東京大学,科学技術振興機構(JST)

2026(令和8)年8月7日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

tRNA前駆体が生育温度を感知する

~熱ストレスで増加するキャップ化tRNA前駆体がたんぱく質合成を抑制する~

ポイント

東京大学 大学院工学系研究科の大平 高之 助教、鈴木 勉 教授らの研究グループは、出芽酵母において、トランスファーRNA(tRNA)の前駆体(pre-tRNA)が熱ストレスに応答して積極的にキャップ修飾されることを発見しました。また、その形成機構を解明するとともに、キャップ修飾がpre-tRNAの安定化に寄与することを明らかにしました。さらに、熱ストレス下で蓄積したキャップ化pre-tRNAがたんぱく質合成を抑制することを見いだしました。加えて、キャップ化pre-tRNAを網羅的に解析することで、全tRNA遺伝子の転写単位を特定し、高精度な転写地図を作成しました。

たんぱく質合成において、tRNAはリボソーム上でメッセンジャーRNA(mRNA)のコドンを読み取り、対応するアミノ酸を運ぶアダプター分子として機能します。研究グループはこれまでに、出芽酵母においてpre-tRNAの一部にキャップ修飾が付加されることを発見し、この現象を「pre-tRNAキャッピング」と名付けました。しかし、pre-tRNAキャッピングがどのような条件で起こり、細胞内でどのような役割を果たしているのかは不明でした。そこで本研究では、pre-tRNAキャッピングが誘導される生育条件を明らかにするとともに、その生物学的意義の解明に取り組みました。

出芽酵母の至適生育温度は30℃ですが、37℃で培養するとキャップ化pre-tRNAが顕著に増加することが分かりました。そこで研究グループは、キャップ化された低分子RNAを網羅的に解析する新手法CaSh-seq(Capped Short RNA-sequencing)法を開発し、キャップ化pre-tRNAの全体像を調べました。この解析により、各tRNA遺伝子の転写開始点から転写終結領域までを含む転写単位が正確に決まり、全tRNA遺伝子の転写地図が作成されました。その結果、ほぼ全てのtRNA種がキャップ化されることが明らかになりました。さらに、熱ストレス下では、分解されやすいtRNA種ほどキャップ化される傾向が認められました。この結果は、キャップ修飾がこれらのtRNAを優先的に分解から保護する役割を担うことを示しています。さらなる解析の結果、pre-tRNAキャッピングの効率はpre-tRNAの5′末端構造の柔軟性に依存することが明らかになりました。このことから、高温環境下ではpre-tRNAの5′末端構造が緩み、キャップ化酵素がアクセスしやすくなることで、pre-tRNAキャッピングが促進されると考えられます。次に、細胞内でキャップ化pre-tRNAと相互作用するたんぱく質を解析したところ、翻訳開始因子eIF4Eと結合することを突き止めました。さらに、キャップ化pre-tRNAがeIF4Eを捕捉することで、mRNAの翻訳開始を阻害し、たんぱく質合成を抑制することを明らかにしました。

これらの結果は、pre-tRNAが単なるtRNAの前駆体ではなく、熱ストレスに応答してキャップ化されることで翻訳開始因子を捕捉し、たんぱく質合成を抑制する機能性RNAとして働くことを示しています。すなわちpre-tRNAが細胞環境の変化を感知するセンサー分子として機能し、遺伝子発現を直接制御する新たな翻訳調節因子であることを明らかにしたものです。

本研究成果は、2026年8月7日(現地時間)付で科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

本研究は、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業の基盤研究(S)「RNA エピジェネティックスと高次生命現象」(代表:鈴木 勉、JP26220205)、基盤研究(S)「RNA 修飾の変動と生命現象」(代表:鈴木 勉、JP18H05272)、基盤研究(S)「環境変化に誘導されるRNA修飾の生理機能と多様性獲得機構」(代表:鈴木 勉、JP26K21763)、新学術領域研究 研究領域提案型「ncRNAのケミカルタクソノミ」(代表:鈴木 勉、JP26113003)、若手研究(A)「Pre-tRNA cappingが関与する遺伝子発現制御機構の探究」(代表:大平 高之、JP17H04997)、若手研究(B)「tRNAの新規成熟経路の解析と5′キャップによる成熟制御機構の解析」(代表:大平 高之、JP26840005)、特別研究員奨励費「pre-tRNA cappingが担う新規翻訳制御機構の解明」(代表:菊池 一徳、JP21J10419)、住友財団の基礎科学研究助成「Pre-tRNA cappingの関与する新規遺伝子発現制御機構の探索」(代表:大平 高之)、千里ライフサイエンス振興財団の岸本基金研究助成「Pre-tRNA cappingの関与する新規遺伝子発現制御機構の探求」(代表:大平 高之)、中島記念国際交流財団の日本人若手研究者研究助成金「RNAの5′末端構造に基づいたRNA発現プロファイリング」(代表:大平 高之)、および科学技術振興機構(JST)の創発的研究支援事業「tRNA工学による細胞機能の発現と制御」(研究代表者:大平 高之、JPMJFR230S)、戦略的創造研究推進事業ERATO「鈴木RNA修飾生命機能プロジェクト」(研究総括:鈴木 勉、JPMJER2002)などの支援を受けて実施されました。

<プレスリリース資料>

<論文タイトル>

“Heat stress promotes pre-tRNA capping to modulate cap-dependent translation in Saccharomyces cerevisiae
DOI:10.1038/s41467-026-76325-6

<お問い合わせ>

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