科学技術振興機構報 第155号

平成17年 2月22日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
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URL http://www.jst.go.jp

超耐熱性分解酵素の量産に成功

 JST(理事長 沖村憲樹)は、委託開発事業の開発課題「好熱性菌由来の分解酵素の製造技術」の開発結果を、このほど成功と認定しました。
 本開発課題は、名古屋大学名誉教授 鵜高重三氏と独立行政法人 産業技術総合研究所 主任研究員 石川一彦氏の研究成果を基に、平成14年2月から平成16年12月にかけて洛東化成工業株式会社(代表取締役社長 浅田博史、本社 大津市関津4丁目5-1、資本金 5,000万円、電話 077-546-0333)に委託して、企業化開発(開発費約2億円)を進めていたものです。

<開発の背景>
 本新技術は、産業技術総合研究所と洛東化成工業株式会社が共同開発した超好熱菌Pyrococcus horikoshii由来の超耐熱性セルロース分解酵素を製造するものです。繊維産業では、糊の除去、精錬、漂白、染色、生地の改質等の処理の多くは高温で行っていますが、セルロース分解酵素による綿布の改質に従来実用化されている酵素は至適温度が60℃以下のものであったため、一連の酵素処理毎に液温を下げ、また上昇させる必要があり、エネルギー効率が低いので、90℃以上の高温処理に使用できる酵素が望まれていました。
<開発の内容>
 本開発では、Pyrococcus horikoshii OT-3(用語1)の超耐熱性セルロース分解酵素の遺伝子を、Bacillus brevis(用語2)を宿主とする高効率タンパク質生産系に組込んで超耐熱性セルロース分解酵素を生産しました。その生産性を高めるために、組み換え菌の中からさらに高生産する変異株をスクリーニングしました。培養条件の最適化を行うことによって、従来の約3倍の生産性を得ることに成功しました。また、大量生産のために撹拌速度や通気条件などの培養環境、培地組成について種々検討することによって、5kL培養槽へとスケールアップし、月産10トンの製造プラントの運転で、高純度で高い活性を有する超耐熱性セルロース分解酵素の量産技術を確立することができました。本酵素を用いてジーンズの高温処理を行った結果、良好な風合いが得られ改質効果が確認されました。
<開発の効果>
 本新技術によって、超耐熱性セルロース加水分解酵素の量産化が達成され、繊維加工用、農産廃棄物等のバイオマスの有効利用等において広く用いられることが期待されます。

本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

<背景>
沖縄海溝の熱水床から採取された超好熱菌Pyrococcus horikoshiiOT-3由来の超耐熱性分解酵素の生産

 醸造、ジュースの搾汁、植物油脂の抽出や改質、皮革の加工におけるなめしや脱毛、義歯やコンタクトレンズの洗浄など、酵素は様々に利用されています。繊維産業では織布時の断糸を防ぐために用いた糊の除去、精錬、漂白、染色工程、生地の風合いの改質などに各種の酵素を用いています。繊維、生地の加工処理の多くは90~100℃の高温で行いますが、セルロース分解酵素による綿布の改質に従来実用化されている酵素は至適温度が60℃以下のため、酵素処理毎に液温を下げ、また上昇させる必要があり、エネルギー効率が悪いので、高温で処理できる酵素が望まれていました。
 産業技術総合研究所と洛東化成工業株式会社は、100℃で生育する超好熱菌のゲノム解析情報を用いて、同温度で効率よく働く画期的な超耐熱性セルロース分解酵素の開発に成功しました。そこで、遺伝子操作を行って遺伝子組み換え菌を作成、それを培養することによって、本酵素を工業的に生産することに挑戦しました。100℃以上で生育できる超好熱菌としては、遺伝子解析が最も進んでいるPyrococcus horikoshiiOT-3を選択しました。

<内容>
Pyrococcus horikoshii OT-3の耐熱性酵素の遺伝子を、Bacillus brevisを宿主とする高効率タンパク質生産系に組込んで超耐熱性セルロース分解酵素を生産

