東京大学,東京理科大学,科学技術振興機構(JST)

令和元年10月31日

東京大学
東京理科大学
科学技術振興機構(JST)

強相関一次元物質における励起子分子の発見

~離れた電子間のクーロン相互作用の重要性が明らかに~

ポイント

モット絶縁体注1)にピコ秒以下の時間幅を持つ光パルスやテラヘルツ波パルス注2)を照射すると、超高速の金属化や光スイッチング現象注3)が観測されます。これらの現象の起源となる励起状態では、モット絶縁体に本質的な電子間の短距離のクーロン相互作用だけでなく、長距離のクーロン相互作用が重要な役割を果たしていると予想されます。しかし、これまでの実験では、長距離のクーロン相互作用に関する情報は得られていませんでした。

東京大学 大学院新領域創成科学研究科の宮本 辰也 助教、岡本 博 教授(兼 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 有機デバイス分光チーム ラボチーム長)、東京理科大学 理学部第一部 応用物理学科の遠山 貴巳 教授らの研究グループは、典型的な一次元モット絶縁体である有機分子性物質ET-FTCNQ(bis(ethylenedithio)tetrathiafulvalene-difluorotetracyano-quinodimethane)にポンプ-プローブ分光法注4)を適用し、励起子注5)から励起子分子注6)への遷移を観測することにより、励起子分子が安定に存在することを明らかにしました。また、理論解析によって、この遷移を再現するとともに、4分子にわたってクーロン相互作用が有効に働いていることを実証しました。この知見は、さまざまなモット絶縁体の光誘起相転移やスイッチング現象の解明につながることが期待されます。

本研究成果は2019年10月31日付けで、英国科学誌「Communications Physics」にオンライン掲載される予定です。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」(研究総括:雨宮 慶幸 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 特任教授)における研究課題「強相関系における光・電場応答の時分割計測と非摂動型解析」(課題番号JPMJCR1661、研究代表者:岡本 博 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授、研究期間:平成28~令和3年度)、および日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:JP18H01166)の一環で実施されました。

<研究の背景>

電子間に強いクーロン反発が働く物質群は強相関電子系と呼ばれており、遷移金属酸化物やある種の有機分子性物質がそれに含まれます。これらの強相関電子系に光パルスやテラヘルツ波パルスを照射すると、高速に絶縁体を金属に変えたり、磁性の無い物質を磁石に変えたりすることができます。このような現象は、学術的には、平衡状態にない電子系やスピン系のダイナミクスを扱う非平衡量子物理と呼ばれる新しい学問分野の中心的課題として注目されています。強相関電子系の非平衡量子物理において、モット絶縁体の光励起後のダイナミクスは最も基本的かつ重要な問題です。このモット絶縁体は、電子が互いに近い距離にある時、大きなクーロン反発が働くために、電子が物質中を動き難くなって絶縁体となった状態です。一方、モット絶縁体に光パルスを照射した時の励起状態の性質には、電子が離れている時のクーロン反発の効果が重要であると予想されています。しかし、現実の物質で、電子間に働くこの長距離のクーロン反発がどの程度まで励起状態の性質や非平衡現象に支配的な役割を果たしているかは未解明でした。

<研究内容>

本研究では、強相関電子系の光励起状態における電子間に働く長距離のクーロン反発の役割を明らかにするために、一次元的な電子構造を持つモット絶縁体の励起子と励起子分子に注目しました。対象とした物質は、典型的な一次元モット絶縁体であるET-FTCNQと呼ばれる有機分子性物質(図1)です。本研究では、まず、この系にテラヘルツ波パルスを照射することによる反射スペクトルの変化を測定し、それから求められる吸収スペクトルの変化を解析することによって、励起子が安定に存在すること、励起子を構成するダブロンとホロンの束縛エネルギーが約160meVであることを示しました。次に、励起子を近赤外の光パルスで生成した後の反射スペクトルの変化を調べ、励起子による吸収の約60meV低エネルギー側に、励起子から励起子分子への遷移と考えられる吸収が現れることを見いだしました(図2(a))。2つの吸収の差である約60meVは、励起子分子における励起子間の引力に対応します(図2(c))。この値は励起子の束縛エネルギーの約3分の1ですが、このことは、電子が各分子に局在していると仮定した簡単なモデルによる予測と合致します。より厳密な理論解析によって、この吸収が最近接から第三隣接まで4分子にわたる電子間クーロン相互作用を考慮することによって再現できることが分かりました(図2(b))。この結果は、観測された吸収が励起子-励起子分子遷移によるものであること、また、長距離クーロン相互作用がモット絶縁体の光励起状態において重要な役割を果たしていることを明確に示すものです。

