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科学技術振興機構報 第229号

平成17年11月18日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

世界で初めて膜性腎炎を自然発症するモデルマウスを作製

―腎炎の新しい治療法の開発へつながる成果―

 JST(理事長:沖村憲樹)は、膜性腎炎(注1)(MGN)を自然発症するモデルマウスを新たに作製した。
 膜性腎炎は、成人に発症するネフローゼ症候群(注2)の多くの部分を占める原因不明の自己免疫疾患(注3)であるが、これまで疾患モデル動物が無く、実験的な解析が困難であった。今回作製したモデルマウスを用いることにより、膜性腎炎の病態解明や治療法の開発に役立つものと考えられる。
 国内に3万人を越す患者がいる全身性エリテマトーデス(注4)(SLE)には、高頻度で増殖性腎炎(注5)(DPGN)もしくは膜性腎炎(MGN)が合併症としてあらわれる。本研究成果は、全身性エリテマトーデスのモデルであり、増殖性腎炎を発症するMRL/lprマウスにおいて、Th1反応(注6)を抑制することにより膜性腎炎が発症することを、世界で初めて明らかにしたものである。これは、患者のTh1/Th2バランス(注7)が、この2つの病態のどちらを合併するかを決定する大きな因子である事を示しており、将来、全身性エリテマトーデス患者における増殖性腎炎あるいは膜性腎炎の発症を予測し、さらには新しい治療法の開発が期待される。
 本研究の成果は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「生体と制御」研究領域(研究総括:竹田美文)における研究テーマ「サイトカイン受容体による初期Th1誘導機構の解明(研究者:吉田裕樹)」において、九州大学医学部の中島衡博士らのグループとの共同研究によって得られたもので、米国学会誌「Journal of Immunology」に、2005年11月21日付(米国時間)オンライン版、および12月1日付の誌面にて一般公開される。

【成果の概要】

<研究の背景と経緯>

 全身性エリテマトーデス(SLE)は、免疫に起因する臓器障害を来す疾患で、増殖性腎炎(DPGN)、あるいは膜性腎炎(MGN)という腎炎を高頻度に合併する(図1)。SLE の患者の約10~18%がDPGNを合併し、末期腎不全に至る例も多いためステロイドホルモンや免疫抑制剤による治療が行われる。一方、SLEの患者の約4~7%がMGNを発症する。一般的にMGNは予後良好とされるが、効果的な治療法が確立されておらず、症例に応じて治療方針が決定されている。
 SLEの自然発症のモデルであるMRL/lprマウスは、生後24週で約50%が腎炎に起因する腎不全で死亡する。このマウスに認められる腎炎は、ヒトのSLEにみられるDPGN と類似した組織変化を呈する。しかしながら、今までMGNの症状を呈する適切なモデルマウスは存在しなかったため、MGNの病態解明が進まず、薬物治療は経験的なものに頼らざるを得なかった。
 病原体を含む異物や自己の成分に対する免疫反応は、互いに排他的なTh1反応(細胞性免疫)とTh2反応(注8)(液性免疫)に分類される。Th1への分化の初期段階において、インターロイキン-27/WSX-1(注9)(IL-27受容体)シグナルが、重要な役割を果たしており、IL-27受容体を欠損したマウスはTh1反応に依存する病原体の処理能力が減弱することが示されてきた。また、これまでの吉田、中島らの研究により、DPGNの病態形成にはTh1反応が中心的に働き、一方MGNの病態形成にはTh2反応が働いていることが示唆されてきた。今回の研究では、IL-27受容体の遺伝子を欠損したMRL/lprマウスを作製し、このマウスのTh1/Th2バランスを大きくTh2に傾けることで、腎炎の組織型がどのように変化するかを解析した。これまで、Th1/Th2バランスが腎炎の病態と関連している"可能性"は報告されていたが、今回マウスモデルを用いることによってこれを実験的に証明することに成功した。

