DNA には遺伝子情報を保存するといった本来の機能とは別に、感染や異常な細胞死によってDNA が放出されると免疫を活性化する作用があることが知られていたが、その詳細なメカニズムは不明であった。今回、研究チームはDNA の右巻き二重らせん(B-DNA )の構造が細胞内でインターフェロンやサイトカインを誘導する事実を見出し、さらにそのB-DNAによるインターフェロン誘導は新規のシグナル伝達経路を介している事、かつ非常に強い抗ウイルス活性がある事を明らかにした。本研究成果はウイルス感染症の予防・治療技術の開発に大きく貢献するものと期待される。
本研究成果は、戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATOタイプ)「審良(あきら)自然免疫プロジェクト」(研究総括:審良静男※)が、大阪大学微生物病研究所等の協力で得たもので、11月13日付けの米国科学誌「ネイチャー・イムノロジー」オンライン版で発表される。
我々の免疫システムには体内に感染した病原体を感知して、数分から数時間以内に活性化される自然免疫系と、その後長期にわたり抗原に対する免疫反応を記憶する獲得免疫系の2つのシステムが備わっている。自然免疫系は最近まで非特異的な炎症反応と考えられていたが、最近発見されたToll様受容体(TLR,注1)をはじめ、生体には病原体や異常な宿主細胞由来の蛋白、脂質、核酸などを特異的に認識する分子群が存在し、感染症やその他の免疫疾患において重要な役割を担っている事が明らかになってきた。
病原体が感染すると感染細胞や、近傍にいる免疫細胞がこれを感知し、炎症性サイトカイン(注2)、型インターフェロン(注3)などが誘導される。このような自然免疫反応は、感染初期に病原体を体内から駆除するのに役に立っている。特に
型インターフェロンはウイルス感染に対する初期防御反応において必須の分子であるが、最近、Toll様受容体やRIG-I(注4), Mda5(注5)といった自然免疫に関わる分子が発見され、ウイルスの核酸(DNA,RNA)を特異的に感知し、インターフェロンを誘導する事が判明してきた。
一方、最近になってDNAのなかにはTLRと無関係に自然免疫を活性化する作用のあることが明らかになってきた。しかし、これらのDNAの何がその誘因なのか(塩基配列、化学修飾もしくは構造など)、またその活性化の分子メカニズム、生物学的意義などは不明のままであった。
今回、そのTLRを介さないDNAの自然免疫賦活化作用が、DNAの右巻き螺旋の二本鎖の構造(B-DNA、注6)によることを初めて見出し、細胞内においてIPS-1(注7),TBK1(注8)といったシグナル伝達分子を介し、炎症性サイトカインや型インターフェロンを産生することを発見した。さらに細胞内にB-DNAを導入した細胞は強い抗ウイルス作用を示した。
研究チームは、数多くの核酸のスクリーニングから、二本鎖DNAを細胞内に注入すると強いインターフェロン誘導作用があることを見出していたが、今回、二本鎖DNAの中でも右巻き螺旋をとる二本鎖B-DNAが最も強い活性(インターフェロン誘導能)を示すことを発見した。これと対照的に左巻き螺旋(Z-DNA)二本鎖は活性が弱かった。このB-DNAは病原体だけでなく宿主の細胞にも見られるDNAの構造であるが、宿主細胞のDNAは、普段は細胞内オルガネラである核やミトコンドリアに包まれているため、このような免疫システムには認識されない。また、アポトーシスという静かな細胞死といわれる現象では、DNAは小さな断片に分断されるため、免疫細胞がこれを貪食してもDNAによって活性化されることはないと考えられている。しかし、ウイルスなどの病原体が細胞内に進入したり、宿主細胞のDNAが異常な状態で放出されたりした場合には、今回の研究で示したようなDNAによるインターフェロン誘導が起きるのではないかと推測された。
そこでそのB-DNAがどのようなシグナル伝達経路を介しているか、今まで知られている核酸受容体、シグナル伝達分子を欠損している細胞やRNA干渉の実験系を用いて解析したところ、TLRやRIG-I, Mda5といった核酸受容体は介さないが、IPS-1、TBK1、IRF3といったウイルス感染時のインターフェロン産生に重要なシグナル伝達分子がB-DNAによるインターフェロン誘導にも必須である事が判明した。そこでマウスやヒトの培養細胞内に対し、B-DNAを注入して刺激した細胞と注入しなかった細胞に各種ウイルスを感染させたところ、B-DNAを注入していない細胞ではウイルスが増殖したのに対し、B-DNAを注入した細胞ではウイルスの増殖が著しく抑制されていた。注入するB-DNAはウイルスから抽出したものであっても、宿主本来のものであっても同様の現象が見られた。従って新たに見出した上記のB-DNAによる自然免疫賦活化作用は、ウイルスDNAに対する反応だけでなく、ウイルス感染により宿主細胞が障害を受けた場合も含めたウイルス感染時の感染防御反応に重要な役割を担っていると考えられた。
本研究成果により、ウイルス感染症や癌(インターフェロンは抗癌作用も有する)に対する新たな予防・治療法の開発に重要な指針を与えることが期待される。さらにこの知見は核酸によるインターフェロン産生等が病原性に深く関わっているとされる全身性エリテマトーデス(SLE)(自己のDNAに対する抗体ができる原因不明の疾患)やリウマチなどの自己免疫疾患の病因解明にも貢献する事が期待される。
【論文タイトル】
“A Toll-like receptor-independent antiviral response induced by double-stranded B-form DNA”
(二本鎖B-DNAによるTLR非依存的抗ウイルス作用)
doi :10.1038/ni1282
【本件問い合わせ先】
審良 静男(あきら しずお)
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審良自然免疫プロジェクト 研究総括
大阪大学微生物病研究所教授
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