NIMSは、東京大学、産業技術総合研究所、大阪大学、東北大学との共同研究により、磁性体中のスピンの集団運動の準粒子「マグノン」の輸送を制御する新しい手法を提案し、強磁性金属中でマグノンが従来考えられていた以上に熱伝導に大きく寄与することを実証しました。磁性体を利用した新たな熱伝導制御原理の創出や技術の開発につながることが期待されます。
熱伝導率は固体中で熱がどれだけ効率よく伝わるかを表す指標です。この熱の担い手(熱キャリア)は、金属では電子、半導体や絶縁体では格子振動の準粒子であるフォノンが主役とされています。現在の熱工学では、熱キャリアの輸送特性を解明・制御することで熱伝導率や界面の熱抵抗を制御する取り組みがあり、特にフォノンの輸送・散乱に着目した熱伝導制御はフォノンエンジニアリングと銘打たれて数十年にわたって盛んに研究されています。電子・フォノン以外の熱キャリアの寄与も存在しますが、ほとんどの物質ではその寄与は非常に小さく、観測できたとしても極低温といった極限環境に限られることから、無視されることがほとんどでした。
今回、研究チームは、コバルト鉄合金(CoFe)やニッケル鉄合金(NiFe)といった強磁性金属薄膜と絶縁体を積層させた単純な構造において、磁性体のスピンの集団運動の準粒子「マグノン」の輸送を利用・制御することで熱伝導を制御できることを明らかにしました。強磁性金属で生成されたマグノンが絶縁体内に伝搬する状況では、しないときに比べて、室温でも強磁性金属薄膜の熱伝導率が上昇し、金属/絶縁体接合の界面熱抵抗は数分の1にまで減少することが分かりました。これは、電子が支配的な熱キャリアである金属でも、マグノン輸送を適切に制御した熱伝導エンジニアリング(マグノンエンジニアリング)が可能であることを示す結果であり、室温下や金属中ではマグノンの熱伝導への寄与は小さいという固定観念を塗り替えるものです。
今後は、本成果をもとに、さらなる物理的起源の解明や、マグノン輸送を外場で制御した熱伝導率スイッチなどといったマグノンエンジニアリングに基づいた新たな熱制御技術の創成を目指します。
本研究成果は、2025年10月1日付(現地時間)で「Advanced Functional Materials」誌に掲載されました。
本研究は、NIMS 磁性・スピントロニクス材料研究センター スピンエネルギーグループの平井 孝昌 主任研究員、森田 利明 研修生(兼 大阪大学 産業科学研究所 博士課程学生)、内田 健一 上席グループリーダー(兼 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)、産業技術総合研究所 物質計測標準研究部門 熱物性標準研究グループの八木 貴志 研究グループ長、東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構の塩見 淳一郎 教授、大阪大学 産業科学研究所の千葉 大地 教授(兼 東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター センター長)らの研究チームによって、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO「内田磁性熱動体プロジェクト」(研究総括:内田 健一、課題番号:JPMJER2201)、JSPS 科学研究費助成事業 基盤研究(S)(22H04965)、研究活動スタート支援(22K20495)の支援のもと行われました。
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(1.22MB)
<論文タイトル>
- “Non-Equilibrium Magnon Engineering Enabling Significant Thermal Transport Modulation”
- DOI:10.1002/adfm.202506554
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