金沢大学,科学技術振興機構(JST)

2025(令和7)年9月3日

金沢大学
科学技術振興機構(JST)

温度変化を“スイッチ”に細胞機能を操る「サーモジェネティクス」

~医療・バイオ分野での応用に期待~

金沢大学 ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)のブー・クアン・コン 特任助教、新井 敏 教授らの研究グループは、温度変化を“スイッチ”として標的たんぱく質の機能を即時に活性化し、細胞機能を自在に制御できる新たな分子ツールの開発に成功しました。

外部刺激によって細胞の働きを操作する技術としては、これまで光を利用した「オプトジェネティクス(Optogenetics)」が広く活用されてきました。しかし、光は生体深部への到達が難しく、制御できる範囲に限界があります。そこで近年注目されているのが、熱を利用して細胞機能を制御する「サーモジェネティクス(Thermogenetics)」です。熱は光に比べて深部まで到達しやすく、生体応用に適しているという特長があります。

今回、研究チームは、アポトーシス(細胞死)に関与する酵素「カスパーゼ8(CASP8)」と、温度応答性を持つ「エラスチン様ポリペプチド(ELP)」を融合させた新しい分子ツールを開発しました。この融合たんぱく質は、約35度以上に加熱されることで凝集し、カスパーゼ8が活性化され、アポトーシスを誘導します。この仕組みは、たんぱく質の局所的な濃縮によって酵素が活性化されるもので、通常の体温下では“オフ”の状態を維持し、加熱した時にだけ“オン”になるため、精密かつ安全な制御が可能です。

さらに、研究チームは、近赤外線レーザー(波長:1470ナノメートル)を用いて、狙った1つの細胞のみを局所的に加熱し、選択的に細胞死を誘導することにも成功しました。加熱の制御には、蛍光寿命イメージング(FLIM)を利用した温度センサー技術を組み合わせており、細胞内の温度をリアルタイムで可視化しながら精密に温度調整が可能です。

この技術により、がん細胞などの特定の細胞を選択的に除去したり、逆に狙った細胞だけを活性化したりすることが可能となるため、非侵襲的な治療技術としての医療応用に加え、幅広いバイオ分野への展開も大きく期待されます。

本成果は、2025年9月3日(現地時間)付で米国化学会の学術誌「ACS Nano」オンライン版に掲載されました。

本研究は、文部科学省 世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)、JST 創発的研究支援事業(JPMJFR201E)、JSPS 科研費(JP22K20529)の支援を受けて実施されました。

<プレスリリース資料>

<論文タイトル>

“A Thermogenetic Tool Employing Elastin-like Polypeptides for Controlling Programmed Cell Death”
DOI:10.1021/acsnano.5c07332

<お問い合わせ先>

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