<成果の内容>

1吉田、中島らが作製したIL-27受容体の遺伝子を欠損したMRL/lprマウスの腎組織は、野生型MRL/lprマウスにおいて認められるDPGNではなく、MGNを引き起こしていることが確認された(図2)。また、腎機能や血液の生化学的データは、ヒトのMGNにおいて認められる所見と一致しており、MGNのモデルマウスの確立に世界で初めて成功した。
2IL-27受容体の遺伝子を欠損したMRL/lprマウスにおいては、予想通りTh1反応の誘導に障害が認められ、Th1/Th2バランスを大きくTh2に傾けることができた。
3以上のことから、MRL/lprマウスにおいては、免疫反応がTh1型からTh2型に変化することにより、DPGNではなくMGNが発症するものと考えられる(図3)。さらに、ヒトのSLEにおいても、個人の遺伝的差異や外的要因によるTh1/Th2バランスの変化が、腎炎の病態決定に大きく関わっていると考えられる(図4)
4本研究で作製したMGNを自然発症するマウスは、SLEに続発するヒトのMGNのモデルに相当すると考えることができる。これまで、MGNを自然発症するモデルマウス(注10)は作製されておらず、病態の実験的な解明が困難であったが、本研究によって体内のTh1反応とTh2反応のバランスの傾きが、MGNを引き起こす重要な因子のひとつであるということを明らかにした。すなわち、体内の免疫反応がTh2反応に傾いている場合にMGNが発症する可能性が高まることが推察される。

<将来の展開>

1MGNを自然発症するモデルマウスの解析結果と患者の解析結果とを比較検討することにより、これまで明らかにされていなかった原発性のMGNの発症機構に有用な情報をもたらすと考えられる。さらに、SLEにおいてなぜある患者ではDPGNを呈し、別の患者ではMGNを呈するのか、すなわち腎炎の病態決定機構(因果関係)が明らかにされるものと期待される。また、IL-27やその受容体を含めた、Th1/Th2バランスに影響を与える遺伝子型を解析することにより、SLE におけるDPGN・MGNの発症を予測することが可能になると期待される。
2これまでMGNの治療は、臨床的検査結果等を総合して経験的に選択されてきた。本研究で得られた成果からは、免疫反応、特にTh2反応を制御することによる、MGNに対する新しい治療法の開発が期待される。また、免疫反応を制御する薬剤および腎機能改善を直接の目的とした腎炎治療薬に関して、MGNを自然発症する本モデルマウスを用いることは、治療薬の開発やスクリーニング、および治療効果判定に非常に有用であると考えられる。
3Th1/Th2バランスは、SLE に伴う様々な病態に影響を与えていると推察されている。また、SLE以外の自己免疫疾患においても、IL-27シグナルを介したTh1反応をおこすメカニズムがその病態に様々な影響を与えていると考えられる。本モデルマウスを中心とした解析により、こうした自己免疫疾患における新しい治療法の開発が期待される。

用語解説
図1 増殖性腎炎(DPGN)と膜性腎炎(MGN)
図2 IL-27受容体を欠損したMRL/lprマウスにおける糸球体毛細血管基底膜の特徴的肥厚と、上皮下への沈着物
図3 本研究の成果
図4 ヒトSLEにおける、免疫反応バランスによるDPGNとMGNの病態決定

【論文名】

“Membranous Glomerulonephritis Development with Th2-Type Immune Deviations in MRL/lpr Mice Deficient for IL-27 Receptor (WSX-1)”
(IL-27受容体(WSX-1分子)を欠損するMRL/lprマウスにおけるTh2免疫反応を伴った膜性腎炎の発症)
doi :10.4049/jimmunol.175.11.7185

【研究領域等】

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
「生体と制御」研究領域(研究総括:竹田 美文)
研究課題名:サイトカイン受容体による初期Th1誘導機構の解明
研究者:吉田 裕樹(佐賀大学 医学部 教授)
研究実施場所:佐賀大学 医学部
研究実施期間:平成13年10月~平成17年3月

【問い合わせ先】

吉田 裕樹(ヨシダ ヒロキ)
  佐賀大学 医学部 分子生命科学講座
  〒849-8501 佐賀県佐賀市鍋島5-1-1
  TEL:0952-34-2290
  FAX:0952-34-2062
  E-mail:

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
  独立行政法人科学技術振興機構
  戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
  〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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