東京大学,科学技術振興機構(JST)

令和5年1月19日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

室温で駆動する新しい量子トンネル磁気抵抗効果の発見

~ピコ秒帯域で駆動する超高速・高密度・低消費電力メモリーの開発へ大きな一歩~

ポイント

東京大学 大学院理学系研究科、物性研究所、および先端科学技術研究センターの研究グループは、反強磁性体MnSnが磁化を持たないにも関わらず室温で量子トンネル磁気抵抗効果を示すことを世界に先駆けて発見しました。

MnSnは磁化を持たないにも関わらず巨大な異常ホール効果を示すことが知られていました。今回の、電気的な出力を飛躍的に増大させることのできる量子トンネル磁気抵抗効果の発見は、これまで不可能と思われていたテラヘルツ帯の動作速度で駆動する超高速・高密度・低消費電力メモリーの実現に向けた大きな一歩です。本発見は今後大きく注目される量子技術であり、アカデミックなインパクトのみならず、産業界においても大きな波及効果をもたらすことが期待されます。

近年の情報技術、AI、IoTの発展により、データトラフィックは指数関数的に上昇し、データ処理・伝送に必要な消費電力の削減が大きな課題になっています。また今後のクラウドやエッジコンピューティングを用いた自動運転や遠隔医療、工場の自動操業などのサービスの実現には大量のデータを高速で処理する必要があります。そのため、現状のシリコン半導体技術の性能を超える高速、かつ、低消費電力な情報処理技術の開発が求められています。このような状況の中、待機時に電力を必要としない不揮発性メモリーとして、現在、商業化が進んでいるものに磁気抵抗メモリー(Magnetoresistive Random Access Memory:MRAM)があります。

MRAMは不揮発性による低消費電力のみならず、繰り返し耐性が非常に高いことからもDynamical RAM(DRAM)に取って代わる次世代のメモリーとして注目されています。しかし、MRAMの動作周波数は100メガヘルツから1ギガヘルツ程度であり、Static RAM(SRAM)の置き換えにはスピードが足りません。そこで今後の情報処理と伝送のさらなる高速化を見据えて、(i)SRAMよりも高速な1テラヘルツ程度での動作が可能であり、さらに(ii)複雑な構造のSRAMよりも大幅に微細化可能なMRAMの開発が望まれていました。

テラヘルツ動作特性を持つ磁性体としては反強磁性体が知られています。従って、MRAMに使われている強磁性体を反強磁性体に置き換えることにより高速化が可能となります。また、反強磁性体は磁化が無視できるほど小さいため、素子化した際に磁性層間の漏れ磁場の影響を受けない性質があります。従って、大幅な微細化も期待できます。

一方で、反強磁性体が持つ、磁化がないあるいはごく小さいことによる利点は、反強磁性体への情報の書き込みおよび読み出しが困難であるという課題にもなります。反強磁性体への書き込みについては、本研究グループにより強磁性体の場合と同様のスピン軌道トルクという手法を用いた新規書き込み方法が見いだされています(2020年および2022年にNature誌発表)。読み出しについてはMRAMで必須の量子トンネル磁気抵抗効果の利用が望ましいとされますが、この効果は磁化を持つ強磁性体でのみで観測されるため反強磁性体では現れないと考えられてきました。

本研究グループは、特異な磁気構造とトポロジカルな性質を持つ反強磁性体MnSnを用いて、世界で初めて反強磁性体において量子トンネル磁気抵抗効果の観測に成功しました。今回観測された磁気抵抗の変化は1~2パーセントです。さらに、理論的には現在強磁性体で見られる値と同程度まで増強可能であることも明らかにしました。今後、テラヘルツ帯域で駆動する超高速MRAMの開発が期待されます。

本研究成果は、英国の科学誌「Nature」において、2023年1月18日付けオンライン版で公開される予定です。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 未来社会創造事業 大規模プロジェクト型(JST-MIRAI)「トリリオンセンサ時代の超高度情報処理を実現する革新的デバイス技術」研究領域(運営統括:大石 善啓)における研究課題「スピントロニクス光電インターフェースの基盤技術の創成」課題番号 JPMJMI20A1(研究代表者:中辻 知)、戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(JST-CREST)「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田 正仁)における研究課題「電子構造のトポロジーを利用した機能性磁性材料の開発とデバイス創成」課題番号 JPMJCR18T3(研究代表者:中辻 知)などの一環として行われました。

<プレスリリース資料>

<論文タイトル>

“Octupole-driven magnetoresistance in an antiferromagnetic tunnel junction”
DOI:10.1038/s41586-022-05463-w

<お問い合わせ先>

(英文)“Approaching the terahertz regime”

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