ポイント
- ウイルスはその均一な形状と表面の高い設計性から、遺伝子導入剤や光学ナノ材料など、機能性材料の開発に広く利用される材料モチーフです。そのため、ウイルスを空間的にパターニングすることができれば、より広い応用が期待できますが、その方法論はいまだ確立されていません。本研究では、光応答性のアゾベンゼン(Az)部位を含み、機能性材料として汎用的に使用されるM13バクテリオファージウイルス(以下、M13ファージ)と複合体を形成する自己集合性ペプチド(A2Az)を開発し、2次元、3次元におけるウイルスパターニング手法を開発しました。
- 光応答性のアゾベンゼン部位が導入されたA2Azは、水中でらせん状の超分子ファイバーへと自己集合し、ヒドロゲルを形成しました。A2Azにおけるアゾベンゼン部位の導入位置がらせん構造を誘起する上で重要であること、さらに、らせん構造がM13ファージと強く相互作用して複合体を形成する上で重要であることを明らかにしました。
- アゾベンゼン部位の光異性化を利用することで、A2Azファイバーを紫外光照射によって分解させることが可能であり、これにより、複合化させたM13ファージを空間選択的に放出できることを明らかにしました。
- A2Azで被覆された2次元基盤や、3次元的なA2Azヒドロゲル中におけるM13ファージのパターニングを実現しました。特に、3次元ヒドロゲル中においてM13ファージと宿主である大腸菌を内包させ、紫外光を照射することで、空間選択的な遺伝子導入を達成しました。本研究成果は、将来的に、ウイルスを用いた遺伝子療法の発展や高度な光学材料の構築のための新たな技術基盤となり得ます。
東京農工大学 大学院工学研究院の矢口 敦也 さん(博士後期課程修了)、同大学 工学部 Chinbat Enkhzaya さん(チンバット・エンクザヤ 学部卒業)、井谷 駿斗 さん(博士前期課程修了)、齋藤 智一 さん(博士前期課程修了)、同大学 大学院工学研究院 応用化学部門の内田 紀之 特任講師、村岡 貴博 教授、東京科学大学 国際医工共創研究院 脳統合機能研究センターの味岡 逸樹 教授、北里大学 大学院理学研究科の三浦 大輝 さん(修士課程修了)、同大学 未来工学部の渡辺 豪 教授、国立陽明交通大学の平松 弘嗣 副教授、慶應義塾大学 理工学部の松原 輝彦 准教授、佐藤 智典 名誉教授の研究グループは、ウイルスと複合体を形成する光応答性ファイバーの開発に成功しました。
ウイルスは構造的周期性と表面設計可能性を特徴とする多様な形態を持つため、近年バイオマテリアルを設計する上で有用なモチーフとなっています。特に、ウイルスとポリマーの複合体は、遺伝子治療用の薬物キャリアや電子デバイス構築するためのビルディングブロックとして注目されています。本研究では光応答性のアゾベンゼン部位が導入された自己集合性ペプチド(A2Az)を開発しました。A2Azは、水中でらせん状の超分子ファイバーへと自己集合し、ヒドロゲルを形成します。研究チームは、A2Azファイバーが、その特徴的ならせん構造の効果により、ウイルスと強く相互作用して複合体を形成することを見いだしました。
また、A2Azファイバーは、アゾベンゼン部位の光異性化により分解します。研究チームは、この光に応答した分解によって、A2Azと複合化したウイルスを系中に放出することを達成しました。これにより、光を利用した位置選択的な複合体の分解が、2次元基盤上でのウイルスパターニングと、3次元ゲル中での空間選択的ウイルス感染の制御を可能にすることを明らかにしました。ウイルス/ポリマー複合体を用いた空間選択的なウイルスの固定と放出、ひいては感染制御に初めて成功した点が、本研究が達成したブレークスルーです。この成果は、ウイルスの高度な操作を可能にする基盤技術として学術的な意義があり、遺伝子治療や光学材料の設計など、ウイルスが関連する幅広い分野へ波及し、新材料の開発や応用研究につながると期待されます。
本研究成果は、2025年8月25日(現地時間)、「Angewandte Chemie」オンライン版に公開されました。
本成果は、科学研究費助成事業 基盤研究B(課題番号:JP25K01891、研究代表者:村岡 貴博)、科学研究費助成事業 基盤研究C(課題番号:JP23K04927、研究代表者:内田 紀之)、科学研究費助成事業 学術変革領域研究(B)「遅延制御超分子化学」(課題番号:JP21H05096、研究代表者:村岡 貴博)、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR2122、研究代表者:村岡 貴博)、同 戦略的創造研究推進事業 ACT-X(課題番号:JPMJAX23DL、研究代表者:矢口 敦也)、同 戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR19S4、研究分担者:村岡 貴博)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 官民による若手研究者発掘支援事業(課題番号: 23W1M041、研究分担者:内田 紀之)、キヤノン財団(村岡 貴博)、旭硝子財団(村岡 貴博、内田 紀之)、新化学技術推進協会(内田 紀之)、守谷育英会(内田 紀之)、田中貴金属記念財団(内田 紀之)、浦上食品・食文化振興財団(内田 紀之)、コーセーコスメトロジー研究財団(内田 紀之)、ロッテ財団(内田 紀之)、豊田理化学研究所(内田 紀之)の支援を受けて得られました。
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(1.3MB)
<論文タイトル>
- “A Photoresponsive Hybrid of Viruses and Supramolecular Peptide Fibers for Multidimensional Control of Patterning and Infection”
- DOI:10.1002/anie.202508528
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