 本開発では、Pyrococcus horikoshii OT-3の耐熱性酵素の遺伝子を、Bacillus brevisを宿主とする高効率タンパク質生産系に組込んで超耐熱性セルロース分解酵素を生産しました。
 超耐熱性セルロース分解酵素の遺伝子をベクターに組み込んであるBacillus brevisが超耐熱性セルロース分解酵素を発現し、菌体外に分泌すること、そして生産されたタンパク質が超耐熱性セルラーゼであることを確認してから、生産性の向上を目指して研究開発をスタートしました。その結果、本酵素は沸騰水浴中で最大の活性を示し、また85℃×1時間の加熱後では100%。沸騰水浴中×1時間の加熱後でも90%以上の残存活性を示すなど、非常に高い耐熱安定性を持つ超耐熱性酵素であることがわかりました。
 その生産性を高めるために、多数の組み換え菌の中からスクリーニングによって得られたさらに高生産する変異株を用いたり、培養条件の最適化などを行うことによって、従来の約3倍の生産性(培養液中300mg/Lの酵素タンパク質の生産性)を得ることに成功しました。培養液中の超耐熱性セルロース分解酵素は適当な条件で加熱処理することにより、他の不純タンパク質と分離可能で容易に精製できることがわかりました。この結果高純度の濃縮酵素製品が生産可能となりました。さらに、大量生産のために撹拌速度や通気条件などの培養環境、培地組成について種々検討することによって、5kL培養槽へとスケールアップし、図1の月産10トンの製造プラントの運転で、高純度で高い活性を有する超耐熱性セルラーゼの量産技術を確立することができました。

<効果>
本酵素を用いた高温処理により最高の風合いのジーンズが得られます

 本新技術により生産される超耐熱性セルロース分解酵素を用いた製品は、沸騰水浴中で使用できるエンド型のセルラーゼ製剤であり、中温度タイプのセルラーゼ製品(エンチロンCA-40)との各温度での活比較を図2に示します。70℃以上の高温度で長時間使用するのに最適な超耐熱性エンド型セルラーゼ製品です。
 可溶性セルロースの高温処理に最適ですが、綿布の減量加工にも効果があり、例えば、ジーンズの洗浄剤として利用されます。本酵素を用いてジーンズの高温度洗浄を行った結果を図3に示します。良好な風合いが得られ改質効果が確認されております。今後、繊維加工において、ソーピング剤、捺染糊落し剤として広く利用されます。
 また本酵素は、高温下でセルロースを効率よく糖化する作用もあるため、さらにセルラーゼの機能を高め、酵素の分泌量の増大を図ることにより、非繊維用途として、農産廃棄物処理等の木質系バイオマスへの有効利用において広く用いられることが期待されます。

【用語解説】

1.Pyrococcus horikoshii OT3:

海洋科学技術センターとメリーランド大学が共同で行った「Deep Star計画」において、潜水艇「しんかい2000」によって沖縄海溝内の熱水鉱床から平成4年に採取されたもの。菌には発見者の堀越弘毅氏の名前が付いている。P.horikoshii OT3は、古細菌に属し、最高生育温度が104℃、至適生育温度が98℃と高く、生育には酸素の代わりに硫黄を必要とする嫌気性菌である。超好熱菌であることから、生産される蛋白や酵素は耐熱性を有する優れた特徴があり、化学、食品、医薬品など産業分野への応用が期待されている。

2.Bacillus brevis:

グラム陽性の蛋白生産菌。細胞壁蛋白を5g/L以上分泌する高性能菌。名古屋大学教授の鵜高重三氏とヒゲタ醤油が菌株を改良、分泌系遺伝子操作の宿主として開発した。現在までに、ヒト上皮細胞成長因子やC型肝炎ウイルスの抗原などを遺伝子操作で分泌生産している。医薬品のほか食品用、工業用酵素の工業生産宿主になる。

図1 超耐熱酵素製造プラント(10トン/月)
図2 超耐熱性セルラーゼとCA-40との比較
図3 ジーンズの高温度洗浄(重量減率)
開発を終了した課題の評価

【本件問い合わせ先】

独立行政法人 科学技術振興機構 開発部 開発推進課 菊地博道、永田健一
                                 [電話 (03) 5214-8995]

洛東化成工業株式会社 取締役 バイオ試験研究部長 川畑悟郎
                                 [電話 (077) 546-0333]