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科学技術振興機構報 第254号

平成18年2月8日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話03(5214)8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

3Dパノラマ眼底画像システムの開発に成功

 JST(理事長 沖村憲樹)は、独創的シーズ展開事業・委託開発の開発課題「三次元眼底画像構築ソフトウェア」の開発結果を、このほど成功と認定しました。
 本開発課題は、独立行政法人理化学研究所の横田秀夫氏らの研究成果を基に、平成15年3月から平成17年9月にかけて株式会社先端力学シミュレーション研究所(代表取締役社長 大崎俊彦、本社 埼玉県和光市丸山台1-10-5和光MHビル、資本金 12、480万円、電話:048-450-1351)に委託して、企業化開発(開発費約82百万円)を進めていたものです。
 本新技術は眼底カメラの二次元写真から抽出された眼底血管を使用して、診断支援に有効な画質の三次元眼底画像と血管画像を作成するものです。初めに、超音波測定機により眼球の断面と眼軸長の測定を行い、被験者に固有の三次元眼球形状モデルを作成します。一方、眼底カメラにより異なる角度から撮影された複数枚の二次元眼底映像を得ます。これらの眼底映像について画素そのもの及び周辺の画素の色相と彩度をフィルタリング処理した上で、MFR(マッチド・フィルタリング・レスポンス)法1)により高精度な血管抽出を行います。次に、この抽出血管像を細線化することにより、交叉点、分岐点といった特徴点データを取得します。隣接する眼底映像間のこれらの特徴点が3次元上で最適に重なる様、非線形解法により最適投影パラメータを決定します。最後にこのパラメータを用いて、二次元眼底映像を眼球形状モデルに投影することで、血管の連続性が確保された高精度な三次元眼底画像を構築します。
 このシステムを用いる事により、被験者の異なる時期に得られた高精度な三次元血管網像を重ね合わせることができ、血管状態が変化した位置とその状態が特定できるため、糖尿病や高血圧などの生活習慣病と呼ばれる血液循環器系疾病に特有な血管状態の時間的および位置的変化を明瞭に見いだすことができるとの眼科医の評価を得ることができました。
 現在、眼底カメラ、超音波測定器などは、眼底や眼球断面などの撮影装置としてのみ使用されていますが、本新技術を適用することにより、血管の状態変化を伴う血液循環器系疾病の診断にも用いられるようになります。今後は、血管状態の変化を自動検出する機能を付加して高度な診断支援システムを実現していく予定です。


本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景)  糖尿病網膜症や高血圧症などの早期発見に高画質眼底パノラマ画像の要請

 我が国では、急速な高齢化や食生活の変化により、糖尿病患者が予備軍を含め1,370万人に、高血圧患者が1,900万人に達しています。糖尿病による眼疾患、そして40歳代以上に例外なく認められる動脈硬化は、最近10歳代にまで及びつつあります。これら成人病や生活習慣病とも呼ばれる血液循環器系疾患は、近年ますます増加する傾向にあり、その早期発見と生活改善及び早期治療が緊急の課題となっています。
 「眼底血管は身体ののぞき窓」ともいわれ、全身の血管情報が格納されているにもかかわらず、従来、高血圧、動脈硬化といった血液循環器系疾患の診察には、眼底血管を直接診察せず、血圧測定、血液検査、尿検査といった方法が用いられてきました。
 医療現場や健康診断等で、診断の支援データとして眼底写真が現在も一部では利用されています。しかしながら、眼底写真に写る血管像は、本来球面である眼底を二次元写真に投影しているため、眼科専門医が頭の中で立体画像に変換して判断する必要がありました。実際には同一眼球であっても撮影位置がずれると像のひずみの状態も変わります。よって、撮影した眼底映像を使用して、血管の経時変化の評価をする場合、像の変化が病態の変化によるものか、撮影条件によるものかの判断は、医師の目視に頼らざるをえず、長い経験の必要な診断となり、それが普及を妨げておりました。
 よって「眼底血管は身体ののぞき窓」と位置づけられる眼底から、眼底カメラにより、ありのままの生きた血管に限りなく近い画像を撮影して、実際の眼球形状に合わせて眼底写真の歪みを補正して血管の位置、形状等を高精度なディジタルデータとして収録し、コンピュータ・グラフィックスを駆使した高解像度な三次元画像として再現し、診断支援に提供するシステムが求められていました。

