ポイント
- 重粒子線がん治療装置の小型化のカギを握るレーザー加速技術はイオン数の不足が課題であった
- 位相回転空胴の導入により、目的の速度のイオン個数を10倍増やすことに水素イオンで成功
- 重粒子線がん治療の普及に役立つだけでなく、原子力材料の耐久性研究など幅広い応用にも期待
量子科学技術研究開発機構(QST) 関西光量子科学研究所 量子応用光学研究部、QST 革新プロジェクト・量子メスプロジェクトの榊 泰直 上席研究員(九州大学 大学院総合理工学研究院 連携講座 客員教授を兼任)、小島 完興 主幹研究員らは、高エネルギー加速器研究機構の諏訪田 剛 シニアフェロー、住友重機械工業株式会社、九州大学、山形大学との共同研究にて、レーザーによって生成した高速のイオンをがん治療装置用に制御する技術を実証しました。
現在の先端がん治療装置には大規模な加速器を用いるため、治療装置全体が巨大にならざるを得ず、普及の妨げになっています。QSTは、既存の加速器をコンパクトなレーザー加速装置に置き換えることで治療装置の大幅な小型化を目指す「量子メスプロジェクト」を産学官連携にて進めており、このプロジェクトにて2023年には、レーザー加速イオン入射装置の原型機を世界で初めて完成させました。
重粒子線(炭素イオンなどの比較的重いイオン)を用いたがん治療では、速度のそろったイオンを治療に必要な数だけ生成することが求められます。加速器と違いレーザー加速で生成したイオンは速度が不ぞろいであり、そのままでは重粒子線がん治療装置に導入することはできません。導入に最適な速度を持つイオン集団内の個数を増やす必要があるため、原型機にイオンの速度を目標値に整えるための「位相回転空胴」という装置を導入しました。この装置により、目標速度を持つイオン集団内の個数を最大で10倍程度増大させ、10ヘルツ運転すれば量子メスに必要な個数(109個)に到達する見込みを得ることができました。また、この制御にて、非常に短い時間(10億分の1秒、1ナノ秒)に多数のイオン(1平方センチメートルあたり1000万個)が集められているという事をリアルタイムで観測することにも成功しました。
この観測により、レーザーを照射するたびに生成されるイオン集団は、従来の加速器よりも非常に短い時間においてイオン個数が100倍以上高密度であることが実証され、今回開発した技術は量子メスに適用できるだけでなく、短い時間に大量にイオンや中性子が衝突するような原子力材料の脆化(ぜいか)過程において時間を追って調査する耐久性評価試験や、材料科学や生命科学などでの応用が期待できます。
今後、さらなる開発を通じて必要なデータを集め、量子メスの最終形の設計を進めていくとともに、産業応用への可能性も検討していきます。
本研究成果は、2025年9月27日(土)(日本時間)に「Review of Scientific Instruments」に掲載されました。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 未来社会創造事業 大規模プロジェクト型「レーザー駆動による量子ビーム加速器の開発と実証」(JPMJMI17A1)の支援を受けて行われました。
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(792KB)
<論文タイトル>
- “Demonstration and Real-Time Non-Destructive Diagnosis of a High-Flux Laser-Driven Proton Bunch”
- DOI:10.1063/5.0274838
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