科学技術振興機構報 第135号

平成16年12月 1日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
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赤痢菌による新たな自然免疫回避機構を発見

 赤痢菌はIcsB(1)というタンパク質の分泌によって自らをカモフラージュし、宿主細胞のオートファジー(2)という異物排除機構を回避していることを、JST(理事長:沖村憲樹)と東京大学医科学研究所(所長:山本雅)および国立遺伝学研究所(所長:小原雄治)の研究チームが突き止めた。
 これは、東京大学医科学研究所の小川道永助手、笹川千尋教授(同細菌感染分野)と国立遺伝学研究所の吉森保教授(同細胞遺伝研究部門)との共同研究チームにより、JSTの戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「病原細菌の粘膜感染と宿主免疫抑制機構の解明とその応用」(研究代表者:笹川千尋教授)において得られた研究成果。この成果は、レジオネラ菌やリステリア菌などの細胞内寄生菌(3)の宿主細胞による認識機構およびその回避機構解明の端緒となることが期待され、ひいては病原菌感染に対する予防法および治療法を開発する上で重要な手掛かりとなることが期待される。
 本成果は米国科学雑誌「サイエンス」での論文掲載に先立ち、12月2日(米国東部時間)にオンライン版で公開される。

 赤痢菌はヒトの腸管上皮細胞に感染し、細菌性赤痢を引き起こす。発展途上国では乳幼児を中心に年間一億人が細菌性赤痢に感染し、死者は数十万人にのぼる。赤痢菌の感染過程を分子レベルで明らかにすることは、ワクチンを含めた細菌性赤痢の予防法および治療法を開発する上で非常に重要である。笹川教授らのグループは腸管上皮細胞に侵入した赤痢菌とこれを排除しようとする宿主細胞との攻防の新たな局面を明らかにした。赤痢菌感染において宿主細胞は赤痢菌の菌体表面にあるVirGタンパク質(4)をターゲット分子として認識し、VirGタンパク質がオートファジー関連タンパク質であるAtg5(5)と直接結合することによって、オートファジーが誘導されることが明らかになった(図1)。このことは細胞内に侵入した赤痢菌を宿主細胞が選択的に認識し、オートファジーと呼ばれる一種の自然免疫機構により排除しようとすることを示している。それに対して、赤痢菌はIcsBというタンパク質を分泌し、分泌されたIcsBタンパク質がAtg5とVirGタンパク質との結合を競合的に阻害することによってオートファジーによる菌体の認識および殺菌を回避していることが明らかになった(図2)。本論文の成果はリステリア菌やレジオネラ菌などの細胞内寄生菌の宿主細胞による認識機構およびその回避機構解明の端緒となることが期待され、ひいては細菌感染症に対する予防法および治療法を開発する上で重要な手掛かりとなることが期待される。

論文: Escape of Intracellular Shigella from Autophagy
    (赤痢菌は宿主細胞におけるオートファジーを回避する)
    doi :10.1126/science.1106036

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。

研究領域:「免疫難病・感染症等の先進医療技術」
研究総括:岸本 忠三 大阪大学大学院生命機能研究科 客員教授>
研究期間:平成15年9月~平成20年8月

研究領域:「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」
研究総括:大島 泰郎 東京薬科大学生命科学部 教授>
研究期間:平成14年10月~平成19年9月

<本件問い合わせ先>

笹川 千尋 (ささかわ ちひろ)
東京大学医科学研究所 細菌感染分野
〒108-8639 東京都港区白金台4-6-1
TEL: 03-5449-5252

島田 昌(しまだ まさし)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL: 048-226-5635

<用語解説>
図1 オートファゴゾームによって囲まれた赤痢菌
図2 IcsBによるオートファジーの阻害機構