(内容)  MFR法による明瞭な血管抽出と高精度な3Dパノラマ眼底画像の実現

 本新技術は、理化学研究所横田秀夫氏らの研究成果である三次元眼底画像構築ソフトウェアを応用するものであります。
 本新技術では、眼底カメラ写真において画素ごとの色相と彩度を求め、周辺の画素問での色相の変化勾配から血管を抽出し、血管網像を得ます。次に、超音波眼底測定機による眼底位置と眼軸長のデータから求めた眼球形状モデルに、複数の眼底写真を、血管の分岐点など特徴的な形状要素(特異点)を利用して、貼り合わせることで血管像の連続性が確保された三次元眼底像を得られる様にシステムを構成します。
 開発の第1は、患者固有の眼球形状をコンピューター上で精緻な三次元画像として作成する技術を開発しました。開発の結果、超音波測定手段で被検者の眼底の超音波断面画像を取得して、被験者の眼球が球面から変形している場合でも、正確な3次元眼球と眼底を再現できる技術を確立しました。
 第2は、複数の眼底画像取得と血管抽出技術を開発しました。眼底面を異なる方向から複数枚撮影し、中心画像を含む複数の眼底画像として収録する技術と、眼底画像からMFR(マッチド・フィルタリング・レスポンス)法により血管を抽出し、血管の太さや交差状況などを定量的に抽出する技術を開発しました。さらに,複数画像上の立体偏視の測定により中心画像上の認識可能な部位間の実距離を精度良く計測する技術を開発しました。
 第3は、眼底画像構築手段として「非線形解法をベースとした独自の最適化投影法」により、複数の眼底画像を正確な縮尺率で三次元眼球形状モデルに、隣接像がお互いに重なる様に投影する技術を確立しました。
 以上の開発の結果、被検者の眼底の精度ある定量的画像情報を収録し、コンピュータ・グラフィックスにより三次元画像を明瞭に表示する事ができることが確認されました。

(効果)  糖尿病網膜症や高血圧網膜症などの早期発見法として、電子カルテの普及と相まって大病院から診療所レベルまで高度な診断支援システムとしての普及

 本システムの活用によって、
 ・医師の主観に影響を受けやすい糖尿病網膜症や高血圧網膜症などの全身疾患の初期における軽微な眼底変化を客観的に感知して早期発見することが容易になります。
 ・これらの全身疾患は年単位の経時的な変化をみる必要がありますが、被験者の異なる時期に得られた三次元眼底所見を重ね合わせることにより軽微な血管の変化、出血の有無などを高感度に感知することが可能となります。
 ・これらの情報は三次元であるため患者にも理解しやすく、インフォームドコンセント用の客観的な資料として説得力のあるデータになります。
 更に今後、眼底の細動脈の硬化性の症状度合によって、血液循環器系患者の高血圧性の症状度合を分類するScheie(シェイエ)の分類や、血液循環器系患者の全身の内科的所見を、眼底血管などの眼底所見との相関関係により分類した、KeithWagner(キース・ワグナー)の分類を基準として、三次元血管ディジタルデータを分析することにより、これらの疾患分類や症状度合いを自動的に検出できる可能性があります。
 これらの特徴から、専門医以外でも、簡単・かつ正確に糖尿病や高血圧など血管の状態変化を伴う内科的な疾病の診断が行えるようになり、大病院から診療所レベルまで、高度な診断支援システムとしての普及が期待されます。

図1 三次元眼球画像構築システム
図2 2次元眼底映像からの血管抽出
参考 開発を終了した課題の評価

<用語解説>

1)MFR(マッチド・フィルタリング・レスポンス)法
映像の色彩を最小の単位(画素)で、周囲との彩度の差などに着目して、フィルターと呼ばれる重み付け計算することにより得られたデータを使用して、血管の抽出を行う手法。

<お問い合わせ先>

株式会社先端力学シミュレーション研究所 事業開発部 取締役  上村良澄
[電話 (048) 451-5855]
独立行政法人科学技術振興機構 産学連携事業本部 開発部 開発推進課
菊地博道、 永田健一[電話 (03) 5214-8995]