ポイント
- 酵素が働くミリ秒レベルの構造変化を原子レベルで観察する、NMR分光法を応用した新しい計測・解析技術を開発。
- 分子の“動く様子”を立体的に再現することで、これまで見えなかった酵素の仕組みを解明。
- YUH1酵素が、自らの形をダイナミックに変えてユビキチンを認識し、切断・再利用するという生命の基本的な仕組みの一端を解明。
私たちの体をはじめ、全ての生命は膨大な数の分子で構成されており、これらの分子が適切な場所で正確に化学反応を起こすことによって、生命という精緻なシステムが維持されています。これらの反応を正確に制御しているのが「酵素」と呼ばれるたんぱく質です。酵素は、必要なタイミングで特定の分子を結びつけたり切断したりすることにより、細胞内外のさまざまな化学反応を調節しています。
多くの酵素は、わずかミリ秒(1000分の1秒)単位の非常に短い時間スケールで立体構造を変化させながら、標的分子の認識・結合・反応・放出という一連のプロセスを遂行しています。しかし、酵素はナノメートル(10億分の1メートル)サイズであり、しかも構造変化のスピードも極めて速いため、これまでその詳細な動きを観測することは困難でした。本研究では、核磁気共鳴(NMR)分光法を応用し、酵素の構造変化を原子レベルで捉える新しい計測・データ解析手法を開発しました。そしてこの技術を、酵母由来の脱ユビキチン化酵素「YUH1」に適用することで、酵素が標的分子であるユビキチンをどのように認識し、構造を変化させて反応を促進するのかを、新たに明らかにしました。東京都立大学 大学院理学研究科の岡田 真由さんと立石 泰さん(当時 大学院生)、池谷 鉄兵 准教授、伊藤 隆 教授、美川 務 客員准教授らは、この新技術により、酵素が“動きながら働く”という仕組みを詳細に可視化することに成功しました。
この成果により、酵素がいかにして分子を選び出し、精密に反応を制御しているのかといった、これまで“ブラックボックス”であった生命分子の働きの解明が大きく進展すると期待されます。また、脱ユビキチン化酵素のヒトにおける変異は、がんやパーキンソン病などの発症に関与することが知られており、今回明らかとなった新たな認識機構への理解は、創薬や疾患治療の新たな標的探索にもつながることも期待できます。
この研究成果は、2025年8月7日付(日本時間)で国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」 に掲載されました。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「細胞内現象の時空間ダイナミクス」研究領域 研究課題名「インセルNMR計測による細胞内蛋白質の構造・動態・機能解明」(課題番号:JPMJCR21E5、研究代表者:西田 紀貴)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業(課題番号:JP15K06979、JP19H05645、JP15H01645、JP16H00847、JP17H05887、JP19H05773、JP26102538、JP25120003、JP16H00779、JP21K06114)、島津科学技術振興財団、精密測定技術振興財団、文部科学省「先端研究基盤共用促進事業 NMRプラットフォーム」(課題番号:JPMXS0450100021)の支援により実施されました。
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(1.84MB)
<論文タイトル>
- “Multistate Structure Determination and Dynamics Analysis Reveals a Unique Ubiquitin-Recognition Mechanism in Ubiquitin C-terminal Hydrolase”
- DOI:10.1021/jacs.5c06502
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