名古屋大学,科学技術振興機構(JST)

令和元年8月25日

名古屋大学
科学技術振興機構(JST)

気体を安全に加圧可能な高圧反応装置の開発

~不活性な気体資源の有効活用に道筋~

ポイント

名古屋大学 大学院理学研究科の荘司 長三 教授、有安 真也 特任助教、児玉 侑朔 博士前期課程2年生らの研究グループは、新たに、一般の実験施設での高圧反応実験に対応可能な高圧反応装置を開発し反応性が極めて低い気体分子の化学変換の劇的な高効率化に成功しました。

エタン、プロパンなどに代表されるガス状アルカン注1)は、地球上に豊富に存在していますが、化学的には極めて安定(不活性)で、化成品や薬品などへ変換するためには、膨大なエネルギーが必要です。そのため、現在は主に燃料として利用されるに留まっています。化学反応では高濃度、高温ほど反応速度は高くなりますが、気体分子を化学変換する場合、高温ほど反応溶液への溶解度が下がり、低濃度になる問題があります。そこで別の反応加速法として、気体分子を加圧し、反応溶液への溶解度を向上させる手段が考えられますが、通常の設備では20気圧以上に気体分子を加圧するのは困難でした。今回、新たに開発した高圧反応装置(特開2019-69404)は、既存の分析装置を組み合わせた単純な構成ながら、送液ポンプによる液体の送液で気体分子を圧縮することで、一般的な施設で極めて簡便に、しかも、安全な状態で、最高100気圧までの反応条件を作ることを可能にしました。これらを、酵素による不活性気体の化学変換手法に適用したところ、50気圧の加圧で劇的な反応の加速が見られ、プロパンの水酸化反応では、天然の酵素の使用にも関わらず、2018年のノーベル化学賞のProf.F.H.Arnold注2)進化分子工学注3)で開発した酵素を超える反応速度を観測しました。今回開発した高圧反応装置は酵素反応に限らず、さまざまな化学反応に適用可能であり、不活性な気体資源の有効活用への大きな一歩となり得る装置です。

本研究成果は、反応の種類を問わず、気体分子の化学変換を加速する手段として、産学問わず適用可能な波及効果の高い成果で、これまで困難とされてきた気体資源の有効活用に大きな道筋を示した成果です。

この研究成果は、令和元年8月25日付け(日本時間0時)ジョン・ワイリー・アンド・サンズの触媒化学専門誌「ChemCatChem」のオンライン版で公開されます。

本成果は、科学技術振興機構(JST) CREST研究領域「多様な天然炭素資源の活用に資する革新的触媒と創出技術」の支援のもとで得られました。

<研究の背景>

メタン、エタン、プロパンに代表されるガス状アルカンは地球上に豊富に存在する気体資源ですが、化学的に極めて安定(=不活性)で、化成品や薬品へと化学変換するために膨大なエネルギーを必要とするため、化学変換に利用できず燃料として燃やされるのが現状です。資源の乏しい日本では、他国よりも一層、気体資源の有効活用が必要不可欠です。一般的に、化学反応では高濃度、高温であるほど反応が速くなるため、加熱することが一般的な反応加速法です。しかし、気体分子の化学変換の場合、温度が高いほど液体への溶解度が低くなり、低濃度になる問題があります。一方、気体分子の溶解度は高圧であるほど高くなることが知られており、気体分子の効率的化学変換の1つの戦略として、高圧反応に期待が集まっていました。しかし、通常の高圧設備では、ガス状アルカンに代表される可燃性ガスは安全性確保の面から20気圧以上の高圧条件を実現するために、特殊で煩雑な高圧反応装置を用いる必要があり、不活性な気体資源の有効活用を目指した研究の大きな妨げとなっていました。

