科学技術振興機構(JST),富山大学

令和元年6月14日

科学技術振興機構(JST)
富山大学

経験を記憶する新たな神経細胞集団を発見

~睡眠中に記憶が定着する様子の観察にも成功~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、富山大学 大学院医学薬学研究部(医学)の大川 宜昭 講師と井ノ口 馨 教授らは、自由行動下のマウスの脳内で、記憶を獲得した神経細胞集団に特有の活動を光で測定する技術を開発し、新しい出来事を経験した記憶が脳内で保持される様子と記憶が定着する様子を観察することに成功しました。

経験した出来事の記憶は脳の海馬で形成されますが、海馬で記憶を保持した神経細胞が変化した記憶痕跡細胞注1)の集団活動は、これまで実験上の制約から観察できず、脳内で記憶がどのように情報処理されているのか不明でした。本研究グループは、自由行動下のマウスの海馬で記憶痕跡細胞の活動を光に変換して観察する技術を確立しました。この技術を利用して記憶痕跡細胞の集団活動を観察したところ、記憶痕跡細胞の集団の中に複数の亜集団が存在していることを発見しました。新しい出来事の経験が記憶されるときには、記憶の全体像をつくる個別の情報に応じたそれぞれの亜集団が時間的にずれて活動していること、そしてその一部は睡眠中に自発的に再活動するとともに、記憶が呼び起こされるときに再び優先的に活動することを明らかにしました。この結果は、新しい出来事を経験するときの記憶は、記憶痕跡細胞からなる複数の亜集団が示す活動として脳内で保持されており、それらは睡眠中に定着されるとともに、出来事の記憶の全体像の思い出しを担っていることを意味しています。

本研究成果では、日々の生活で経験する記憶について脳内の神経細胞がどのように活動して、経験に応じた記憶として定着するのかを明らかにしました。記憶の科学的かつ本質的な理解に貢献するものであり、効率の良い記憶学習法や、アルツハイマー型認知症などの記憶障害の早期診断法への応用につながることが期待されます。

本研究は、富山大学 大学院医学薬学研究部(医学)のカレド・ガンドウル(Khaled Ghandour) 特命助教、沖縄科学技術大学院大学の深井 朋樹 教授、チー・チャン・アラン・ファン(Chi Chung Alan Fung) 研究員らと共同で行ったものです。

本研究成果は、2019年6月14日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

「生命機能メカニズム解明のための光操作技術」
(研究総括:七田 芳則 立命館大学 総合科学技術研究機構 客員教授/京都大学 名誉教授)
「記憶痕跡活動の可視化が開く記憶の新たな操作法」
大川 宜昭(富山大学 大学院医学薬学研究部(医学) 講師)
平成28年10月~令和2年3月

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」
(研究総括:山本 雅 沖縄科学技術大学院大学 教授)
「細胞集団の活動動態解析と回路モデルに基づいた記憶統合プロセスの解明」
井ノ口 馨(富山大学 大学院医学薬学研究部(医学) 教授)
平成25年10月~平成31年3月

<研究の背景と経緯>

ある出来事を経験すると、その経験に応じて脳の特定の神経細胞が活動し、記憶痕跡細胞に変化することで記憶は保持されます。そして同じ記憶痕跡細胞が再び活動すると、その記憶が呼び起こされます(図1)。近年では、マウスの記憶痕跡細胞を光遺伝学注2)と遺伝子操作の手法で人為的に活動させて記憶を強制的に呼び起こしたり、逆に活動を抑えて記憶を止めたりできるようになっています。富山大学の大川 宜昭 講師らはこれまで、マウスの2つの異なる記憶痕跡細胞を同時に活動させることで、人為的に2つの記憶を結びつけることにも成功しています。

このように、記憶痕跡細胞を操作することでSF映画のような世界をマウスでは実験できるようになってきました。しかし、さまざまな記憶に応じて、記憶痕跡細胞がどのような集団パターンとなって脳内で活動しているのか、ほとんど分かっていませんでした。また「一夜漬け勉強は効果がない」といわれますが、睡眠が記憶を定着させる仕組みもよく分かっていませんでした。

記憶痕跡細胞の出現やそれらの活動状況がよく分かっていなかった理由として、動物が自由に行動できる状況で、記憶痕跡細胞の集団活動を継続して観察することが困難であったことが挙げられます。これまでの神経細胞の記録の多くは、脳に電極を刺してその周辺の電気的変化を拾うものでしたが、電極の周辺環境が変化しやすく細胞にダメージを与える可能性があり、多数の細胞を同時に長時間記録するには不安定でした。