<社会的意義・今後の予定>

一次元モット絶縁体においては、これまでに、可視光パルスの励起による超高速絶縁体-金属転移やテラヘルツ波パルスを用いた近赤外領域の超高速光スイッチングなど、興味深い光・電場誘起現象が見いだされてきました。今後は、本研究で明らかになった励起子効果やキャリア間に働く長距離クーロン相互作用の効果を取り入れて、これらの光スイッチングや相転移現象をより正確に理解するとともに、それらの知見を強相関電子系における非平衡現象の解明に生かしていきたいと考えています。

<参考図>

<用語解説>

注1)モット絶縁体
固体において、価電子帯が半分または部分的にしか満たされていない場合、通常のバンド理論では金属状態となる。しかし、電子間に強いクーロン相互作用が働く場合は、電子は互いを避け合って各サイトに局在して絶縁体となる。この時、元のバンドは上部ハバードバンドと下部ハバードバンドに分裂し、エネルギーギャップが生じる。このような絶縁体を、モット絶縁体と呼ぶ。
注2)テラヘルツ波パルス
約1テラヘルツ(1THz=1012Hz)の周波数、および、約1ピコ秒(=10-12秒)の時間幅を持つほぼ単一サイクルの電磁波パルスのことをテラヘルツ波パルスと呼ぶ。このパルスを使うと、固体に約1ピコ秒の間だけ強い電場を印加することができる。
注3)光スイッチング現象
ある光(制御光)によって別の光(信号光)の強度が大きく変化する現象。制御光と信号光の両者に時間幅が短いレーザーパルスを使えば、高速かつ高繰り返しで光スイッチング動作が実現できる可能性がある。
注4)ポンプ-プローブ分光法
ある物質にポンプ光(強い光)を照射した場合に生じる電子状態の変化を、プローブ光(弱い光)に関する光学定数(反射率や透過率)の変化で検出することにより調べる手法。プローブ光の光子エネルギーを変化させることによって、光学スペクトルの変化の時間依存性を測定することができる。ポンプ光とプローブ光にはいずれもパルス光を用いる。本研究ではポンプ光としてテラヘルツ波パルスと近赤外域の光パルスを、プローブ光として可視から中赤外域の光パルスを用いている。
注5)励起子
電子とホールが、クーロン引力によって束縛された状態。本研究で対象とする有機分子性物質は、各サイト(分子)に1つの電子が存在しているモット絶縁体である。この場合、1つのサイト(分子)に2つの電子が存在する状態は負電荷を、電子が存在しない状態は正電荷を持ち、負電荷をダブロン、正電荷をホロンと呼ぶ。光励起すると、これらが対となって生成されるが、それらがクーロン引力で束縛されることにより励起子を形成する。
注6)励起子分子
2つの励起子がクーロン引力によって束縛された状態。

<論文タイトル>

“Biexciton in one-dimensional Mott insulators”
著者名:T. Miyamoto, T. Kakizaki, T. Terashige, D. Hata, H. Yamakawa, T. Morimoto, N. Takamura, H. Yada, Y. Takahashi, T. Hasegawa, H. Matsuzaki, T. Tohyama, and H. Okamoto
DOI:10.1038/s42005-019-0223-8

<お問い合わせ先>

(英文)“Biexciton in one-dimensional Mott insulators”

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