東京大学,東京工業大学,理化学研究所,科学技術振興機構(JST)

令和2年3月4日

東京大学
東京工業大学
理化学研究所
科学技術振興機構(JST)

キラル結晶の右手系・左手系で反転する放射状スピン構造を発見

ポイント

東京大学 大学院工学系研究科の坂野 昌人 助教、理化学研究所 創発物性科学研究センターの平山 元昭 研究員、東京工業大学 科学技術創成研究院の笹川 崇男 准教授、東京大学 物性研究所の近藤 猛 准教授らの研究グループは、東京工業大学 理学院の村上 修一 教授、産業技術総合研究所の三宅 隆 研究チーム長、広島大学 放射光科学研究センターの奥田 太一 教授らの研究グループ、高エネルギー加速器研究機構の組頭 広志 教授らの研究グループ、東京大学 大学院工学系研究科の岩佐 義宏 教授らおよび石坂 香子 教授らの研究グループと共同で、キラルな結晶構造注1)に由来して発現する固体内スピンの特性を、テルル単体を用いた実験から明らかにしました。

キラルな結晶構造を持ち、かつ強いスピン軌道相互作用を伴う物質では、電子の磁石としての性質であるスピンに由来した磁気的性質が、非磁性材料にもかかわらず発現し得ることが、20世紀の半ばから知られていました。ところが、その物性をつかさどるスピン偏極した電子構造の直接的な観察は、これまで成功していませんでした。本研究では、最も単純なキラル結晶構造を有し、かつ強いスピン軌道相互作用を併せ持つテルル単体(図1)に着目し、スピン分解・角度分解光電子分光注2)実験を行いました。その結果、キラルな結晶構造を持つ物質に対して初めて、スピン偏極した電子構造の観察に成功しました。さらに、キラルな結晶の特徴として、スピン構造が放射状となること、また、それらのスピンの向きが「右手系結晶」と「左手系結晶」で反転することを実験的に示しました。今回の結果は、強いスピン軌道相互作用を有するキラルな結晶が、有望なスピントロニクス注3)材料であることを示しており、今後、電子・スピン変換デバイスの研究開発への進展が期待されます。

本研究成果は、米国物理学会学術誌「Physical Review Letters」に米国東部時間2020年3月10日に掲載予定で、特に重要な論文としてEditors' Suggestionに選出されました。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「トポロジカル量子計算の基盤技術構築」(No.JPMJCR16F2)、「カルコゲン化合物・超格子のトポロジカル相転移を利用した二次元マルチフェロイック機能デバイスの創製」(No.JPMJCR14F1)の支援を受けて行われました。

<研究の背景>

自然界には、右手と左手、あるいは右ネジと左ネジのように、鏡に映した姿がもとの姿と重ならないものがあり、これらの性質をキラルであるといいます。2つの非等価なキラルな結晶、いわゆる右手系と左手系の結晶は、自然界において、生物学的、化学的、物理的にそれぞれ異なる反応を示します。また、キラルな結晶構造の内部では、電気と磁気がお互いに関係し合うことが知られています。一方、固体内電子の電気的・磁気的関係を結びつけるためには、スピン軌道相互作用注4)が必要であり、原子番号の大きな重い元素を持つ化合物で特にその作用が強くなります。

キラルな結晶構造を持ち、かつ強いスピン軌道相互作用を併せ持つ物質は、非磁性であっても、スピン流などの磁気的性質を引き出し得ることから、スピントロニクス分野で特に注目されています。しかしながら、その特異な電気磁気特性の起源となるスピン偏極した電子構造を直接的に観測した例がこれまでになく、キラル結晶内の電子とスピンの結合状態は未解明でした。

<研究内容と成果>

本研究では、キラルな結晶構造を有するテルル単体を研究対象とし、スピン分解・角度分解光電子分光を用いて、スピン構造の直接観測を行いました。重元素であるテルル原子は強いスピン軌道相互作用を有しているため、電子とスピンが強く結合した状態が期待されます。本研究では、熱濃硫酸で表面処理した際にできる腐食孔の形によって右手系結晶と左手系結晶を判別し、それぞれの試料に対して、詳細な電子構造およびそれに付随するスピン偏極構造を観察しました。

まず、左手系結晶に対してスピン分解・角度分解光電子分光実験を行い、スピン構造を調べました(図2)。その結果、電子のz方向の運動量が、z方向のスピンのみと結合していることが分かりました。通常、スピン軌道相互作用は、電子の運動量と垂直な向きにスピンを結合させたがる性質があります。しかし、今回の結果は、それに反して、運動量と平行方向にスピンが結合していることを示しています。つまり、スピンが運動量空間において放射状に広がる特異な振る舞いを同定したことになります。さらに、右手系結晶の測定も行うことで、左手系結晶とはスピン構造が反対向きになることを見いだしました。スピン構造に見られるこれらの特異性は、キラルな結晶構造に特有の電子状態に由来するものであるといえ、第一原理電子構造計算注5)によって再現されることを確認しています(図3)。

<今後の展望>

今回、最も単純なキラル結晶であるテルル単体において、キラルな結晶構造特有のスピン状態を実験的に解明しました。本結果を起点として、さまざまなキラル結晶におけるスピン状態の解明が進むものと考えられます。また、スピンが電子の運動量と平行に向き放射状となる特異なスピン構造からは、非従来型のスピントロニクス機能が創発できる可能性があるため、キラル構造を有する物質をデバイス応用させる発展研究が今後期待されます。

<参考図>

<用語解説>

注1)キラルな結晶構造
右手と左手の関係のように、一方を鏡映しにしたときには他方と重なるが、平行移動では互いに重ならない2つの非等価な結晶構造を持つもの。
注2)スピン分解・角度分解光電子分光
物質に光を照射すると、電子(光電子)が試料から真空中へ放出されます。その光電子の運動エネルギー、および脱出角度を調べることによって、物質中の電子のエネルギーと運動量を直接観測できる実験手法です。さらに、スピン検出器を用いて光電子のスピンを測定することにより、物質中の電子スピンの向きを調べることもできます。物質中の電子が有する運動量、エネルギーおよびスピンが分かると、スピン状態までを含めた電子構造を完全に理解することができます。
注3)スピントロニクス
電子の電荷を基にした現代社会を支えるエレクトロニクスを超えて、電荷だけでなく磁石的性質であるスピンをも利用して応用する分野のことです。
注4)スピン軌道相互作用
電子自身が持つ磁石的性質(スピン角運動量)とスピンと電子の軌道によって発生する時期的性質(軌道角運動量)との相互作用のことです。
注5)第一原理電子構造計算
量子力学の基礎的な方程式を用いて、物質を構成する原子の種類と位置の情報から電子構造を計算する手法です。結晶構造さえ決まれば非経験的に電子構造を得ることができるため、性質の不明な新物質に対しても威力を発揮します。

<論文タイトル>

“Radial spin texture in elemental tellurium with chiral crystal structure”
DOI:10.1103/PhysRevLett.124.136404

<お問い合わせ先>

(英文)“Radial Spin Texture in Elemental Tellurium with Chiral Crystal Structure”

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