<研究の内容>

従来の高圧反応装置は気体分子を気体自身で圧縮するため、ガスボンベに安全減圧弁の接続が義務づけられている以上、その最大値の20気圧を超える高圧条件を実現することはできません。本研究では、化合物の分析手段として一般的に普及している高速液体クロマトグラフィー(HPLC)注4)に着目しました。HPLCはカラムと呼ばれる充填剤が詰まった筒に液体を精密に送液することができる装置で、高圧の液体に耐える構造を持っています。私たちの研究グループではHPLCの耐圧性に着目し、高圧反応装置への転用を行いました。今回、開発した高圧反応装置の動作原理は単純で、下流側に栓をした反応管に気体分子を封入し、上流からHPLCのポンプで送液をすることで液体がピストンのような役割を果たし、反応管中の気体を圧縮し、最高100気圧の高圧条件を反応管中に作り上げることができます。本研究では開発した高圧反応装置の有効性を実証するために、研究室で開発を行っているシトクロムP450注5)と呼ばれる酵素と酵素機能を制御する化合物を用いた常温でのプロパン、エタンの水酸化反応を試験したところ、常圧(1気圧)では、エタンの水酸化反応がほとんど進行しなかったものが、50気圧で毎分28回転の反応速度を示しました。また、プロパンの水酸化では、反応管中のプロパンを50気圧に加圧することで、毎分2200回転を超える驚異の反応速度を示しました。この反応速度は2018年ノーベル化学賞を受賞したProf.F.H.Arnoldが進化分子工学の手法を何サイクルも経て開発した高度に進化したシトクロムP450変異体を上回る反応速度であるため、不活性気体分子の化学変換に新しい高圧反応装置が極めて有効な手段であると期待されます。

<今後の展開>

今回開発した高圧反応装置は、ガス状アルカンの水酸化反応に極めて有効であるだけでなく、酵素に限らず、合成触媒など幅広い反応系に適用でき、使用可能な気体にも制限はありません。また、安全、かつ簡便に高圧反応条件を作ることができるため、再現性の高い実験を可能とします。本装置を用いることで、これまで反応が全く進行しなかったさまざまな不活性気体分子の化学変換の実現が期待でき、気体資源の有効活用に大きな道筋を示す成果です。

<参考図>

<用語解説>

注1)ガス状アルカン
メタン、エタン、プロパンなどの気体分子の総称。天然ガスなどに含まれ、地球上に豊富に存在している気体資源。炭素と水素のみで構成され、化学的には極めて安定。
注2)Prof.F.H.Arnold
2018年ノーベル化学賞受賞者で、たんぱく質の進化分子工学の権威。
注3)進化分子工学
たんぱく質を構成するアミノ酸を別のアミノ酸に置き換える操作を何度も繰り返し、天然とは異なる機能を持った人工たんぱく質に進化させる手法のこと。Prof.F.H.ArnoldはシトクロムP450を進化させてプロパンを水酸化可能にした人工たんぱく質の開発を報告している。
注4)高速液体クロマトグラフィー(HPLC)
充填剤と呼ばれる化合物を吸着する性質を持つ粒子を詰めた筒(カラム)に分析サンプルを注入し、ポンプで液体をカラムに送液して、分析サンプル中に含まれる化合物の分離や分析を行う装置。
注5)シトクロムP450
ヒトを含む、ほとんどの生物種が持っている酵素で、特定の化合物に対し、酸素原子を付加する反応を生体内で行っており、薬物の代謝や、天然物の生合成に関わる重要な酵素。化学的に安定な炭素-水素結合に酸素原子を付加することができるため、バイオ触媒としての応用が期待されている。

<論文タイトル>

“Development of a High-Pressure Reactor Based on Liquid-Flow Pressurisation to Facilitate Enzymatic Hydroxylation of Gaseous Alkanes”
(ガス状アルカン水酸化を加速するための送液加圧型高圧反応装置の開発)
著者名:有安 真也、児玉 侑朔、笠井 千枝、Zhiqi Cong、Joshua Kyle Stanfield、愛場 雄一郎、渡辺 芳人、荘司 長三
DOI:10.1002/cctc.201901323

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