大阪大学,科学技術振興機構(JST)

令和元年9月25日

大阪大学
科学技術振興機構(JST)

輸入に頼っていた高価な重水素を安価な原料から製造

~触媒により重水素DとHDを選択的に合成できる新技術~

ポイント

大阪大学 大学院工学研究科の森 浩亮 准教授、山下 弘巳 教授らの研究グループは、独自に開発した触媒を用いて、安価なギ酸(HCOOH)注1)重水(DO)注2)を原料とし、高価な重水素(DおよびHD)を選択的に作り分けて製造することに成功しました。

重水素は水素(H)の同位体化合物注3)であり、化学・生物学の実験研究用試薬や、半導体、光ファイバーなどの製造工程でも使用される特殊ガスです。現状、エネルギー多消費型のプロセスで合成されているため非常に高価で、また、日本ではそのほとんどを海外からの輸入に頼っているため、触媒技術を用いた簡便な合成法が望まれていました。

ギ酸(HCOOH)は安価で安全な液体であり、かつ水素貯蔵密度が高いことから、次世代のエネルギーキャリアとして近年注目されています。これまで当研究グループでは、塩基性シリカにPdAg(パラジウム-銀)合金ナノ粒子を担持した触媒注4)が、ギ酸を分解して水素を製造する優れた金属触媒となることを世界に先駆け報告してきました。今回、この触媒を重水(DO)中でのギ酸分解に用いると、高価な重水素が高効率で生成することを発見しました。さらに興味深いことに、表面の塩基性を変えるだけで、重水素を選択的に作り分けることに成功し、選択性はそれぞれ最大87%(D)、および80%(HD)に達しました(図1)。

森准教授らの開発した触媒は、調製が極めて簡便である、安定性が高く分離・回収の容易な固体触媒である、塩基性を制御することで目的の重水素を任意に得られる、など実用化に不可欠な基盤要素を兼ね備えています。これにより、今後の世界的な需要拡大が予想される重水素の製造に対応できる低コスト製造法として期待されます。また、今回発見した触媒反応は、特定の条件では量子トンネル効果注5)に支配されていることを、速度論的な解析および理論計算を用いて証明しており学術的な意義も極めて高いものです。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、9月25日(水)午後6時(日本時間)に公開されます。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」(研究総括:江口 浩一 京都大学 大学院工学研究科 教授)の研究課題「ギ酸からの高効率水素発生を駆動する多機能集積型金属触媒の開発」(研究者:森 浩亮 大阪大学 大学院工学研究科 准教授)の支援で実施されました。

<研究の背景>

水素(H)は次世代のエネルギー資源として期待されています。その同位体化合物である重水素(DおよびHD)は、化学・生物学の実験研究用試薬として、また、半導体、光ファイバーなどの製造工程でも使用される高価な特殊ガスです。現状DはDOの電気分解により、HDはHとDの接触同位体交換法(理論最大収率50%)によりそれぞれ合成されていますが、いずれもエネルギー多消費型のプロセスのため、市販品は極めて高価です。また、日本ではそのほとんどを海外からの輸入に頼っているため、触媒技術を用いた簡便な合成法が望まれていました。

<研究の内容>

ギ酸(HCOOH)は安価で安全(非可燃性、非爆発性、毒性が低い)な液体であり、かつ水素貯蔵密度が高いことから、次世代のエネルギーキャリアとして近年非常に注目されています。これまで当研究グループでは、塩基性シリカに数ナノメートルの大きさの微細なPdAg(パラジウム-銀)合金ナノ粒子を担持した触媒が、図4式(1)に従いギ酸を分解して水素を製造する優れた金属触媒となることを世界に先駆け報告してきました(図2図3)。今回、この触媒を重水(DO)中でのギ酸分解に用いると、図4式(2)に従い、高価な重水素(D)が高効率で生成することを発見しました。さらに興味深いことに、表面の塩基性を変えるだけで、重水素(HD)を任意に作り分けることに成功しました(図4式(3))。特に、弱塩基性フェニルアミン基を修飾した触媒では、Dが87%の選択性が得られ、強塩基性トリエチルアミン基で修飾した触媒はHDの選択性が80%に達します。本研究成功の鍵は、固体(触媒)表面上でのH-D交換反応を塩基性の違いを利用して制御できた点にあります。

<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)>

今回開発した触媒は、調製が極めて簡便である、安定性が高く分離・回収の容易な固体触媒である、塩基性を制御することで目的の重水素を任意に得られる、など実用化に不可欠な基盤要素を兼ね備えています。これにより、今後の世界的な需要拡大が予想される重水素の製造に対応できる低コスト製造法として期待されます。また、今回発見した触媒反応は、特定の条件では量子トンネル効果に支配されていることを、速度論的な解析および理論計算を用いて証明しており学術的な意義も極めて高いものです。

<研究者のコメント>

高価な重水素の作り分けにおける触媒の開発は未開拓領域ですが、本研究で開発した新規触媒は実用化に不可欠な要素を含んでいるため、産業界における今後の発展の基盤技術に成り得ます。一方でその発現機構の完全解明と、量子トンネル効果の関与という学術的にも重要な知見を得るに至っています。したがって、産学の両研究者に興味を持っていただければ幸いです。

<参考図>

<用語解説>

注1)ギ酸(HCOOH)
HCOOHからなる化学式で無毒、爆発性のない液体である。工業的には酢酸生産時の副生成物として産され安価である。最近ではCOとHから合成する技術も開発され、水素を効率よく貯蔵・輸送できる物質「再生可能な水素キャリア」として注目されている。
注2)重水(DO)
水素の同位体である重水素(H Deuterium)2つと質量数16の酸素によりなる水である。DOは通常の水(HO)よりも電気分解の速度が遅いという性質の違いを利用して、重水をわずかに含む天然の水から濃縮、分離して得られる。
注3)同位体化合物
同一原子番号を持つものの、中性子数が異なる核種の関係をいう。水素の同位体としては、重水素(H Deuterium)、三重水素(H Tritium)がある。
注4)PdAg(パラジウム-銀)合金ナノ粒子担持触媒
特定の化学反応を促進させる物質。この場合、PdとAgの2つの元素からなる数ナノメートルの粒子が触媒の活性点であり、塩基性シリカ上に高分散で担持(固定化)されている。
注5)量子トンネル効果
一般的な化学反応は、反応物が活性化障壁(化学反応を起こすために必要なエネルギー)を乗り越え進行する。そのため、高温ほど速く、低温では遅くなる。しかし、水素(H)など質量の小さい粒子の場合には、物質の波動性が顕著になり、エネルギーが無くても活性化障壁を透過することで化学反応が進む場合がある。

<論文タイトル>

“Controlled release of hydrogen isotope compounds and tunneling effect in the heterogeneously-catalyzed formic acid dehydrogenation”
著者名:Kohsuke Mori, Yuya Futamura, Shinya Masuda, Hisayoshi Kobayashi, and Hiromi Yamashita
DOI:10.1038/s41467-019-12018-7

<お問い合わせ先>

(英文)“Nanocatalyst makes heavy work of formic acid”

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