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平成30年6月25日

住友化学株式会社
科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

PMMAをベースとした軽くて頑丈な透明樹脂を開発

~自動車前面窓の耐衝撃性試験をクリア~

ポイント

住友化学株式会社(以下、「住友化学」)は、このたび、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議が推進する革新的研究開発プログラム(以下、「ImPACT」)「超薄膜化・強靱化『しなやかなタフポリマー』の実現」(伊藤 耕三 プログラム・マネージャー、以下「本プログラム」)の一環として、ガラスや金属の代替となる高剛性・高タフネス注1)透明樹脂を開発しました。

近年、薄くてもたわみが小さく、かつ割れにくい高剛性・高タフネス透明樹脂の開発がさまざまな分野で期待されています。PMMAは代表的な透明樹脂の1つであり、プラスチック材料の中でも最高レベルの透明性、高い耐久性と傷がつきにくい硬さを兼ね備えた樹脂として知られていますが、その一方で割れやすい性質を持つ材料でもあります。本プログラムにおいては、PMMAを出発点として、PMMAの長所を維持しつつ割れにくい性質を付与することで、高剛性・高タフネス透明樹脂の実現を目指してきました。

本プログラムにおいては、共通課題として、分子レベルでの破壊挙動の解明に取り組んでおり、そこで得られた知見を分子・材料設計や高次構造設計に反映して研究開発を進めてきました。その結果、曲げ弾性率が延性破壊注2)を示す従来の透明材料比で約1.6倍、シャルピー衝撃強度が脆性破壊注2)を示す従来の透明樹脂比で10倍以上という高剛性・高タフネス透明樹脂の開発に成功しました。本樹脂は、自動車用安全ガラス試験(JIS R3212)が定める前面窓用合わせガラスの耐衝撃性試験をクリアしています。自動車のキャビンを構成する前面窓やルーフ部材に適用した場合には、軽量化による省エネルギー化だけでなく、視野確保による安全性の向上や解放感のある空間の実現といった新たな付加価値も期待できます。ルーフ部材に適用した場合、合わせガラス重量の6割超、鋼板重量の4割の軽量化が見込まれます。

本研究成果は、住友化学が培ってきた透明樹脂技術を基盤に、東京大学 伊藤 耕三 教授、大阪大学 原田 明 特任教授(常勤)、九州大学 高原 淳 主幹教授、小椎尾 謙 准教授、名古屋大学 岡崎 進 教授、理化学研究所 高田 昌樹 グループディレクター(東北大学 教授)らの先導的な研究と連携することによって得られたものです。

今後は、自動車用部材などの大型成形品への展開に向けたスケールアップの検討を進めるとともに、本樹脂の特長を生かした幅広い分野への応用・展開に取り組み、軽量化による省エネルギー化を通じて、持続可能な社会の実現に貢献することを目指します。

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
URL:https://www.jst.go.jp/impact/

永松 龍弘(住友化学株式会社 石油化学品研究所 所長

永松 龍弘

プログラム・マネージャー 伊藤 耕三
研究開発プログラム 超薄膜化・強靱化『しなやかなタフポリマー』の実現
https://www.jst.go.jp/impact/program/01.html
研究開発課題 高靱性透明樹脂の開発
研究開発責任者 永松 龍弘
(住友化学株式会社 石油化学品研究所 所長)
研究期間 平成26年度~平成30年度

本研究開発課題では、透明樹脂の高剛性・高靱性の実現に取り組んでいます。

伊藤 耕三 プログラム・マネージャーのコメント>

伊藤 耕三 PM

本研究チームでは、「透明樹脂強靭化プロジェクト」において、代表的な透明樹脂であるPMMAを対象に、高透明性を維持したまま、従来トレードオフの関係にあった高剛性と高タフネスを高水準で両立させるという非常に難しい課題に取り組んでいます。今回、住友化学が有する各種材料技術と、アカデミアによる破壊に関する分析・解析技術やシミュレーション技術との連携により、分子レベルでの高次構造制御に成功した結果、高透明性と高剛性を保ったまま、従来の10倍以上の耐衝撃性を実現したものです。これは、タフポリマー化のための新たな材料設計指針を示唆するとともに、自動車の前面窓やルーフを樹脂製に変える可能性を示す画期的な成果と言えます。今後は、スケールアップ技術を構築して、自動車用部材への適用を具現化するとともに、それ以外の幅広い用途にも展開されることを期待しています。

<研究の背景と経緯>

近年、自動車の軽量化による省エネルギー化を目指して、金属やガラス製部材から樹脂への置き換え研究が進められています。例えば、前面窓やルーフ部材といった自動車のキャビンを構成する部材を透明樹脂に置き換えることができれば、軽量化による省エネルギー化だけでなく、視野確保による安全性の向上や解放感のある空間の実現といった新たな付加価値も期待できます(図1)。

しかし、従来の透明樹脂は、金属やガラスと比べるとたわみやすく、部材の設計強度を維持するためには部材自体を厚くする必要がありました。そのため、本来の目的である軽量化効果が大幅に低下し、意匠性も損なわれるといった課題がありました。

PMMAは、プラスチック材料の中で最高レベルの透明性、高い耐久性と傷がつきにくい硬さを兼ね備えた樹脂です。本プログラムでは、このPMMAを技術の出発点として、産学の密接な連携の下、たわみが小さく、かつ割れにくい革新的な高剛性・高タフネス透明樹脂の開発に着手しました(図2)。