<研究の内容>

本研究グループは、神経細胞は活動するとカルシウムイオンが細胞内に流入することから、カルシウムイオン濃度の変化に応じて蛍光を発する人工的な蛍光たんぱく質G-CaMP7注3)に着目し、それを神経細胞で作り出すことができる遺伝子改変マウス(Thy1::G-CaMP7マウス)を準備しました。一方、記憶痕跡細胞を別の蛍光たんぱく質KikGR注4)で観察できる遺伝子改変マウス(c-fos::tTA遺伝子改変マウス)を準備しておき、両者を交配させることで、神経細胞の活動(G-CaMP7の蛍光)と記憶痕跡細胞の存在(KikGRの蛍光)を区別して観察することができるマウス(二重遺伝子改変マウス)を作り出しました。そして、このマウスの海馬に内視鏡としてロッド型レンズを挿入して、神経細胞の活動(G-CaMP7の蛍光)と記憶痕跡細胞の存在(KikGRの蛍光)を超小型蛍光顕微鏡(nVista)注5)で観察できる技術を確立しました。このレンズは表面から約0.3ミリメートルの所で焦点が合うようになっており、観察したい細胞から離れた場所に置けるため、細胞にダメージを与える可能性が極めて低くなり、多数の細胞が活動する様子をしばらく観察することができます。

このマウスをさまざまな形の部屋(四角い箱や丸い箱)に入れて自由に行動させ、部屋の形を記憶する様子を実験で調べたところ、海馬で数百個の神経細胞の活動を示すG-CaMP7の蛍光を直接観察できるようになりました。また、これらの活動している神経細胞についてKikGR蛍光を観察することで、記憶痕跡細胞とそれ以外の細胞に区別することにも成功しました(図2)。

そこで、マウスが丸い箱から四角い箱へと新たな形の空間に入れられたときなど、新しい出来事(新奇エピソード)を経験しているとき、記憶痕跡細胞がどのようなパターンで活動しているかを調べました。相関行列解析注6)と呼ばれる手法で解析したところ、ある記憶痕跡細胞の集団は新しい出来事の経験中に、類似したパターンの活動を頻繁に繰り返していることが分かりました(図3)。このような現象は、記憶痕跡以外の細胞集団では見られませんでした。

次にマウスが、「(1)新たな形の空間を経験しているとき(新奇エピソード)」、「(2)ノンレム睡眠注7)にあるとき」、「(3)レム睡眠注8)にあるとき」、「(4)それらの睡眠後に再度同じ空間に入れたとき(2度目の経験)」、「(5)それらの睡眠後に同じ実験室で違う空間に入れたとき」について調べたところ、(2)~(5)での記憶痕跡細胞の集団の活動パターンは、「(1)最初の経験」から一貫して類似性を保持していることが分かりました。

その後の睡眠や2度目の経験を経ても類似の活動パターンを繰り返すことから、記憶痕跡細胞の集団の中で同期活動注9)している特徴的な亜集団がないかを調べました。(1)~(5)の記憶痕跡細胞の集団的な活動パターンについて、非負値行列因子分解解析注10)を行ったところ、新奇エピソードで現れた記憶痕跡細胞の集団の中に複数の亜集団が存在していることが明らかとなりました(図4)。それらの亜集団が活動するタイミングや細胞構成はばらばらであったことから、それぞれの亜集団は異なる記憶を保持するのに関わっていると考えられます。

さらに、「(1)新奇エピソード」で現れた記憶痕跡細胞の亜集団の活動パターンについて、その後の睡眠や再度同じ箱に入れたときに出現するのかどうかを調べたところ、亜集団の約40パーセントで一貫して再出現していました。一方、記憶痕跡細胞以外の亜集団で活動が再出現するものはほとんどないことが分かりました。また、この記憶痕跡細胞の再活動の多くは、同じ実験室で違う箱に入れたときには消えてしまいました。このことから、記憶痕跡細胞の亜集団のうち約40パーセントは、睡眠中に自発的に再度活動するとともに、記憶を呼び起こす際にも再び優先的に活動することが分かりました(図5)。

このように、記憶痕跡細胞は複数の亜集団を構成し、それぞれが経験した記憶の全体像をつくる個別の情報に応じて、時間的にずれて活動していることが明らかとなりました。つまり、ある出来事を経験する記憶の全体像は、複数の記憶痕跡細胞の亜集団からなる活動が協奏的に脳内で出現することで表現されていること、そして、睡眠中に亜集団の一部の活動が再現することによって、脳内に定着することが強く示唆されました。

<今後の展開>

本研究によって、新しく経験した出来事の記憶が、記憶痕跡細胞がつくる複数の亜集団の活動の集合として脳の中に存在していることが分かったことから、今後それぞれの亜集団と、経験の中に散りばめられている香りや音といった付加情報など記憶の要素との対応付けを図ることで、脳内に表現されている情報を詳細に解読する可能性が見えてきました。近い将来、記憶痕跡細胞の亜集団を解析することによって、どのような夢を見ているのか分かるようになるかもしれません。出来事を経験した後の睡眠中に、亜集団が再活動することによって記憶が定着することが強く示唆されたことから、効率の良い記憶学習法が見いだされることも期待されます。また記憶の本質の理解によって、アルツハイマー型認知症などの記憶障害に対する早期診断法の応用につながることも期待されます。

