ポイント
- 量子情報理論における大きな未解決問題だった「一般化量子Stein(シュタイン)の補題(generalized quantum Stein’s lemma)」の証明に成功しました。
- 物理学には、エネルギーをどれだけ効率良く変換できるかを決める「熱力学第二法則」があります。量子情報処理にもこれに似た法則があると考えられてきましたが、その定式化の鍵となる「一般化量子Steinの補題」の既存の証明に誤りがあることが近年判明し、重要な未解決問題となっていました。
- 今回の成果によりこの問題が解決され、量子コンピューターでの計算や通信に使われるリソースをどれだけ効率良く変換できるかを決める、普遍的な法則が明らかになりました。これにより、量子情報処理の最適な性能を統一的に分析できる枠組みが整い、今後、量子コンピューターの計算や通信の解析やより良い設計、さらにはそれらの基礎となる理論の発展にも幅広く役立つと期待されます。
東京大学 大学院情報理工学系研究科の山崎 隼汰 准教授は、香港中文大学(深圳(セン))データサイエンス学院の林 正人 校長講座教授と共同で、量子情報理論における重要な未解決問題だった「一般化量子Steinの補題」(Steinの補題と呼ばれる統計に関する補助的な定理を量子の世界に広げて一般化したもの)を証明し、量子リソースの最適な変換効率に関する普遍的な法則を定式化しました。これは、量子情報処理に役立つリソースの識別可能性や変換可能性を統一的に解析できる理論の枠組みを構築するものです。
「一般化量子Steinの補題」とは、量子コンピューターでの情報処理で役立つ有用な量子状態と、そうでない量子状態を、どれだけ高い確率で見分けられるかの理論上の最高性能を示す補題です。もともとこの補題は2008年に提唱され、物理学の基礎である熱力学第二法則のような形で量子リソースの変換法則を定式化する上で鍵になると考えられていました。しかし近年の研究で、一般化量子Steinの補題の既存の証明に誤りが発見され、定式化の可能性自体が不透明となり、重要な未解決問題となっていました。今回の研究では、この補題を厳密に証明し、その「量子リソースを見分ける力」の理論を活用することで、さまざまな量子リソースの変換可能性を統一的に解析できる理論の枠組みを構築しました。
このように、本研究で構築した量子リソースの識別や変換に関する普遍的な理論の枠組みは、現在世界的に開発が進んでいる量子コンピューターでの量子情報処理において、量子リソース活用の最適性能や原理限界を定量的に分析し、より良い設計や新しい応用を解析する際の基盤になると予想されます。
本研究成果は、現地時間2025年10月29日付で科学誌「Nature Physics」に掲載されました。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(課題番号:JPMJPR201A、JPMJPR23FC)、日本学術振興会(JSPS) 科研費(課題番号:JP23K19970)、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(MEXT Q-LEAP)(課題番号:JPMXS0118069605、JPMXS0120351339)、National Natural Science Foundation of China(課題番号:62171212)、the General R&D Projects of 1+1+1 CUHK-CUHK(SZ)-GDST Joint Collaboration Fund(課題番号:GRDP2025-022)の支援により実施されました。
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(255KB)
<論文タイトル>
- “The generalized quantum Stein's lemma and the second law of quantum resource theories”
- DOI:10.1038/s41567-025-03047-9
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