ポイント
- シリコン空孔中心の電子スピン量子ビットに対して反復的な量子フィードバック制御を行い、それにより生じる量子情報の「流れ」を活用することで、熱力学的エントロピーを減少させる「マクスウェルのデーモン」を実験的に実現した。
- 量子情報流を含む熱力学の基本法則の実験的な検証に成功し、フィードバック制御の因果構造が熱力学に与える影響を解明した。
- 本研究は、熱力学的に高効率な量子制御の実現や、複雑な因果構造を持つフィードバックを用いた量子熱機関の設計につながることが期待される。
東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻の矢田 季寛 大学院生、沙川 貴大 教授、同大学 素粒子物理国際研究センターの吉岡 信行 准教授(研究当時:同大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 助教)、ハーバード大学 物理学専攻のピーター・ヤン・スタス 大学院生、アジーザ・スレイマンザーデ 研究員、ミハイル・ルキン 教授、同大学 工学・応用科学スクールのエリック・クナル 大学院生らによる研究グループは、シリコン空孔中心の電子スピン量子ビットに対して、状態の測定とその測定結果に応じたフィードバック操作を繰り返し行うことで、量子情報の「流れ」を活用して熱力学的エントロピーを減少させる「マクスウェルのデーモン」を実験的に実現しました。さらに、量子情報流や熱力学的エントロピーを実験的に評価することで、それらの関係を示す熱力学の基本法則の検証に成功しました。本実験では、システムのコヒーレンス時間よりもはるかに短い時間で素早くフィードバック制御を行うことで、高い精度での検証を可能にしました。また本研究では、直前の測定だけでなく、それ以前に得られた測定結果の履歴も踏まえて制御を行う非マルコフ的なフィードバックを用いた場合に、直近の測定結果のみに基づくマルコフ的なフィードバックに比べて、どれだけ多くの熱力学的な利得を取り出せるかも実験的に評価しました。これらの結果は、量子情報と熱力学を1つの枠組みで捉える理論の基盤となるものであり、量子制御のエネルギーコストの解明にもつながると期待されます。
本研究成果は、2025年8月26日(米国東部夏時間)に科学雑誌「Physical Review X」のオンライン版に掲載されました。
本研究は、JST ERATO「沙川情報エネルギー変換プロジェクト(課題番号:JPMJER2302)」、JST ERATO特定領域調査「情報エネルギー変換(課題番号:JPMJER2204)」、JSPS 特別研究員奨励費「量子多体系の情報熱力学(課題番号:23KJ0672)」、東京大学 統合物質・情報国際卓越大学院(MERIT-WINGS)、東京大学 Beyond AI研究推進機構、NSF Award No. 2025158、NSF Graduate Research Fellowships Program Grant No. DGE1745303の支援により実施されました。
<プレスリリース資料>
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<論文タイトル>
- “Experimentally Probing Entropy Reduction via Iterative Quantum Information Transfer”
- DOI:10.1103/5lp2-9sps
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