ポイント
- プロペラ状骨格を持つ三脚型トリプチセン誘導体の自己組織化薄膜について、全原子分子動力学(MD)シミュレーションにより、表面上での分子配向と秩序化の「動的プロセス」を分子レベルで初めて可視化・解明
- 分子が厚く積み重なったバルク相では分子の向きが互い違いに配向する「反平行配向」が安定であるのに対し、超薄膜相では固体表面の影響で分子の向きがそろう「平行配向」へと優先的に切り替わるメカニズムを発見
- 熱アニーリングによる「段差状構造から平坦(へいたん)な膜への自己修復」および高秩序化の過程を再現し、そのメカニズムを定量的に実証
- 置換基パターンが膜の安定性を左右することを突き止め、高性能な有機薄膜デバイス開発に向けた合理的な“分子設計指針”を提示
北里大学 未来工学部の渡辺 豪 教授、同大学 大学院理学研究科 修士課程の新田 海統さん(研究当時)、東京科学大学 総合研究院 自律システム材料学研究センターの福島 孝典 教授、同大学 総合研究院 化学生命科学研究所の庄子 良晃 准教授の研究チームは、三脚型トリプチセン分子が薄膜を形成するときに、膜の厚みやトリプチセン分子の種類、さらには固体基板があるかどうかによって、分子の並び方にどのように影響するかを全原子分子動力学(MD)シミュレーションで明らかにしました。
これまでに、長鎖の置換基が導入されたトリプチセン分子は、基板種によらず、平方センチメートルスケールの高秩序薄膜(2次元の入れ子六方充填+1次元積層)を形成することが示されてきました(Science 2015, 348, 1122)。この薄膜は、スピンコートや真空蒸着などの簡便な製膜法で作製でき、例えば高分子膜上に薄膜を作製し、その上に有機半導体を積層すると秩序化された半導体層が形成され有機トランジスタ性能が向上することも報告されています(Nat. Nanotechnol. 2018, 13, 139)。一方で、単結晶では隣接分子が逆向きの反平行配向が観測されるのに対し、固体表面上の薄膜では分子は平行配向することが有利と考えられるなど、「なぜ固体表面で分子の向きが変わるのか」という分子機構は十分に分かっていませんでした。
そこで本研究では、長鎖アルコキシ基を有するトリプチセン誘導体3種(Trip1、Trip2、Trip3)を対象に、バルク相、真空中の1〜4層薄膜、SiO2基板上単分子膜の条件で全原子MDシミュレーションを行い、自己組織化構造、熱力学安定性、固体表面上での秩序化プロセスを調べました。その結果、これらのトリプチセン誘導体は、バルク相では隣接分子が逆向きの反平行配向が最安定ですが、単分子膜・二分子膜など超薄膜では平行配向が優先し、固体(SiO2)表面に形成された単分子膜においても平行配向が安定に維持されることが分かりました。さらに、熱アニーリング過程のMDシミュレーションにおいて、一部のトリプチセン分子が段差状三層膜から平坦二層膜へ再編成し、その中で分子が規則的に配列した領域が成長するという過程の可視化・定量化を実現しました。本成果は、最先端計測でも直接観察が難しい「界面での分子配向の選択」や「薄膜形成ダイナミクス」を全原子MDシミュレーションにより分子レベルの描像として提示し、熱力学的に安定で高秩序な有機薄膜を設計するための指針を与えるものです。
今後、有機エレクトロニクス分野のキーマテリアルである有機分子、特に有機半導体分子が、固体表面のみならず物質循環を志向した高分子表面との界面で結晶薄膜を形成するプロセス、構造安定性を解析する上で本研究が提案した手法が大きな役割を果たすことが期待できます。
本成果は、2026年3月26日付(現地時間)で英国王立化学会の学術誌「Nanoscale Horizons」に掲載されました。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR24S1、JPMJCR23O1)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金(JP22K18953、JP21H05024、JP21H04690、JP20H05868)の支援を受けて実施されました。また、「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の共同研究プログラムの支援を受けました。
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(1.95MB)
<論文タイトル>
- “Molecular Dynamics Insights into Orientation and Hexagonal Ordering of Tripodal Triptycenes on Solid Surfaces”
- DOI:10.1039/d5nh00837a
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