ポイント
- たんぱく質は細胞内でポリペプチド鎖として合成され、伸びきった変性状態から、球状などの特定の3次元構造(天然構造)へと折り畳まるフォールディング過程を経て固有の機能を獲得します。過剰な金属イオンの蓄積による金属ストレスはたんぱく質のミスフォールディングを引き起こすため、神経変性疾患との関連が報告されています。本研究では、金属ストレス下でたんぱく質フォールディングを効率的に促進する人工分子cyclam-SS(サイクラム・エスエス)を開発しました。
- 細胞内のたんぱく質フォールディングは分子シャペロンや酵素によって制御されており、フォールディングを阻害する細胞ストレスが生じた際も、ストレスに応答して分子シャペロン・酵素が活性化されることで天然構造へのフォールディングが維持されます。この生体内のフォールディング機構から着想を得て、人工分子による「ストレス応答性フォールディング促進」を初めて実証しました。
- 金属イオン結合部位とフォールディング促進部位を連結することでcyclam-SSを設計しました。cyclam-SSは、金属ストレス下で(i)金属イオン捕捉によるたんぱく質ミスフォールディング抑制効果と(ii)反応性向上によるフォールディング促進効果を示す双機能性(bifunctional)分子であることを見いだしました。
- 金属ストレスの軽減には目的の金属イオンと強く結合して体外へ排出するキレート化合物が用いられますが、金属ストレス下でのたんぱく質の天然構造への誘導は困難でした。本研究で開発したcyclam-SSは、金属ストレスやそれに伴うたんぱく質ミスフォールディングに関連する疾患治療のための新たな技術基盤となります。
東京農工大学 大学院工学研究院の森 圭太 特任助教(JSPS-CPD)、同研究院 応用化学部門の村岡 貴博 教授、東北大学 学際科学フロンティア研究所の奥村 正樹 国際卓越准教授、倉持 円来さん(博士後期課程学生、JSPS-DC2)、徳島大学 先端酵素学研究所の齋尾 智英 教授、松﨑 元紀 助教、慶應義塾大学 理工学部の古川 良明 教授、橋口 佑喜さん(博士前期課程修了)、東海大学 理学部の荒井 堅太 准教授の研究グループは、金属ストレス下でたんぱく質の酸化的フォールディングを促進する人工分子cyclam-SSの開発に成功しました。金属イオンは生体機能に欠かせない一方で、過剰に蓄積するとたんぱく質のミスフォールディングを引き起こすストレス因子になります。cyclam-SSはストレスとなる金属イオンを捕捉し、自身を活性化することで効率的にたんぱく質フォールディングを促進することが分かりました。
多数のアミノ酸が連結した高分子であるたんぱく質は、高分子鎖が伸びきった状態(変性状態)から特定の3次元構造(天然構造)へと折り畳まれることで固有の機能を発現します。この過程を「フォールディング」と呼び、アミノ酸同士の相互作用や結合形成によって進行します。銅(Cu)イオンなどの金属イオンは生体内で重要な役割を果たす一方で、アミノ酸に対する結合形成や酸化還元反応を示すことが知られています。金属イオン代謝に異常を来した金属ストレス条件下ではたんぱく質のフォールディングが著しく阻害され、ミスフォールディングや凝集体形成につながります。金属ストレスによる構造異常たんぱく質の形成は、ウィルソン病などの金属代謝異常症やパーキンソン病などの神経変性疾患の一因と考えられています。したがって、金属ストレス下でのたんぱく質構造異常を抑制し、天然構造へのフォールディングを促進する技術の開発が求められています。
本研究では、システイン残基間でのジスルフィド(S-S)結合形成を伴って進行する酸化的たんぱく質フォールディングの促進材料として新規化合物cyclam-SSを開発しました。cyclam-SSはストレス因子となる金属イオンを安定に捕捉することでたんぱく質ミスフォールディングを抑制し、金属イオンとの結合によって自身の反応性を高めることで天然構造への酸化的フォールディングを効率的に促進することが分かりました。金属イオン捕捉とフォールディング促進の双機能性(bifunctional)を持つ分子材料を開発した本研究成果は、金属ストレス下でのたんぱく質フォールディング制御を可能にする新しいアプローチであり、金属ストレスに関連する疾患の予防・治療に向けた新規基盤技術と位置づけられます。
本研究成果は2025年6月30日(月)(現地時間)、「Angewandte Chemie」のオンライン版で公開されました。
本成果は、日本学術振興会 特別研究員奨励費(JP23KJ0851)、科学研究費助成事業 学術変革領域研究(B)「遅延制御超分子化学」(課題番号:JP21H05096、研究代表者:村岡 貴博、課題番号:JP21H05095、研究代表者:奥村 正樹、課題番号:JP21H05094、研究代表者:齋尾 智英)、国際共同研究加速基金(海外連携研究)(課題番号:JP23KK0105、研究代表者:奥村 正樹、研究分担者:村岡 貴博、松﨑 元紀)、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業(FOREST)(課題番号:JPMJFR2122、研究代表者:村岡 貴博、課題番号:JPMJFR201F、研究代表者:奥村 正樹、課題番号:JPMJFR204W、研究代表者:齋尾 智英)、同 戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR19S4、主たる共同研究者:村岡 貴博)、KISTEC(村岡 貴博)、キヤノン財団(村岡 貴博)、旭硝子財団(村岡 貴博)、G-7奨学財団(村岡 貴博)の支援を受けて得られました。
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(1.05MB)
<論文タイトル>
- “Metal-Responsive Up-regulation of Bifunctional Disulfides for Suppressing Protein Misfolding and Promoting Oxidative Folding”
- https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.202502187
<お問い合わせ先>
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<研究に関すること>
村岡 貴博 (ムラオカ タカヒロ)
東京農工大学 大学院工学研究院 応用化学部門 教授
〒184-8588 東京都小金井市中町2-24-16
Tel:042-388-7052
E-mail:muraokago.tuat.ac.jp
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<JST事業に関すること>
加藤 豪(カトウ ゴウ)
科学技術振興機構 創発的研究推進部
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-7276 Fax:03-6268-9413
E-mail:souhatsu-inquiryjst.go.jp
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<報道担当>
東京農工大学 総務課広報室
Tel:042-367-5930
E-mail:koho2cc.tuat.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:jstkohojst.go.jp