ポイント
- フッ素を含む不斉炭素中心の設計と合成をめぐる10年間の革新的研究成果の総説論文を発表
- 有機・金属触媒による不斉合成の最新動向を整理
- 精密分子設計とグリーンケミストリーを両立し、副作用の少ない医薬品開発への貢献に期待
近年、PFASと総称される有機フッ素化合物は、その環境中での蓄積性が問題視される一方で、医薬品開発の現場における重要性はますます高まっています。最近承認された小分子医薬品のうち、約3割が有機フッ素化合物であり、新型コロナウイルス感染症に対する治療薬ゾコーバ®(エンシトレルビル)やニルマトレルビルなども、これに含まれます。その一方で、合成が難しい有機フッ素化合物の代表例として、不斉炭素中心にフッ素やフッ素官能基を持つキラルフッ素化合物が挙げられます。21世紀に入ってから承認された医薬品の約半数がキラル化合物であることを踏まえると、これらの分子の開発は極めて重要です。しかしながら、過去10年間にFDA(米国食品医薬品局)で承認された116のフッ素含有医薬品のうち、フッ素を含む不斉炭素中心を持つ医薬品はわずか16例にとどまっており、キラルフッ素化合物の合成が困難であることがうかがえます。
このような背景のもと、名古屋工業大学 生命・応用化学類の柴田 哲男 教授、Debarshi Saha(デバルシ・サハ)研究員(研究当時)らの研究グループは、武漢理工大学との国際共同研究を通じて、2015年から2024年にかけて報告されたフッ素を含む不斉炭素中心の構築法を網羅的かつ体系的に整理・分析しました。有機触媒および金属触媒を用いた多様な不斉合成法を反応タイプごとに分類・比較し、その進展と今後の展望を示し、総説論文としました。この成果は、分子の立体構造を精密に制御することが求められる医薬品開発の最前線において、設計戦略の基盤となる知見を提供するものであり、研究者や創薬技術者にとって有用なガイドとなると期待されます。
本研究成果は、米国化学会の国際学術誌「Chemical Reviews」のオンライン速報版に、現地時間2025年8月6日付で掲載されました。
なお、2017年までに開発された手法については、柴田 教授らが同誌に2018年に発表した総説で報告しており、今回の総説と併せて活用することで、フッ素を活用した創薬研究の全貌を知ることができます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST 研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括:高原 淳(九州大学))における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者:柴田 哲男)(課題番号JPMJCR21L1)の支援を受けて実施しました。
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(490KB)
<論文タイトル>
- “Recent Advances on Catalytic Asymmetric Synthesis of Molecules Bearing a Fluorine-Containing Stereogenic Carbon Center (2015−2024)”
- DOI:10.1021/acs.chemrev.5c00177
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