<研究の内容>

一般的に樹脂材料の破壊挙動として、樹脂材料を引っ張った際に、ほとんど伸びることなく途中で突然割れてしまう脆性破壊、および樹脂が伸びきってから切れてしまう延性破壊が知られています。脆性破壊を示す代表的な透明樹脂としてPMMA、延性破壊を示す代表的な透明樹脂としてはポリカーボネートが知られています。PMMAは剛性が高くたわみにくい反面、割れやすいという性質を有していますが、ポリカーボネートは割れにくい反面、剛性が低くたわみやすいという性質を有しています。そのため、PMMAをベースに高剛性・高タフネス樹脂を開発するためには、PMMAのたわみにくい性質を維持しながら、延性破壊を示す樹脂材料の割れにくい性質を付与する必要がありました(図2)。

本プログラムにおいては、ガラス状ポリマーの脆性-延性転移注3)挙動に着目し、破壊挙動の分子レベルでの本質理解を深めるとともに、PMMAの高剛性・高タフネス化技術の確立に取り組んできました。

具体的には、以下のサイクルを回すことで、脆性破壊および延性破壊のそれぞれの機構をミクロな視点で解析し、そこで得られた知見を分子・材料設計や高次構造設計に反映して開発を進めてきました。

その結果、曲げ弾性率については延性破壊を示す従来の透明材料に対して約1.6倍、シャルピー衝撃強度については脆性破壊を示す従来の透明樹脂に対して10倍以上の革新的な高剛性・高タフネス透明樹脂の開発に成功しました。本樹脂を自動車のルーフ部材に適用した場合、合わせガラス重量の6割超、鋼板重量の4割の軽量化が期待できます(図3)。また、本樹脂は、自動車用安全ガラス試験(JIS R3212)に準拠する前面窓用合わせガラスの耐衝撃性試験をクリアしています(図4)。

本研究開発は、住友化学が培ってきた透明樹脂技術を基盤としつつ、東京大学 伊藤 耕三 教授、大阪大学 原田 明 特任教授(常勤)、九州大学 高原 淳 主幹教授、小椎尾 謙 准教授、名古屋大学 岡崎 進 教授、理化学研究所 高田 昌樹 グループディレクター(東北大学 教授)らの先導的な研究との連携の下で進められ、その結果、ブレークスルーを実現したものです。

<今後の展開>

今後は、自動車用部材などの大型成形品の作製に向けスケールアップ検討を進めるとともに、本樹脂の特長を生かした幅広い分野への応用・展開を進めます。そして、自動車の軽量化などによる省エネルギー化の実現を通じて、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に貢献することを目指します。

<参考図>

図1 『高剛性・高タフネス透明樹脂』への期待と課題

図1 『高剛性・高タフネス透明樹脂』への期待と課題

図2 高剛性・高タフネス透明樹脂のターゲット

図2 高剛性・高タフネス透明樹脂のターゲット

図3 開発品を自動車ルーフ部材に適用した際の軽量化効果

図3 開発品を自動車ルーフ部材に適用した際の軽量化効果

※開発品の厚み:鋼板0.8mmと同じたわみやすさに設定

図4 自動車用安全ガラス試験JIS R3212 耐衝撃性試験

図4 自動車用安全ガラス試験JIS R3212 耐衝撃性試験

<用語解説>

注1)タフネス
衝撃に対する感受性や粘り強さ、割れにくさを表す性質であり、靭性とも言われる。定量化する手法としては各種衝撃性試験が使用され、材料が衝撃により破壊される際に消費されるエネルギーで評価される。
注2)脆性破壊と延性破壊
一般的に材料の破壊挙動は「脆性破壊」と「延性破壊」に分類される。材料を引っ張った際に、ほとんど伸びることなく途中で突然割れてしまう挙動を脆性破壊、樹脂が伸びて大きく変形したのちに切れてしまう挙動を延性破壊という。無機ガラスや陶器などが典型的な脆性破壊を示す材料であり、鋼や銅、アルミなどの金属材料が延性破壊材料として知られている。樹脂材料にはPMMAやポリスチレンのように脆性破壊を示すものとポリカーボネートやポリエチレンテレフタレートのように延性破壊を示すものがある。
図 脆性破壊と延性破壊
注3)脆性―延性転移
Ludwig、Davidenkov-Wittman、Orowanらによって提唱された仮説(LDWO仮説)。すべての高分子材料の破壊において、脆性破壊と延性破壊は競合しており、それぞれ温度などの環境によってその破壊応力が変化する。脆性破壊応力が延性破壊応力よりも低い領域では脆性破壊を示し、逆に延性破壊応力が脆性破壊応力を下回る領域では延性破壊となる。脆性破壊応力と延性破壊応力が等しくなる点を脆性-延性転移点という。
図 脆性―延性転移

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

永松 龍弘(ナガマツ タツヒロ)
住友化学株式会社 石油化学品研究所 所長
〒299-0295 千葉県袖ケ浦市北袖2-1
Tel:0436-61-5340 Fax:0436-61-5344
E-mail:

<ImPACTの事業に関すること>

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室
〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1
Tel:03-6257-1339

<ImPACTのプログラム内容およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-6380-9012 Fax:03-6380-8263
E-mail:

<報道担当>

住友化学株式会社 コーポレートコミュニケーション部
〒104-8260 東京都中央区新川2-27-1
Tel:03-5543-5102 Fax:03-5543-5901

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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