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平成27年4月28日

科学技術振興機構(JST)
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)

細胞同士が助け合って神経細胞の変性を防ぐ仕組みを解明

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、国立精神・神経医療研究センター(NCNP、理事長:樋口 輝彦)神経研究所(所長:武田 伸一)疾病研究第四部の永井 義隆 室長、武内 敏秀 研究員(現 京都大学)らの研究グループは、細胞同士が分子シャペロン注1)と呼ばれる防御因子をやり取りすることで、神経変性疾患における異常たんぱく質の凝集を防ぐという、生体内の新しい仕組みを明らかにしました。

アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病注2)などの神経変性疾患は、異常なたんぱく質の凝集体が神経細胞に蓄積し、認知症や運動障害が引き起こされます。このようなたんぱく質の凝集に対して、生体内には分子シャペロンと呼ばれる防御因子が働き、凝集を防ぐことが知られていましたが、分子シャペロンはそれぞれの細胞内で個別に働くと考えられていました。

研究グループは、ある1つの細胞にある分子シャペロンの周辺細胞への働きを検討し、分子シャペロンがエクソソーム注3)という小胞に包まれて細胞から分泌され、他の周辺細胞へ取り込まれ、たんぱく質の凝集を抑えることを発見しました。さらに、この仕組みにより筋肉、脂肪などの末梢細胞からの分子シャペロンが神経細胞の変性を防ぐことを、ポリグルタミン病のショウジョウバエモデルを用いて確認しました。本研究により、たんぱく質の凝集に対する新しい生体内防御機構が明らかとなり、この仕組みに注目した病態診断バイオマーカーの開発や新しい治療法開発につながることが期待されます。

本研究成果は、2015年4月27日(米国東部時間)の週に「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
(研究総括:樋口 輝彦 国立精神・神経医療研究センター 理事長)
研究課題名 「ポリグルタミン病の包括的治療法の開発」
研究代表者 貫名 信行(同志社大学 大学院脳科学研究科 教授)
共同研究者 永井 義隆(国立精神・神経医療研究センター 室長)
研究期間 平成21年10月~平成27年3月

JSTはこの領域で、少子化・高齢化・ストレス社会を迎えた日本において社会的要請の強い認知・情動などをはじめとする高次脳機能の障害による精神・神経疾患に対して、脳科学の基礎的な知見を活用し、予防・診断・治療法などで新技術の創出を目標にしています。

上記研究課題では、本質的な治療法のない遺伝性神経変性疾患のポリグルタミン病について、異常たんぱく質凝集の抑制・分解過程の制御、転写異常などの病態過程の制御の観点からの治療法の開発を目指します。

<研究の背景と経緯>

アルツハイマー病、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患は、異常なたんぱく質の凝集体が神経細胞内に蓄積して神経変性が引き起こされ、認知症や運動障害などさまざまな神経症状を発症する疾患です。このうち多くの脊髄小脳変性症、ハンチントン病などは、総称してポリグルタミン病と呼ばれ、原因たんぱく質内のグルタミンの繰り返し(リピート)回数が多くなった異常たんぱく質が細胞内で凝集・蓄積し、神経変性を引き起こします。一方、生体内にはHsp70、Hsp40などの分子シャペロンと呼ばれる防御因子が備わっており、それぞれの細胞内で異常たんぱく質が凝集してしまうのを未然に防ぐことが知られています(図1)。

本研究グループは、以前の研究で、ポリグルタミン病モデルマウスに対してHsp40の遺伝子治療を行ったところ、Hsp40が導入された神経細胞だけでなく、Hsp40が導入されていない周辺の細胞においてもポリグルタミンたんぱく質の凝集が抑制されることを報告しました(PLoS One 2012年)。この結果から、分子シャペロンHsp40がたとえ限られた細胞のみに導入されたとしても、間接的に他の周辺細胞にも治療効果を与えるような仕組みが生体内に存在するのではないかと考えました。

