ポイント
- コレラ菌や緑膿菌を含む一部の病原性細菌と植物のオルガネラから、tRNAの新たなシチジン修飾、2-アミノバレラミジジン(ava2C)を発見しました。ava2C修飾は、tRNAへのアミノ酸付加と、mRNA上のコドン認識に必須であり、たんぱく質合成に欠かせない働きをしていることが分かりました。
- AUAコドンの認識に関わるシチジン修飾は他の生物種において2種類見つかっていますが、今回見つかったava2Cはそれらとは異なる修飾です。これは、生命活動の根幹を成す遺伝情報の読み取り方が生物ごとに微調整されていることを示す重要な発見です。
- 本成果は将来的に、病原菌の持つtRNA修飾を阻害することで増殖を抑えるような抗生物質の開発にも応用が期待できます。
東京大学 大学院工学系研究科の宮内 健常 特任研究員、秋山 奈穂 大学院生、鈴木 勉 教授らの研究グループと、Brigham and Women’s Hospitalの木村 聡 講師(研究当時、現:コーネル大学 准教授)、Matthew K. Waldor 教授の研究グループは、東京大学 大学院工学系研究科の岡本 晃充 教授、理化学研究所 生命機能科学研究センターの白水 美香子 チームリーダー、千葉大学 大学院園芸学研究院の相馬 亜希子 講師らと共同で、tRNAのアンチコドンから新規シチジン修飾である2-アミノバレラミジジン(ava2C)を発見し、クライオ電子顕微鏡を用いた構造解析により、リボソーム上でこの修飾がAUAコドンを解読する仕組みを明らかにしました。
tRNAはたんぱく質合成においてコドンを解読する重要な役割を担う短いRNA分子であり、多様な化学修飾が数多く施されることが知られています。特に、アンチコドン領域にはさまざまな修飾が見られ、tRNAがアミノ酸を受容するアミノアシル化や、リボソーム上において、mRNAのコドンを読み取る際に重要な役割を担うことで、正確で効率の良いたんぱく質合成を可能にしています。
大腸菌を代表とする多くの細菌において、AUAコドンをイソロイシン(Ile)に解読するtRNA(tRNAIle2)のアンチコドン1字目(34位)にシチジン(C)の修飾体であるライシジン(L)が見つかっています。Lは、tRNAIle2がIleを受容し、AUAコドンを認識するための必須の修飾であることが分かっています。Lの修飾酵素はほぼ全ての細菌に存在することから、Lは細菌に共通のtRNA修飾であると考えられてきました。一方で、アーキア(古細菌)ではtRNAIle2にアグマチジン(agm2C)と呼ばれる別のシチジン修飾が存在し、Lと同様の働きをしています。また、植物のオルガネラであるミトコンドリアと葉緑体のtRNAIle2も何らかのシチジン修飾を利用してAUAコドンをIleに解読すると推定されてきましたが、その化学構造は不明でした。
本研究では、ホウレンソウの葉緑体およびミトコンドリアから単離したtRNAIle2に含まれる塩基修飾をRNA質量分析法により調べ、アンチコドンの34位に新たな修飾体を発見しました。この修飾はシチジンに5-アミノバレラミドという化合物が結合した化学構造を持つことが分かり、2-アミノバレラミジジン(ava2C)と命名しました。ava2Cは、長い側鎖を持つ点でLに類似していますが、側鎖の末端は異なる化学構造を持っています。
他の生物についてもtRNAIle2の修飾を調べたところ、シロイヌナズナやタバコなどの高等植物、原始的な藻類である紅藻のほか、意外なことに緑膿菌やコレラ菌など一部の細菌にもava2Cが見つかりました。L同様、ava2CはtRNAIle2がIleを受容するために必要であり、さらにAUAコドンの解読に欠かせない修飾であることが分かりました。
さらに、ava2CがAUAコドンの読み取りにどのように関わるかを調べるために、クライオ電子顕微鏡によりコドン-アンチコドン相互作用の構造を可視化しました。その結果、AUAコドン3字目のアデニンとava2Cが1本の水素結合を介した特殊な配向で対合すること、ava2Cの側鎖がこの対合の安定化に寄与することが示されました。生物種により異なるtRNA修飾を用いてコドン解読が微調整されていることが示唆されました。
さまざまなtRNA修飾によってたんぱく質合成の精度や効率が制御されることが知られている一方、生物種ごとにどの修飾を用いてどのようにたんぱく質合成の精度や効率を制御しているかについては未解明な部分が多いのが現状です。本研究は未知のRNA修飾レパートリーによるたんぱく質合成制御機構の一端を明らかにした成果といえます。また、コレラ菌や緑膿菌などの病原性細菌がava2Cを持つことから、新しい抗生物質の開発など創薬のターゲットとしても期待できます。
本研究成果は、2024年9月19日(英国夏時間)に「Nature Chemical Biology」に公開されます。
本研究は、日本学術振興会 JSPSの基盤研究(S)「RNAエピジェネティックスと高次生命現象」(代表:鈴木 勉、26220205)、基盤研究(S「RNA修飾の変動と生命現象」(代表:鈴木 勉、18H05272)、特別研究員奨励費「原核生物におけるAUAコドン解読の分子基盤」(代表:秋山 奈穂、23KJ0409)、および科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ERATO「鈴木RNA修飾生命機能プロジェクト」(研究総括:鈴木 勉、JPMJER2002)などの支援を受けて実施されました。
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(878KB)
<論文タイトル>
- “A tRNA modification with aminovaleramide facilitates AUA decoding in protein synthesis”
- DOI:10.1038/s41589-024-01726-x
<お問い合わせ先>
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鈴木 勉(スズキ ツトム)
東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 教授
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