝臓から単離する方法を開発し、「細胞間接着装置の分子構築」の解析を進めてきました。タイトジャンクションの構成蛋白質として、クローディン注4オクルーディン注5などを月田承一郎教授、古瀬幹夫助教授らが発見しました。その後、クローディン分子の重合によりタイトジャンクションが形成され、細胞間バリアーも形成されることが月田研究室で明らかになり、細胞間バリアーの実体を捉えることができていましたが、そのバリアー形成の制御機構については何もわかっていませんでした。

<本研究の成果>

バリアーは、上皮細胞間のどこにでもできるわけではありません。ある一定の場所でクローディン注4分子が重合することにより上皮細胞間バリアーが形成されます。今回の研究ではクローディンに結合する細胞内蛋白質ZO-1,ZO-2分子を欠く培養上皮細胞を作製することに成功しました。この細胞は、一見普通の上皮細胞で、極性形成注6も全く正常に思えます。ところが、タイトジャンクションが存在しません。すなわち、クローディンが重合できないので、バリアーをもたない上皮細胞が形成されたことになります。バリアーはZO-1,ZO-2を細胞内に戻すことによりまた復活します。すなわち、特異的なクローディン分子の重合およびその結果生じるバリアー機能が細胞内で細胞膜近くに存在するZO-1,ZO-2分子により制御されることが明らかになりました。

<今後の展開>

本研究は、最終的に月田承一郎代行月田早智子の研究グループで、梅田一彰研究員らを中心に完成しました。クローディン分子の重合の制御が細胞内のZO-1,ZO-2分子により行われるという、細胞間バリアーの制御に対して重要な知見が得られました。また、バリアー無くして細胞に極性が正常に生じることも生物学的知見として非常に重要です。
細胞間接着装置の分子構築の理解、その機能解析に新たな視点を与えることができれば、上皮細胞(血管内皮細胞も含む)のバリアー機能障害による種々の病態の分子レベルでの理解、その診断法や治療法の開発に直接つながることが期待できます。さらに、バリアー機能が制御できれば、ドラッグデリバリーの問題に具体的に迫ることができ、将来の応用に対して大きな貢献が期待されます。


<用語解説>
図1 上皮細胞間バリアーとして機能するタイトジャンクションの基本構造

<論文名>

“ZO-1 and ZO-2 Independently Determine Where Claudins Are Polymerized in Tight-Junction Strand Formation”
(ZO-1 and ZO-2はクローディン分子の重合そのものを制御し、またその重合によりタイトジャンクションが形成される際のジャンクションの位置決めをする)
doi :10.1016/j.cell.2006.06.043

<研究領域等>

戦略的創造研究推進事業
研究課題名「微小管ネットワークの動的制御機構の解析」
研究代表者:月田 早智子
研究実施期間:平成14年3月~平成19年3月

<お問い合わせ先>

月田 早智子(つきた さちこ)
 国立大学法人 京都大学医学部保健学科
 〒606-0811京都市左京区吉田近衛町
 京都大学大学院医学研究科 分子細胞情報学
 TEL:075-753-4373 FAX:075-753-4660
 E-mail:

小松 理(こまつ さとし)、辻 真博(つじ まさひろ)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第三課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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