科学技術振興機構(JST),理化学研究所,東京大学,科学技術振興機構(JST)

令和元年8月22日

科学技術振興機構(JST)
理化学研究所
東京大学

熟練の研究者の「勘と経験」を誰でも簡単に再現

~たった数分で単結晶構造解析の結果の事前評価が可能に~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、JSTの星野 学 さきがけ専任研究者(理化学研究所 創発物性科学研究センター 物質評価支援チーム 研究員)らは、数時間から数日かけて得る単結晶構造解析結果を、数分で計測した予備的なデータから事前評価ができる技術を開発しました。

単結晶構造解析は、単結晶試料にX線を照射して数千から数万個のデータを計測して、それらをコンピューターで処理しながら行います。そのため、時間をかけてデータを計測、解析してからでないと、選別した試料が研究の目的に相応しいのか、精度の良い解析結果が得られたのかを確認することができません。

現状における試料の選別やデータ計測の条件設定は、数分で行う予備計測の結果に基づいて熟練した研究者が「勘と経験」で行なっています。

本研究グループは、熟練の研究者による「勘と経験」を統計解析に置き換える技術を開発し、経験が少ない研究者でも単結晶構造解析前に結晶内の分子を区別でき、また、精度の良い解析結果を得るために必要な計測条件を決定することを可能にしました。

本研究の成果は、単結晶構造解析を用いた分子構造や物質構造の評価を高効率化、高精度化させることにつながります。また、単結晶構造解析に必要な計測実験を人に代わってコンピューターが判断し実行する技術開発への応用も期待されます。

本研究は、理化学研究所 創発物性科学研究センター 物質評価支援チームの橋爪 大輔 チームリーダー、東京大学 大学院総合文化研究科の中西 義典 助教(JST さきがけ研究者 兼務)と共同で行いました。

本研究成果は、2019年8月22日(英国夏時間)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」
(研究総括:雨宮 慶幸 高輝度光科学研究センター 理事長、副研究総括:北川 源四郎 東京大学 数理・情報教育センター 特任教授)
「高分解能データの統計的推定による超高精細結晶構造解析の開拓」
星野 学(科学技術振興機構 さきがけ専任研究者/理化学研究所 創発物性科学研究センター 物質評価支援チーム 研究員)
理化学研究所、東京大学
平成29年10月~令和3年3月

<研究の背景と経緯>

分子や物質の性質を評価して理解するためには、それらの構造を知ることが効果的です。単結晶構造解析は、計測したデータだけを用いて3次元的な構造情報をオングストローム(100億分の1メートル)の細かさで知ることができるため、学術研究や産業研究の場面で幅広く活用されています。最近ではこの解析に必要なデータを計測する市販装置や関連ソフトウェアの高度化が進み、これらを利用することで従来よりも簡便に解析を行えるようになりました。

しかしながら、単結晶構造解析を行うには数千から数万個のデータを計測するため、研究の目的によっては、数時間から数日にかけて計測する必要があります。この長時間のデータ計測を効率良く行うために、通常は数分で予備的にデータ計測を行い、研究の目的に相応しい単結晶構造解析結果が見込まれる試料の選別や計測条件の設定を行います。この試料の選別と計測条件の設定は、いまだに研究者の「勘と経験」に依存した人為的な作業になります。つまり研究者が「勘をはずして」試料や計測条件を不適切に選定すると、長時間かけて計測したデータであっても単結晶構造解析で分子や物質の評価を十分に行うことができないため、試料の選別や計測条件の設定を再考してデータ計測を繰り返さなければなりません。

<研究の内容>

本研究グループは、単結晶構造解析の高精度化と高効率化を目的にして、研究者の「勘と経験」に頼ることなく研究の目的に対して適切な試料の選別と計測条件の設定を行う研究技術を開発しました。この開発では、統計解析技術の1つである「ベイズ推論注1)」を応用して、結果(数分の予備計測で得られる数百程度のデータ)から原因(被験試料に固有の結晶構造パラメーター値)を推定可能にしました。

開発した技術を異なる溶媒分子注2)を含んだ2種類の多孔性物質結晶注3)に適用しました。それぞれの予備計測データから結晶構造パラメーター値を推定したところ、通常では数時間以上かけたデータ計測と単結晶構造解析を実行した後でしか確認できない溶媒分子の違いを、推定したパラメーター値の違いから単結晶構造解析前に判別することができました(図1)。また、推定した結晶構造パラメーター値を結晶学の理論式に代入することで、予備計測に含まれないデータの分布を調べることもできます。本研究では、被験試料固有のデータ分布から長時間かけたデータ計測における誤差の影響を最小化する計測条件を設定し、化学結合の形成による原子周辺の電子密度分布の変形を理論的な予想と一致する精度で観察することに成功しました(図2)。

<今後の展開>

単結晶構造解析に熟練している研究者でなくても、本研究で開発した事前評価を行うことで、研究の目的に相応しい試料の選別や計測条件の設定を効率よく行えるようになります。また、この事前評価は全てコンピューターで実行可能であることから、従来の試料の選別や計測条件を設定する人為的作業を、将来的にはコンピューターで置き換える自動化技術への発展が期待されます。

<参考図>

<用語解説>

注1)ベイズ推論
ある事柄の原因を観察された結果(データ)から推定する統計解析方法。ベイズの定理と呼ばれる数学(確率論)の定理に基づいている。原因が結果を生み出す順過程に対して、ベイズ推論は結果から原因を導く逆過程のアプローチである。
注2)溶媒分子
他の物質を溶かすことができる物質(一般的に常温常圧で液体)を構成する分子。単結晶試料は被験物質を適当な溶媒に溶かして、それを蒸発させて得ることが多いが、溶媒分子を含んだ単結晶が析出することがある。
注3)多孔性物質結晶
分子の大きさと同程度の穴(細孔)がある構造を有する結晶。穴を利用することで、分子の分離、交換、貯蔵などを行うことができる。これらの機能の詳細を調べる目的で、単結晶構造解析を利用する場合が多い。

<論文タイトル>

“Inference-assisted intelligent crystallography based on preliminary data”
DOI:10.1038/s41598-019-48362-3

<お問い合わせ先>

(英文)“Statistical inference to mimic the operating manner of highly-experienced crystallographer: Prior evaluation of crystal structure analysis using a small data set”

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