JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第1199号 > 別紙1
別紙1

平成28年度採択課題の概要 一覧

フューチャー・アース構想の推進事業「フューチャー・アース:課題解決に向けたトランスディシプリナリー研究」

<TD研究>

実施期間:3年、研究開発費:3000万円以内/年(ただし、平成28年度は半年分として1500万円)
題名 研究代表者名
所属・役職
概要
環境・災害・健康・統治・人間科学の連携による問題解決型研究
矢原 徹一
九州大学
持続可能な社会のための決断科学センター
センター長
科学研究の成果を社会的問題解決に生かすには、複数ある選択肢の中からどれかを選び、関係者の合意の下にその選択肢を実行し、その結果に学びながら選択肢の改善を続ける必要がある。 本研究は、この一連のプロセス(意思決定→実行→学習→新たな選択肢の探索)に関する超学際科学(transdisciplinary science)として「決断科学」を構築し、環境・災害・健康・統治・人間についての科学研究の成果と社会的問題解決をつなぐことを目標にしている。本研究では、熱帯林の保全と利用、防災と復興、社会的疾病管理、小規模多機能自治などをテーマとして、従来型の調査・研究の枠をこえて問題解決に関与し、企業・NGO・自治体・政府などのステークホルダーとの協働作業を発展させる。このような協働のプロセス自体を研究対象とし、「持続可能な社会に向けてどうすればより良い意思決定ができるか」「関係者どうしの対立を避け協力をどう実現するか」などの問題に答える科学を発展させる。

<TD研究(試行)>

実施期間:最長7ヵ月、研究開発費:750万円以内
題名 研究代表者名
所属・役職
概要
持続可能な社会へのトランスフォーメーションを可能にする社会制度の変革と設計
西條 辰義
高知工科大学
フューチャー・デザイン研究センター
教授
現代社会を支える2つの柱が市場と民主制である。市場は人々の短期的な欲望を満たす優秀な制度であるが、将来世代を考慮に入れて資源配分をする仕組みではない。一方、市場を補うはずの民主制も現世代の利益を実現する仕組みであり、将来世代を取り込む仕組みではない。そのため、現在の社会の仕組みを転換しない限り、持続可能性への道は閉ざされているといってよい。 持続可能な社会への転換を可能にするために、存在しない将来世代に代わって仮想将来世代を現世代に導入し、持続可能性を含む新たな社会を創造する枠組みとして「フューチャー・デザイン」を提唱している。可能性調査においては、仮想将来世代導入の効果を検証する実験を行うとともに、バングラデシュの都市部(ダッカ)と農漁村部、ネパールの都市部(カトマンズ)と森林地帯、岩手県矢巾(やはば)町、大阪府吹田(すいた)市などでフィールド調査やフューチャー・デザインの実践を行った。非都市部では仮想将来世代が有効に機能するものの、都市部ではその効果が弱いことを発見している。TD研究(試行)では、仮想将来世代の効果を、森林、水、エネルギー、都市マネジメントの4つの領域でさらに検証するとともに都市部でも有効に機能させる手段の発見を課題とする。
貧困条件下の自然資源管理のための社会的弱者との協働によるトランスディシプリナリー研究
佐藤 哲
総合地球環境学研究所
研究部
教授
アジア・アフリカおよび太平洋島嶼域の開発途上国や新興国における貧困と格差の解消は、喫緊の国際的課題であり、その解決のために、貧困層の福利の向上を自然資源の持続可能な利用を通じて実現する仕組みが必要とされている。 本TD研究(試行)は、可能性調査で構築した社会的弱者をパートナーとするTD研究の理論と方法論を用いて、多様な条件と課題をもつアジア・アフリカなどの6か国9地域を中心に、自然資源の持続可能な管理・活用を通じた貧困層の生活の質と福利の向上をめざすTD研究を試行する。社会的弱者の中のイノベーター、レジデント型研究者・知識の双方向トランスレーターなどと協働したTD研究を通じて、貧困層が直面する課題と、彼らが生業を通じて実践している内発的イノベーション(ツール)を抽出し、個々の地域における貧困解消に役立つ知識・技術の協働生産と実装を試行する。 この過程で各地から収集される、社会的弱者が自ら選択・活用できるツールを整理した「持続可能な開発のための国際ツールボックス」(装置)、および世界のツール開発・実践者、TD科学者などが参加してツールの共創と活用を行う「地域社会における内発的イノベーションのための世界フォーラム」(プラットフォーム)を協働設計し、多様な立場の人々との協働による貧困解消のための総合的TD研究を試行する。

<総評>フューチャー・アース委員会 委員長 安岡 善文(東京大学 名誉教授)

今回の公募では、平成26年度から27年度にかけて「トランスディシプリナリー研究として推進すべき課題の可能性調査」(Phase1(研究課題の設計)、Phase2(研究企画の試行))に採択された課題を対象として、選考を行いました。本格研究に取り組む課題としては、平成27年度にPhase2で実施された課題から1件を採択、また、本格研究の試行に取り組む課題として、Phase1で実施された課題から2件を採択しました。この2件は約半年間の試行期間後、審査を経て本格研究に移行する予定です。

フューチャー・アース(以下、FEと略記)の核となる考え方が、学界が社会とつながるためのトランスディシプリナリー(以下、TDと略記)アプローチですが、自然科学の研究が社会とつながり、社会のステークホルダーとの協働が十分に図られているかということは、今回の選考でも議論になり、その重要さと難しさを改めて認識しました。

特に、本格研究に取り組む課題1件の選考には時間を要しました。その理由は、候補となった2件の課題が方向性は異なるもののTD研究としては十分に成り立つもので、この2件をともに採択したほうがTD研究についての多様な考え方を社会によく理解していただけるのでは、という議論からでした。1件のみの採択ではTD研究の方向性について十分に理解いただけないのでは、という危惧がありましたが、予算の関係もあり、2件の多様性のある課題から1件のみを選ばざるを得ませんでした。

いまだに国際的な議論においても手探りの状態にあるFEですが、解決すべき課題の解決に向けた知を獲得するためのプロジェクトとその推進基盤となる知と実践のためのネットワーク(Knowledge-Action Network。以下、KANと略記)が立ち上がり、活動を開始しています。また、今回採択した課題はいずれも、FEとして重要な地域であるアジアを主な対象としており、日本が国際的なリーダーシップをもって取り組む意義があります。それぞれのTD研究の方法論を適用しながらアジアや国際的な共通課題の解決に取り組むことで、KANの推進に貢献するとともに、FEの先導的な研究となることを期待します。