科学技術振興機構(JST),大陽日酸株式会社,東京農工大学

令和元年11月14日

東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)
東北大学 金属材料研究所
科学技術振興機構(JST)
東京大学

室温でも音波とスピン流は共鳴する

~スピンを利用した環境発電素子の性能向上に期待~

ポイント

東北大学 材料科学高等研究所のRafael Ramos(ラファエル・ラモス) 助教と橋本 祐介 助教、東北大学 金属材料研究所の日置 友智 氏(大学院博士課程、日本学術振興会 特別研究員)、東北大学 材料科学高等研究所、金属材料研究所の吉川 貴史 助教と東京大学 大学院工学系研究科の齊藤 英治 教授(東北大学 材料科学高等研究所、金属材料研究所兼任)らは、LuBiFeGaO12からなる薄膜を作製し、この試料において、室温かつ低磁場な環境においても音波(フォノン注1))がスピン流注2)を増幅することを明らかにしました。

本成果は2019年11月14日(日本時間)に「Nature Communications」オンライン版で公開されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO) 齊藤スピン量子整流プロジェクトの一環で行われました。

<研究の背景>

スピン流とは、電子の磁気的性質である「スピン」の流れのことで、電子の電荷の流れである電流と対比されます。熱流から電流を生み出す熱電変換(ゼーベック効果)と同様に、そのスピン流版であるスピンゼーベック効果注3)を通じた熱電変換現象は、排熱を利用した環境発電への利用を目指して研究が進められています。

スピンゼーベック効果から熱電変換を実現する素子は、金属と磁性体からなる薄膜という単純な構造であり、低コストで汎用な熱電変換素子になりうるとして期待されています。

このスピンゼーベック効果による熱電変換効率の増大に向けてはさまざまな観点から研究が行われていますが、その中で、物質中の音波(フォノン)がスピン流の担い手であるマグノン注4)と共鳴することで、スピンゼーベック効果を増大させる混成効果が近年報告されました。これは物質中の音波とスピン波が同じ波長(振動数)で伝搬する時に、スピン流の伝搬距離が伸びるために生じる現象であると考えられています。しかし、この共鳴現象を起こすには日常生活では不可能な低温かつ高磁場が必要であることが、この現象を素子性能の向上に利用するための課題となっていました。

物質中のフォノンを利用したスピンゼーベック効果の増大現象を室温・低磁場で実現するためには、フォノンとマグノンが共鳴する条件を低磁場にシフトさせ、かつ、混成効果を大きくすることが必要ですが、どのような条件であればこれが実現できるでしょうか。

<研究の内容・成果>

従来、スピン流を担う素子としては磁性絶縁体である、イットリウム鉄ガーネット(YIG)の薄膜が使われてきましたが、今回LuBiFeGaO12(BiGa:LuIG)という物質に着目しました。

BiGa:LuIGはYIGと同じガーネットフェライト(磁性材料)と呼ばれるフェリ磁性体です。フェリ磁性体は磁性を担う複数の磁気モーメントが異なる大きさで互い違いに整列することで磁性を発現しています。YIGでは磁性を担う鉄原子が結晶格子中の4面体の各頂点(dサイト)と8面体の各頂点(aサイト)に配置し、4面体と8面体とで磁気モーメントの向きが異なります。BiGa:LuIGはこの鉄原子がガリウム原子に置換された材料であり、この置換によって室温において材料全体の磁気モーメントが小さくなる磁気補償と呼ばれる状態に近づいています(図1)。この磁気補償に近い状況を作ることで、マグノンの伝搬とフォノンの伝搬が似た振る舞いとなる共鳴条件が従来のYIGに比べて低磁場にシフトすることを見いだしました。

実験ではBiGa:LuIG薄膜を作製し、スピンゼーベック効果によって生じた起電力を測定しました(図2)。その結果、300ケルビン(27度程度)かつ、0.42テスラという比較的低い磁場という条件下において、マグノンとフォノンの周波数と波長が同じ場合、発電量が最大となるピークが現れました(図3)。これは今まで同条件下において観測されていたYIG薄膜の増幅率が1.27パーセントであったのに対し、BiGa:LuIG薄膜は10.21パーセントとおよそ700パーセントもスピン波を増幅させることが分かりました。

今回の結果を考察したところ、BiGa:LuIGではYIGの鉄サイトを他原子で置換したことでマグノンの伝搬距離が短くなっていることが分かりました。通常であれば、フォノンとマグノンの混成による伝搬距離も短くなってしまうのではないかと考えられます。しかし今回の実験で、マグノンの伝搬距離が短くなることでフォノンとの混成効果を高め、マグノンの伝搬距離を実効的に伸ばす上で有利に働き、これがフォノンとの混成を利用したスピンゼーベック効果の増大が室温でも顕著に現れる理由であることが分かりました。

<今後の展望>

今回、室温で、弱い磁場環境であっても、フォノンによってスピン流が増幅されることが分かりました。これは、スピンゼーベック効果の熱電変換の向上にフォノンが実用できる可能性を示唆し、この現象が、次世代のスピントロニクスデバイスに活用できる道が開かれたといえます。

<参考図>

<用語解説>

注1)フォノン
結晶内部の音波を量子力学的に扱い、粒子として表現したもの。
注2)スピン流
電子が持つ磁気的性質であるスピン(核運動量)の流れ。
注3)スピンゼーベック効果
温度差をつけた磁性体において、温度勾配と並行して電子が持つ磁気的性質であるスピンの流れ(スピン流)が生じる現象のこと。
注4)マグノン
磁性体内部で整列したスピンの揺らぎ(スピン波)を量子力学的に扱い、粒子として表したもの。

<論文タイトル>

“Room temperature and low-field resonant enhancement of spin Seebeck effect in partially compensated magnets”
著者名:R. Ramos, T. Hioki, Y. Hashimoto, T. Kikkawa, P. Frey, A. J. E. Kreil, V. I. Vasyuchka, A. A. Serga, B. Hillebrands, and E. Saitoh
DOI:10.1038/s41467-019-13121-5

<関連サイト>

<お問い合わせ先>

(英文)“Room temperature and low-field resonant enhancement of spin Seebeck effect in partially compensated magnets”

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