大阪大学,科学技術振興機構(JST)

令和4年3月11日

大阪大学
科学技術振興機構(JST)

イン・シリコ患者固有モデルでがんの予後と薬剤応答を予測

~細胞シミュレーションによる疾患分類法の開発~

ポイント

大阪大学 蛋白質研究所 細胞システム研究室 岡田 眞里子 教授らの研究グループは、同大学 大学院理学研究科の大学院生 井元 宏明さん(博士後期課程)と山城 紗和さん(博士前期課程)を中心に、イン・シリコの患者固有モデル(patient-specific model)の構築手法を開発・公開し、臨床の遺伝子発現データからトリプルネガティブ乳がんにおける個々の患者の予後と応答薬剤の予測に成功しました。

これまでがん治療においては、がんの大きさ、浸潤の程度、ある特定の疾患遺伝子マーカーの有無などの指標に基づき治療法が選択されてきました。しかし、これまでの分類法では患者の予後に大きな違いが生じることから、個々の患者の多様な遺伝子情報に基づいた新たな分類法の開発が急務となっています。そこで、本研究では、がんの層別化(たくさんのがんのデータを遺伝子の特徴や薬剤応答によってグループ分けすること)や個別化医療を目標とした患者固有モデルの構築を目指しました。

そのために、臨床の公共データベースから取得したがん細胞株およびがん患者のRNAシーケンス(網羅的な遺伝子発現)データと細胞シミュレーションを組み合わせ、計算により得られたイン・シリコの分子活性の動態から各患者の予後と治療標的を予測する計算手法を開発しました。この方法を用いると、少数の細胞株の実験データを数理モデルに学習させるだけで、多数のがん患者検体由来のRNAシーケンスデータのみを入力することで、各患者の予後と、患者ごとに適した薬剤の探索が患者固有シミュレーションのみから予測できるようになるため、実験研究を減らして創薬探索研究のデジタル化を手助けすることができます。

さらに、本研究では、細胞シミュレーションの利便性を高めるため、多くのがんで重要な働きを担う膜受容体シグナル伝達系のネットワークを例として、分子間の結合解離・酵素反応・分子局在・分解などの生化学反応の文献情報(テキスト)を連立常微分方程式モデルへと変換する新たな計算手法「Text2Model」を構築しました。また、本解析では、感度解析という手法により、予後の悪いトリプルネガティブの患者群において、EGFR阻害剤への感受性が低いことを予測し、それを細胞実験データにより検証しました。

このような数理モデルを用いた細胞シミュレーション技術は、疾患メカニズムの同定や定量的解析において優れており、ビッグデータに基づく分類に優れた人工知能(AI)と相補的に創薬研究に用いられることが期待されています。本研究における患者固有モデリング基盤「Pasmopy(Patient-Specific Modeling in Python)」は、モデルの構築と個別化に必要な機能を集積し、オープンソースのソフトウェアとして公開されています(https://github.com/pasmopy/pasmopy)。

本研究成果は、国際科学誌「iScience」に、2022年3月11日(金)(日本時間)に公開されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 未来社会創造事業 探索加速型「共通基盤」領域の研究開発課題「創薬を加速する細胞モデリング基盤の構築(研究開発代表者:岡田 眞里子)」(JPMJMI19G7)、CREST バイオDX領域の研究開発課題「自然言語処理とシミュレーションによる細胞制御探索法の構築(研究代表者:岡田 眞里子)」(JPMJCR21N3)、および日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(A)「疾病機序理解のための遺伝子ネットワーク数理モデル基盤の構築」などの支援を得て行われました。

<プレスリリース資料>

<論文タイトル>

“A text-based computational framework for patient-specific modeling for classification of cancers”
DOI:10.1016/j.isci.2022.103944

<お問い合わせ先>

前に戻る