ポイント
- ミクログリアが、がんの「種」を食べ転移を断つ瞬間を初めて生体内で観察
- 2光子顕微鏡と「光」標識で、攻防の現場にいたミクログリアだけを特定・解析
- ミクログリアの働きを高めることで、脳転移を予防できる可能性を提示
名古屋大学 大学院医学系研究科 分子細胞学の辻 貴宏 研究員(当時)(現:米国 フレッド・ハッチンソンがん研究センター Postdoctoral Fellow)、和氣 弘明 教授(生理学研究所 教授/クロスアポイントメント)らの研究グループは、がん細胞が脳に転移する「最初の瞬間」に脳の免疫細胞・ミクログリアががん細胞を直接“食べて”排除することを生体内の観察に優れた2光子顕微鏡で観察し、明らかにしました。
脳転移は治療が難しく、多くの患者さんの生命を左右します。これまで、別の臓器から飛来したがん細胞の「種」が血流に乗って脳にばらまかれた直後、脳の防御を担う“番人”であるミクログリアが、なぜがんの成長を許してしまうのかは謎でした。
本研究では、生きたマウスの脳を2光子顕微鏡で観察し、がん細胞とミクログリアの“攻防戦”をリアルタイムに記録しました。すると、一部のミクログリアはがんを積極的に食べて排除する一方、別のミクログリアは逆にがんの生存や成長を助けることが観察されました。研究チームは、独自に開発した「オプト・オミクス」により、がんの「種」の周囲で働くミクログリアだけに光を当てて印を付けて回収し解析しました。単細胞解析や時系列の腫瘍の発現解析などとデータ統合することで、がん細胞が持つ「2224」などの“食べないで”シグナルがミクログリアの攻撃をかわす鍵であることを明らかにしました。これらの分子を除去すると、ミクログリアは再び強力にがんの「種」を攻撃し、脳転移が大幅に抑制されます。この成果は、がんが脳に根付く前に「自然免疫の力」で芽を摘むという新しい治療戦略につながります。今後、脳転移を未然に防ぐ医療の実現が期待されます。
なお、本研究は京都大学 大学院医学研究科 呼吸器内科学の平井 豊博 教授、東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 計算システム生物学分野の島村 徹平 教授、国立がん研究センター研究所 腫瘍免疫研究分野の西川 博嘉 分野長(名古屋大学 大学院医学系研究科 分子細胞免疫学 教授、京都大学 大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センター がん免疫多細胞システム制御部門 教授/クロスアポイントメント)との共同研究により行われました。
本研究成果は、2025年12月10日(現地時間)に米国癌学会発行の学術誌「Cancer Research」オンライン版に掲載されました。
本研究は、以下の事業の支援のもとで行われたものです。
- 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ACT-X 生命現象と機能性物質「オプト・オミクスが明らかにする脳内微小環境と癌細胞の分子基盤」(JPMJAX2229)
- 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「ホログラム光刺激による神経回路再編の人為的創出」(JPMJCR1755)
- 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「神経-免疫連関による感覚認知システムの統合的理解」(JPMJCR22P6)
- 科学技術振興機構(JST) ムーンショット型研究開発事業「身体的能力と知覚能力の拡張による身体の制約からの解放」(JPMJMS2012)
- 日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「糖鎖による神経回路形成制御とその破綻:精神疾患の病態解明」(JP23gm1410011)
- 日本医療研究開発機構(AMED) ムーンショット型研究開発事業「グリア病態からセノインフラメーションへ発展する概念に基づく認知症発症機序の早期検出と制御」(JP24zf0127012)
- 日本医療研究開発機構(AMED) ムーンショット型研究開発事業「認知症克服に向けた脳のレジリエンスを支えるリザバー機能とその増強法の開発研究」(JP24zf0127010)
- 日本医療研究開発機構(AMED) 医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業「グリア細胞の生理機構解明とその遷移による中枢神経疾患に対する創薬戦略の国際共同開発」(JP23jf0126004)
- 日本医療研究開発機構(AMED) 次世代がん医療創生研究事業・次世代がん加速化研究事業 領域E「脳内微小環境と癌細胞の相互作用を解明する異分野融合的解析法」(21cm0106587h0001)
- 内閣府 研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム「多元素活用を基盤とした生体イメージング技術革新」(BRIDGE)
- 日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「全身臓器の生理的・病理的免疫状態遷移の脳による検出機構」(JP20H05899)
- 日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))「感覚モダリティ理解のためのミクログリア・シナプス接触の多角的解析」(JP20KK0170)
- 日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 基盤研究(B)「ミクログリアによる高次脳機能維持機構とその破綻」(JP18H02598)
- 日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業「ミクログリアによる感覚モダリティーの制御と精神病態への寄与」(JP21H02662)
- 日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業「量子ドット温度イメージングセンサーによる生体脳温度計測の実現と脳疾患治療への応用」(JP25H01217)
- 日本学術振興会(JSPS) 特別研究員(PD)「転移性脳腫瘍の予防治療開発を目指した、生体内イメージング系の構築と解析」(JP21J01531)
- 日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 若手研究「脳内における肺癌細胞の排除を規定するメカニズムの可視化と同定」(JP21K16140)
- かなえ医薬振興財団「転移性脳腫瘍発生の「場」の時空間的解析と治療開発」
- 武田医薬振興財団 医学系研究助成「脳内免疫応答に着目した転移性脳腫瘍をターゲットとした治療開発」
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(4.46MB)
<論文タイトル>
- “Microglia Display Heterogeneous Initial Responses to Disseminated Tumor Cells”
- DOI:10.1158/0008-5472.CAN-25-3425
<お問い合わせ>
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