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科学技術振興機構報 第280号

平成18年4月14日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話03(5214)8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

ナノサイズのフラスコを使って水中で酵素と同じレベルの精密有機合成に成功
(自己組織化ナノ空間を利用した特異反応の開発)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、分子の自己組織化により組み上がるナノメートルサイズのかご状化合物を"ナノ"フラスコとして利用することで、酵素に匹敵する高い反応位置の選択性と高い触媒回転数(一つの触媒が反応系内で触媒作用を行う回数)を示す新たな有機合成反応の開発に成功しました。
 生体内では、タンパク質の自己組織化(注1)により形成されたナノサイズのポケットの利用によって、水中で高選択的でかつ高効率な有機合成反応(酵素反応)が行われています。この仕組みを模倣し、酵素ポケットに匹敵する反応空間を人工的に構築する試みが数多く行われていますが、未だに十分な容積をもった空間の構築やその中での高選択性の発現、高い触媒回転は達成されていませんでした。
 本研究では、合理的に設計した有機分子と金属イオンの自己組織化により、ナノメートルサイズ(注2)のかご状化合物を組み上げ、それを"ナノ"フラスコとして利用することで、水中で、前例のない位置特異的および触媒的ディールス・アルダー反応(注3)を達成しました。今回開発した自己組織化"ナノ"フラスコを用いた有機合成手法は、これまで反応位置の制御が難しいために作れなかった新規化合物の合成や、医農薬の分野で触媒回転数が低いために省資源、低コストでの合成が実現できなかった重要な化合物の新しい合成手法として、また有機溶剤を使わずに水を溶媒とした環境調和型の工業触媒への利用などが期待されています。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「医療に向けた自己組織化等の分子配列制御による機能性材料・システムの創製」(研究総括:茅幸二)における研究テーマ「自己組織化分子システムの創出と生体機能の化学翻訳」において、藤田誠(東京大学大学院工学系研究科 教授(研究代表者))らによって得られたもので、米国科学誌「サイエンス」の誌面に2006年4月14日(米国東部時間)に掲載されます。

【研究の背景と経緯】

 生体内では、複数のタンパク質が自己組織化することで、ナノメートルサイズの構造体を形成しています。その中でも、生体内の有機合成反応である酵素反応は、その構造体内部のナノサイズのポケットを利用することで、常温・常圧・水中といった極めて温和な条件下で高効率・高選択的な反応を達成しています。このような理想的な反応系である生体内反応を人工系で達成することができれば、有害な副生成物の出ない、自然環境に調和した有機合成反応が実現できると期待されています。したがって、生体に匹敵する人工的な反応環境を構築する試みが数多く行われていますが、未だに反応に十分な容積をもった空間の構築が困難であること、その中での高度な選択性の発現や高い触媒回転が達成されていないことなど様々な問題が残されていました。
 東京大学大学院藤田教授のグループでは、生体内の仕組みをそのまま模倣するのではなく、そのエッセンスのみを取り出し、それを化学的に翻訳することで、シンプルな形で人工的に達成することを研究してきました。約10年前に、合理的に設計した有機分子と金属イオンを水中で混合するだけで、それらが自己組織化し、かご状の化合物が組み上がることを発見しました。その後、この手法を応用して、様々な大きさや形状のかご状化合物が自在に作れるようになりました。これらのかご状化合物の内部には、生体系と同様のナノサイズのポケットが存在します。そこで本研究では、その人工ポケットに着目し、これを"ナノ"フラスコとして利用することで、従来の合成手法では得られない化合物の合成を検討しました。

【研究の内容】

1アントラセンとジエンのディールス・アルダー反応に関する研究はこれまで数多くなされていますが、アントラセンの中央の芳香環でのみ付加反応が進行することが知られています。一方、東京大学の藤田教授らは、自己組織化により組み上げたかご状化合物の内部空間に、それら2種類の基質(注4)(アントラセンとジエン)を取り込ませ、加熱することで、アントラセンの末端の芳香環で高選択的・高効率な付加反応が進行することを発見しました(図1)。
2また、上述の反応のメカニズムを分子レベルで詳細解析することに成功し、かご状化合物の孤立したナノ空間により、反応の位置および立体選択性が厳密にコントロールされていることが明らかになりました(図2)。この知見を基に、様々な誘導体のディールス・アルダー反応にも成功しました。
3さらに、半球型の自己組織化かご状化合物を使うことで、触媒的なディールス・アルダー反応も達成しました。基質分子の構造には適合するが、生成物の構造には適合しないナノ空間を有するかご状化合物を選択し、上述のアントラセンとジエンのディールス・アルダー反応に添加したところ、その空間内で次々と触媒的に生成物を作り出すことに成功しました(図3)。酵素反応においては、基質を「取り込む」しくみと生成物を「吐き出す」しくみが巧妙に働いていますが、従来、人工系では後者の「吐き出す」しくみの設計が難しいとされてきました。本反応系では、取り込みで働いていた芳香環-芳香環相互作用が反応後に遮断されることから、生成物は自然に吐き出され、酵素反応に近い触媒回転を再現できました。

【今後の展開】

1本研究で利用したかご状化合物は、大量合成が容易で安定な化合物であることから、"ナノ"フラスコとして様々な反応に用いることができます。そのため、これまで作れなかった新規化合物の合成や医農薬の分野で重要であるが合成困難な化合物の合成への利用などが期待されています。また、水を溶媒とした環境調和型の工業触媒への利用も期待できます。かご状化合物は現在、日本の試薬会社から市販されています。
2従来の有機合成反応では、反応の位置および立体選択性を制御するため、基質分子に様々な修飾をする必要がありました。本研究で開発した自己組織化"ナノ"フラスコを利用した反応制御では、基質分子への修飾が不要なため、従来の合成手順の大幅な短縮化と低コスト化が期待できます。
3本合成手段は、新規な有機化合物の合成だけでなく、新規な高分子材料(ポリマー)や無機化合物の合成への応用も期待できます。
4かご状化合物の内部空間で薬を合成し、そのまま体内に投与して、必要な場所(患部)で薬を放出することが出来れば、機能性カプセルとして利用することができます。すなわち、ドラッグデリバリーとしての応用が期待できます。

【用語解説】
図1 かご状化合物の構造式とその内部空間でのディールス・アルダー反応
図2 かご状化合物内で初めて合成された化合物(結晶構造)
図3 半球型かご状化合物の構造式とそれを用いた触媒的ディールス・アルダー反応

【掲載論文名】

"Diels-Alder in Aqueous Molecular Hosts: Unusual Regioselectivity and Efficient Catalysis"
(水溶性かご状化合物内での位置選択的および触媒的ディールス・アルダー反応)
doi :10.1126/science.1124985

【研究領域】

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「医療に向けた自己組織化等の分子配列制御による機能性材料・システムの創製」(研究総括:茅 幸二)
研究課題名: 自己組織化分子システムの創出と生体機能の化学翻訳
研究代表者: 藤田 誠 (東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 教授)
研究実施期間:平成14年10月~平成19年10月

<お問い合わせ先>

藤田 誠 (フジタ マコト)
 東京大学大学院 工学系研究科 応用化学専攻
 〒113-8565 東京都文京区本郷7-3-1
 TEL: 03-5841-7259 / FAX: 03-5841-7257
 E-mail:

野口 義博 (ノグチ ヨシヒロ)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8 川口センタービル
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