<参考図>

<用語解説>

注1)記憶痕跡細胞
新たな経験をしたときや学習をしたときの外部からの情報を受け、脳の中では一部の神経細胞が活動する。記憶は、これらの神経細胞という形で脳内に物理的な痕跡として保存されると考えられており、これらの細胞は記憶痕跡細胞と呼ばれる。何らかのきっかけで記憶に関する情報が再度入力されると、記憶痕跡細胞が活動し、その結果として記憶が想起される。エングラム細胞ともいう。
注2)光遺伝学
遺伝子導入によって特定の波長の光を当てると活性が変化する分子を発現させることで、狙った細胞の機能を光で制御する方法。代表的な分子がチャネルロドプシン2で、陽イオンチャンネルを構成する。神経細胞にチャネルロドプシン2を発現させると、光によって神経活動時の陽イオンの細胞内への流入を再現できるため、光照射で人為的に標的細胞の神経活動を誘導できる。本研究グループは、マウスの海馬で、新しい箱に入れられた時に出現した記憶痕跡細胞を光遺伝学的に活性化させ、その箱の記憶を思い出させることに成功している。
注3)蛍光たんぱく質G-CaMP7
G-CaMPは、GFPの構造の間にカルシウムイオン結合たんぱく質であるカルモジュリンの構造を挟み込んだ緑色蛍光たんぱく質であり、カルシウムイオン濃度に応じカルモジュリン領域の構造が変化することで蛍光強度が変化するカルシウムイオン指示たんぱく質である。G-CaMP7はG-CaMPに点変異を加え、カルシウムイオン応答性や蛍光強度を改善した改良版である。
注4)蛍光たんぱく質KikGR
KikGRは、サンゴの一種であるキクメイシから発見された蛍光たんぱく質であり、通常緑色の蛍光特性を持っているが、紫外光を照射すると赤色に蛍光特性を変化させる。本研究では、記憶痕跡細胞の検出に緑色KikGR蛍光を利用したが、G-CaMP7によるカルシウムイメージングの際には、G-CaMP7蛍光の検出を邪魔するので赤色蛍光に変化させた。
注5)超小型蛍光顕微鏡(nVista)
超小型蛍光顕微鏡(nVista)は、米国スタンフォード大学のMark Schnitzer 博士らのグループによって開発された。約2グラムの本体に、LED光源、CMOSイメージセンサー、緑色の蛍光に対応するフィルターセットが統合されており、緑色蛍光たんぱく質GFPと似た特性を持つ蛍光シグナルの検出が可能である。本研究では、G-CaMP7とKikGRの緑色蛍光の検出に使用した。
注6)相関行列解析
複数の細胞が縦軸(列)に、それぞれの細胞の神経活動の値が時間に沿って横軸(行)に並んでいる数字の行列を準備して、列に対応する引用タイミングにおける全部の細胞の活動パターンが他のタイミングのパターンとどれくらい似ているかを評価することで、類似した細胞集団活動が時間軸の中でどれくらい出現したのかを検討する。
注7)ノンレム睡眠
ノンレム睡眠は、急速眼球運動(REM:Rapid Eye Movement)の起こらない睡眠で、1~4ヘルツのデルタ波と呼ばれる低周波の脳波が大きな振幅で優先的に観察される。この間、ぐっすりと眠っている状態のため、脳は休息していると考えられている。睡眠中はノンレム睡眠の後にレム睡眠が現れるサイクルを繰り返しており、ヒトの場合、睡眠の7~8割がノンレム睡眠である。近年では、レムやノンレム睡眠に特徴的な脳活動をそれぞれの睡眠中に阻害すると、記憶の定着が悪くなることが明らかとなっている。
注8)レム睡眠
レム睡眠は、眠っている間に眼球がぴくぴくと素早く動く、急速眼球運動が観察される。この間、筋肉が弛緩して体は休息しているが、起きているときに近い活発な脳波(シータ波、4~7ヘルツの脳波)が優先的に観察される。一般的に、夢の多くはレム睡眠中に見ている。
注9)同期活動
複数の神経細胞が同じタイミングで活動すること。同期して活動する神経細胞群が、同じ情報を符号化していると考えられている。例えば、ある音を聞いたときに常に同期して活動する細胞集団は、その音の情報を脳内で処理しているといえる。
注10)非負値行列因子分解解析
非負値行列因子分解(NMF:Nonnegative Matrix Factorization)解析は、ある1つの行列データを、2つの小さな行列に分解する解析であり、米国ベル研究所のDaniel D. Lee 博士とH. Sebastian Seung 博士が、顔の画像を目、鼻などのパーツとその強度の2つの要因に分けることに応用できることを1999年のNature誌に紹介したことで注目されたアルゴリズムである。本研究では、複数の細胞が縦軸(列)に、それぞれの細胞の神経活動の値が時間に沿って横軸(行)に並んでいる元の行列データを、同期活動する細胞群とその同期活動の強度の2つに分解するために利用した。

<論文タイトル>

“Orchestrated ensemble activities constitute a hippocampal memory engram”
(海馬の記憶痕跡は協奏的な細胞アンサンブル活動によって構築されている)
10.1038/s41467-019-10683-2

<お問い合わせ先>

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