近年、電池や触媒において重要な役割を果たす「インターカレーション反応(材料中に原子が入り込む反応)」の理解が、材料開発の鍵を握っています。反応中に生じる微細構造の変化はデバイスの性能に直結するため、この変化を解明することが次世代デバイスの開発において極めて重要となります。そのため、電子顕微鏡を用いて反応の過程をリアルタイムで観察するin situ観察が盛んに行われてきましたが、これまではナノメートル(10億分の1メートル)スケールの観察にとどまることが多く、より微視的な原子(100億分の1メートル)スケールでの構造変化を追跡することは困難でした。
ファインセラミックスセンターは、従来用いられてきた高分解能透過電子顕微鏡法(HRTEM)と呼ばれる手法ではなく、環状暗視野走査透過電子顕微鏡法(ADF-STEM)と呼ばれる手法を用いて、リチウムの挿入反応に対する原子スケールのリアルタイム観察に成功しました。ADF-STEMは像を見るだけで原子の位置が簡単に分かるのが大きな利点です。
本研究で対象とした材料は、2次電池の電極材料としても注目される二硫化モリブデン(MoS2)です。専用設計した試料ホルダーを用い、MoS2にリチウムが挿入される反応を電子顕微鏡内で起こし、ADF-STEMによるin situ観察を実施しました。この手法により、リチウム挿入過程で生じる原子配列の変化がリアルタイムで捉えられました。
本研究は、原子配列の直接観察に適したADF-STEMを用いてリチウム挿入反応のリアルタイム原子スケール観察を実現したという観点から、電池動作を詳細に理解するための大きなブレークスルーとして位置付けられます。今後はさまざまな電池材料への展開により材料科学における基礎的な理解を深化させるとともに、次世代エネルギーデバイスの開発を加速させる新たな観察手法としての役割が期待されます。
本成果は、2025年7月21日(米国時間)に米国化学会刊行の科学雑誌「ACS Nano」オンライン版に掲載されました。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR23J9)、JSPS 科研費 (JP23K13567、JP23H00241)、池谷科学技術振興財団(0341198-A)、日本板硝子材料工学助成会、防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度(JPJ004596)の支援を受けて実施されました。
<プレスリリース資料>
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<論文タイトル>
- “Atomic-Scale In Situ Scanning Transmission Electron Microscopy of MoS2 during Lithiation”
- DOI:10.1021/acsnano.5c05218
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