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科学技術振興機構報 第1190号

平成28年6月21日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)

アトピー性皮膚炎の発症に関わる新たな要因

~クローディン1遺伝子の発現量が皮膚炎の重症度を決める~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、大阪大学 大学院生命機能研究科・医学系研究科の徳増 玲太郎 特任研究員と月田 早智子 教授らのグループは、アトピー性皮膚炎に焦点をあて、生体内での皮膚のバリア機能に不可欠なたんぱく質(クローディン1注1))の遺伝子発現量に応じた役割の変化を解明しました。

アトピー性皮膚炎は日本国民、特に小児の約1割が罹患していると考えられており、世界的にも多くの患者が存在しています。近年、皮膚の水分保持や病原体からの保護などを担うバリア機能の異常が原因となった症例が報告されており、細胞間バリア機能の異常や細胞と細胞をつなぐ細胞接着因子の1つであるクローディン1についても発症に関与していることが示唆されていました。しかし、クローディン1を発現していないマウスは出生後1日で死に至るため、加齢に伴って表れる、病気や疾患への影響を調べることは困難でした。今回、マウスでのクローディン1遺伝子の発現量をコントロールする実験系をデザインし、マウスの出生後から成体に至るまでクローディン1が皮膚に与える影響を解析することに成功しました。

皮膚でクローディン1が、いつ、どこで、どのくらい機能しているのか(量的・時空間的な役割)を解明したことで、アトピー性皮膚炎をはじめとする皮膚疾患の理解が深まることが期待されます。加えて、上皮細胞間バリア機能の構築に不可欠なクローディンファミリー注2)に属する遺伝子群の発現する臓器での量的・時空間的なそれぞれの役割についての理解も深まり、生体バリア機能を向上させ、新たな医療対策につながることが期待されます。

本研究は、JSTの戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の一環として行われ、大阪大学 大学院医学系研究科 情報統合医学 皮膚科学教室 室田 浩之 准教授らのグループと共同で実施しました。

本研究成果は、2016年6月20日(米国東部時間)の週に米国科学アカデミー発行の米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」オンライン速報版に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」
(山本 雅 沖縄科学技術大学院大学 細胞シグナルユニット 教授)
研究課題 「細胞間接着・骨格の秩序形成メカニズムの解明と上皮バリア操作技術の開発」
研究代表者 月田 早智子(大阪大学 大学院生命機能研究科/医学系研究科 教授)
研究期間 平成25年10月~平成31年3月

JSTはこの領域で、ゲノムやたんぱく質・脂質をはじめとする生体高分子が織り成す生命現象を無細胞系、細胞、細胞集団のレベルで観察・実験・計測し、この生命体の動的システムを時空間の視点で統合的に理解することを目指します。同時に、これらの研究を基盤として、生命現象を自在に操る技術の創出を追求します。上記研究課題では、細胞接着装置のタイトジャンクション(TJ)と、我々が新たに見出した、秩序だったアピカル細胞骨格をあわせて、「アピカル複合体」というシステムとして捉え、細胞接着装置が持つ張力感受性も含めたその秩序形成機構の解明を目指します。

<研究の背景と経緯>

これまで、各遺伝子の機能を知るための手段として、酵母やマウスなどのモデル生物における遺伝子のノックダウン・ノックアウトといった研究手法が多く用いられてきました。一方で、上記のような手法で得られる知見の多くは、目的遺伝子の「有る」状態から「無い」状態への変化を想定するために、遺伝子の機能の有無で捉えざるを得ません。そのため、遺伝子の種類についての議論は可能であっても、その遺伝子の発現量に応じた役割の変化を議論することは困難でした。しかし、生体内での目的遺伝子の発現量の変化は、ターゲットとする疾患や病気との関連性を理解し、予防法や治療法を検討する上で、無視することはできません。

本研究では、細胞と細胞とをつなぐ細胞接着装置の1つである、タイトジャンクション注3)(密着結合)の構成因子であるクローディン1に着目して、発現量の変化と病態との関連性について調べました。クローディン1は、ヒトのアトピー性皮膚炎と関連性が報告されています。しかし、ノックアウトマウスは脱水により生後1日で死に至るため、発現量が段階的に異なる複数の遺伝子改変マウスを作り、クローディン1の発現量に応じた個体発生の時空間的な役割を解析するアプローチが有効であると考えました。

<研究の内容>

研究チームは、クローディン1の発現量を6段階で変化させた遺伝子改変マウスを作製しました(図1)。遺伝子改変マウスから取り出したケラチノサイト注4)を用いて、mRNAの発現量、たんぱく質量、バリア機能の関係性を明らかにしました(図2)。mRNAとたんぱく質の間には正の相関関係がある一方で、mRNAの発現量つまり遺伝子の発現量が半分程になるまでは、バリア機能は大きな変化はありませんが、半分以下になると急激にそのバリア機能が低下していきました。また、マウス新生児でも、バリア機能の低下に合わせるように、表皮の分化異常が観察されました。

