ポイント
- 新開発の原子分解能磁場フリー電子顕微鏡を用いて、従来観察が極めて困難であった鉄鋼粒界の原子直接観察に成功した。
- 観察結果と理論計算を組み合わせることで、粒界の原子配列は単純な周期を持たない非整合構造であることを明らかにした。
- 本成果は、粒界原子配列の常識を覆すとともに、鉄鋼材料の組織制御をさらに高度化することで高性能な鉄鋼材料の開発に資すると期待される。
東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構の関 岳人 助教、二塚 俊洋 大学院生、柴田 直哉 機構長・教授、幾原 雄一 教授らのグループは、日本製鉄株式会社の森重 宣郷 上席主幹研究員、松原 稜 氏と共同で、新開発の電子顕微鏡を用いてケイ素鋼の結晶粒界を原子レベルで直接観察し、その原子配列を解明することに初めて成功しました。
ケイ素鋼は電磁鋼板として用いられる鉄鋼材料であり、変圧器やモーター・発電機の鉄心に利用されています。またケイ素鋼は、より高効率な電気エネルギーの利用において極めて重要なエネルギー変換材料であると考えられています。鉄の結晶には磁化しやすい磁化容易軸が存在するため、鉄鋼材料を鉄心として使用する際に磁界のかかる方向に磁化容易軸をそろえた結晶粒とすることで、高いエネルギー効率を有する鉄心を製造することができます。結晶方位をそろえた材料組織を作り込むためには、結晶粒界の制御が極めて重要と考えられていますが、その原子配列はこれまで未解明でした。セラミックスなどの結晶粒界における原子配列は最先端の走査透過電子顕微鏡法(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)により直接観察することが可能ですが、電子線のレンズとして磁界レンズを用いるために、鉄鋼材料のような磁性材料の観察は極めて困難であり、これまでに直接観察された例はありませんでした。
今回、新開発の原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARS:Magnetic-field-free Atomic-Resolution STEM)を用いることで、ケイ素鋼の粒界原子配列観察に成功しました。また、理論計算を組み合わせることで、観察された結晶粒界は単純な周期を持たない非整合と呼ばれる特異な原子配列であることが明らかになりました。このような特異な原子配列の出現により、結晶粒界のエネルギーを大きく安定化させることが示唆されます。本研究成果は、結晶粒界は周期的な原子配列を持つという従来の常識を覆すとともに、鉄鋼材料における精緻な組織制御への原理的な理解を深め、より高度な制御に資するものと考えられます。
本研究成果は、2023年12月5日(英国時間)に英科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業「さきがけ(課題番号:JPMJPR21AA)」、「ERATO(課題番号:JPMJER2202)」、「先端計測分析技術・機器開発プログラム(課題番号:JPMJSN14A1)」、日本学術振興会 科学研究費補助金「若手研究(課題番号:20K15014)」、「基盤研究(S)(課題番号:20H05659)」、「基盤研究(A)(課題番号:20H00301)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:19H05788)」、「特別推進研究(課題番号:17H06094)」、「特別研究員奨励費(課題番号:JP22J15213)」、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ事業」、風戸研究奨励会の支援により実施されました。
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(810KB)
<論文タイトル>
- “Incommensurate grain-boundary atomic structure”
- DOI:10.1038/s41467-023-43536-0
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