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科学技術振興機構報 第279号

平成18年4月10日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話03(5214)8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

細胞内タンパク質がインフルエンザなど感染ウイルスを見分けていることを発見

 JST(理事長:沖村憲樹)の研究チームは、細胞質に存在するタンパク質群(RIG-I(リグ-アイ)とMDA5(エムディエイ5))が、異なったウイルスの侵入を感知するセンサーとして機能することを明らかにしました。
 自然免疫系は、インフルエンザウイルスなど多様なウイルスの細胞内への感染を感知し、抗ウイルス反応を引き起こすことが知られています。しかし、多様なRNAウイルスを細胞内のタンパク質がどのようにして認識するのか、詳細については現在までよく分かっておらず、その解明が期待されていました。
 今回、研究チームはマウスの細胞を使って、細胞質内に存在する2つのタンパク質、RIG-I、MDA5がそれぞれ異なるウイルスを認識することを明らかにしました。このうちRIG-Iはインフルエンザを始めとする様々なウイルスを、MDA5は心筋炎や脳脊髄炎の原因となるウィルスが含まれるピコルナウイルス科のウイルスを、特異的に認識していました。また、MDA5もしくはRIG-Iを欠損するマウスを解析したところ、これらのタンパク質がウイルス感染制御に重要な役割を果たしていることがわかりました。
 本研究成果は、多様なウイルスの侵入を細胞内のタンパク質(RIG-I、MDA5)が感知するメカニズムを明らかにしたもので、今後、ウイルス感染症に関する研究において、ウイルスの種類に応じた感染予防・治療技術の開発に大きく貢献するものと期待されます。

 本研究成果は、戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「審良(あきら)自然免疫プロジェクト」(研究総括:審良静男)が、大阪大学微生物病研究所等の協力で得たもので、英国科学誌「Nature」オンライン版に4月9日(米国東部時間)に公開されました。
大阪大学微生物病研究所教授

[本研究の背景]

 様々な病気を引き起こすウイルスは、遺伝情報であるゲノム核酸が他生物の宿主細胞に入り込み、増殖します。
 ウイルスが宿主に感染するとまず自然免疫(注1)系が活性化され、感染初期の防御反応を担います。自然免疫を担う受容体は病原体に特異的に存在する構成成分を認識し、免疫担当細胞を活性化させます。活性化した細胞はインターフェロンを分泌し、宿主の免疫応答を強化します。自然免疫系は受容体であるToll-like receptor (TLR)(注2)を用いて、ウイルスに特異的な構造である二本鎖RNA(注3)、などを認識します。しかしながら、細胞質内に侵入してしまったウイルスはTLRにより認識されず、この認識システムに関する研究はTLRによる認識機構に比べて遅れていました。
 京都大学の藤田教授らと我々のグループは、共同で、細胞質内に存在するタンパク質群、RIG-IおよびMDA5(注4)が二本鎖RNAと結合し、インターフェロン分泌を促すことを明らかしてきました。しかしながら、ウイルス認識におけるRIG-I、MDA5の生体内における役割の違いは明らかとなっていませんでした。
 JSTの研究チームは、RIG-I、MDA5がそれぞれ種類の異なったウイルス感染の認識に重要な役割を果たしていること、またRIG-I, MDA5が構造の異なった二本鎖RNAを認識していることを明らかにしました。

[本研究の成果]

研究チームはMDA5、RIG-I遺伝子をそれぞれ欠損するマウスを作製し、ウイルス感染や二本鎖RNAで刺激した際の反応を検討することにより以下のようなことが明らかとなりました。

1) RIG-Iを欠損するマウスから採取した細胞にインフルエンザウイルス、センダイウイルス、ニューキャッスル病ウイルス、水疱性口内炎ウイルス、日本脳炎ウイルス等、様々なRNAウイルス(注5)を感染させた際のインターフェロン産生が正常マウスより著明に低下していました。従って、これらのウイルスはRIG-Iにより認識されると考えられました。これに対し、MDA5を欠損するマウス由来の細胞はRIG-Iにより認識されるウイルス感染に対するインターフェロン応答は正常でしたが、心筋炎や脳脊髄炎等の原因となるピコルナウイルス科に属するウイルス(注6)の感染に対するインターフェロン産生が欠如していました。
2) さらに、RIG-Iを欠損するマウスは日本脳炎ウイルス感染に、MDA5欠損マウスはピコルナウイルス感染に対し易感染性であり、これらの分子のウイルス感染制御における役割が明らかとなりました。
3) また、実際にどのような構造の二本鎖RNAがRIG-I、MDA5により認識されうるかを検討した結果、RIG-Iは様々な二本鎖RNAの認識に、MDA5は合成された特殊な構造を持つ二本鎖RNA(polyinosine-polycytidylic acid (Poly (I:C))の認識に重要であることが明らかとなりました。
 従って、RIG-IとMDA5がそれぞれ異なったRNAウイルスの認識、自然免疫反応の惹起に重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。また、RIG-I、MDA5により認識される二本鎖RNAも異なった構造を持つと考えられます。

[今後の展開]

 今後、更にRIG-I、MDA5によるウイルス認識における分子メカニズムを構造解析などにより明らかにしていきたいと考えています。
 本研究では、マウスを用いて得られた結果を示しましたが、ヒトにおいても同様のウイルス識別が行われていると考えられます。また、ピコルナウイルス属には、ヒトにおいて重要な感染症を引き起こすポリオウイルスやライノウイルス(風邪症候群の原因)、コクサッキーウイルスなどが含まれ、今後の研究によりウイルス群に特異的な予防、治療法の開発につながるものと期待されます。また、RIG-I、MDA5を特異的に活性化させることができれば、ウイルス感染症に対して、ウイルス特異的な予防・治療法の開発につながることが期待されます。

【語句説明】
RIG-I、MDA5のRNAウイルス認識における役割の違い

【論文タイトル】

“Differential roles of MDA5 and RIG-I helicases in the recognition of RNA viruses”
「RNAウイルス認識におけるMDA5とRIG-Iの異なった機能」
doi :10.1038/nature04734

【研究領域等】

 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「審良(あきら)自然免疫プロジェクト」
 (研究総括:審良静男 大阪大学微生物病研究所 教授)
 研究期間:平成14年度~平成19年度

【お問い合わせ先】

審良 静男(あきら しずお)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 審良自然免疫プロジェクト 研究総括
 大阪大学微生物病研究所教授
 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘3-1
 Tel: 06-6879-8303
 Fax: 06-6879-8305
 E-mail:

星 潤一(ほし じゅんいち)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 特別プロジェクト室
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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