さらに、クローディン1の発現量が低下したマウスの成長過程を調べることで、ノックアウトマウスでは調べることができなかった、出生後の加齢による皮膚の変化にクローディン1が与える影響を調べることができました。この解析からクローディン1がなくなると、アトピー性皮膚炎に似た形態学的な変化が生じることや、マクロファージや好中球などの自然免疫注5)系の細胞浸潤が増え、炎症が起きていることを明らかにしました。こうした表現型は幼齢期に重症度が高く、成長に伴って回復する傾向を示しており、ヒトの小児期から思春期にかけてみられるアトピー性皮膚炎症状の自然経過に類似していました。また、遺伝子の発現量に応じて、成体になった際の回復の度合いも異なることを明らかにしました(図3)。

<今後の展開>

クローディン1の皮膚における時空間的な役割を解明したことで、アトピー性皮膚炎をはじめとする皮膚疾患の病態理解が深まり、特に乳幼児期に重篤化するアトピー性皮膚炎の治療法や予防法の確立への貢献が期待されます。クローディンは、類似の遺伝子が27種類見つかっており、それぞれの遺伝子の発現量が疾患によって変化することや、がんの発症と関係することが報告されています。本研究の手法を類似遺伝子に応用し、クローディンの種類や量の違いによってどのように細胞間バリア機能が変化し、個体レベルで機能するかを調べることで、将来的に、皮膚のみならず、さまざまな臓器に対応した生体バリア機能を高める、新しい医療の創発が期待されます。

<参考図>

図1 実験系

野生型、ノックダウン、ノックアウトの3タイプのクローディン1遺伝子発現系を組み合わせ、発現量が異なる6種類の遺伝子改変マウスを作製した。

図2 クローディン1遺伝子の発現量とバリア機能

野生型マウス(+/+)から取り出したケラチノサイトのクローディン1の発現量を100%とし、ノックアウトマウス(-/-)を0%とする。(a)遺伝子発現量とたんぱく質量を比較した。Curve Fittingを行うと、ほぼ正の相関関係が成り立つ。(b)同様に、経上皮電気抵抗(TER)を用いて遺伝子発現量とバリア機能を比較した。指数関数的な相関関係が成り立つ。(c)HE染色を用いて新生児の皮膚を観察した。バリア機能の低下に相関して、これまでにノックアウトマウス(-/-)で報告されていた、表皮の分化異常が見られる。

図3 クローディン1が皮膚に与える経時的な変化

クローディン1の発現量の減少に伴い、アトピー性皮膚炎に似た症状が観察される。幼児期に顕著に認められるが、成長に従って回復する傾向がある。また回復の度合いは、クローディン1の発現量に応じて変化する。

<用語解説>

注1)クローディン1、注2)クローディンファミリー、注3)タイトジャンクション
クローディンは、細胞間結合におけるタイトジャンクション(密着結合)の主要なたんぱく質である。タイトジャンクションは、隣り合う上皮細胞をつなぎ、さまざまな分子が細胞間を通過するのを防ぐ機能を持っている。タイトジャンクションのストランド構築に寄与し、細胞間バリアを作り出す。現在までにヒト・マウスで27種類の類似の遺伝子(クローディンファミリー)が報告されており、各組織・臓器において、異なる遺伝子発現パターンを示す。皮膚においてはクローディン1が主要な役割を担っていると考えられている。
注4) ケラチノサイト
表皮は、「基底層(きていそう)」、「有棘層(ゆうきょくそう)」、「顆粒層(かりゅうそう)」、「角質層(かくしつそう)」からなっており、その大部分は表皮を構成する角化細胞(ケラチノサイト)が占めている。
注5) 自然免疫
免疫には「自然免疫」と「獲得免疫」の2種類の免疫システムが存在する。自然免疫は、マクロファージや好中球といった貪食細胞が関与しており、外来の異物などを排除するため、生まれながらに備わっている防御機構である。

<論文情報>

タイトル(和訳) Dose-dependent role of claudin-1 in vivo in orchestrating features of atopic dermatitis
(アトピー性皮膚炎・生体内におけるクローディン1の量依存的な機能解析)
doi 10.1073/pnas.1525474113

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

月田 早智子(ツキタ サチコ)
大阪大学 大学院生命機能研究科/医学系研究科 教授
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-2
Tel:06-6879-3321
E-mail:

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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(英文)“New insight into Atopic Dermatitis: Claudin-1 dose-dependently regulates the changes of dermatitis