そこで本研究グループは、ポリグルタミン病の培養細胞モデルおよびショウジョウバエモデルを用いた実験によって、生体内で分子シャペロンが周辺細胞に働く仕組みを明らかにしようとしました。

<研究の内容>

分子シャペロンが離れた別の細胞に効果を示すことから、まず細胞の培養液を注意深く調べることにしました。一定時間培養した細胞から培養液を回収し、これに含まれる成分を調べた結果、Hsp70、Hsp40などの細胞内の分子シャペロンが培養液中に存在することが分かりました。さらに、この培養液を超遠心分離法注4)により細かい成分に分け、電子顕微鏡観察などにより詳細に解析しました。その結果、分子シャペロンがエクソソームと呼ばれる分泌小胞に包まれて細胞から培養液中に分泌されていることが分かりました(図2A‐C)。

エクソソームとは、細胞が分泌する50-100ナノメートル(ナノは10億分の1)程度の小胞ですが、これに内包されたたんぱく質や核酸を生体内の離れた細胞間・組織間に運ぶことが報告されています。そこで、細胞培養液から分子シャペロンを包含するエクソソームを精製し、別の細胞の培養液に添加してみると、分子シャペロンが細胞内に取り込まれることが分かりました(図2D、E)。また、エクソソームをポリグルタミン病モデル細胞の培養液に添加すると、その細胞内のポリグルタミンたんぱく質の凝集体形成率が低下することが分かりました。つまり、分子シャペロンは、エクソソームにより細胞外に分泌され、他の細胞に取り込まれて効果を示すことが示唆されたわけです。

研究グループは、このような分子シャペロンの働きについて、動物モデルを用いてさらに検討を進めました。複眼組織にポリグルタミンたんぱく質を発現するポリグルタミン病モデルショウジョウバエでは、複眼を構成する神経細胞などが徐々に変性・脱落することが知られています。このモデルショウジョウバエの筋肉、脂肪などの末梢の細胞で分子シャペロンを過剰発現させると、複眼の神経細胞の変性が抑制されることが分かりました(図3)。さらに、分子シャペロンを過剰発現させた末梢組織において、エクソソーム分泌に関わる遺伝子の発現を抑えると、上記で確認された分子シャペロンの効果が見られなくなりました(図3C)。このことから、分子シャペロンは生体内においてエクソソームを介した細胞間伝播により、神経細胞の変性を防ぐことが明らかとなりました。

以上の実験から、個々の細胞内でのみ働くたんぱく質と考えられていた分子シャペロンが、エクソソームにより細胞外に分泌された後に周辺の細胞に取り込まれ、その細胞内でたんぱく質の凝集を防ぐことが明らかになりました(図4)。これは、生体がたんぱく質の凝集という緊急事態に対して個々の細胞が独立して身を守るのではなく、細胞同士で助け合う仕組みを備えていることを示唆しています(図5)。また、この仕組みにおいて、エクソソームという細胞外分泌小胞が大きな役割を担っていることも初めて明らかになりました。

<今後の展開>

たんぱく質の凝集は、ポリグルタミン病だけでなく、アルツハイマー病やパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症など多くの神経変性疾患の発症や、老化による認知機能の低下に深く関わっていると考えられています。本研究により、生体内で細胞同士が防御因子をやり取りして細胞内たんぱく質の凝集を防ぐという新たな仕組みが明らかとなりましたが、その一方で、この仕組みの破綻が神経変性疾患や認知機能低下を引き起こす要因の1つである可能性が示唆されました。今後、今回明らかとなった新しい仕組みについて、特にその病態との関わりをより詳細に調べることで、エクソソームに注目した病態診断バイオマーカーの開発へとつながることが期待されます。また、末梢から分子シャペロンなどの防御因子を包含するエクソソームを投与するといった、新しい治療法開発の可能性が開かれるとともに、神経変性疾患に対する他の治療法との相乗効果が期待されます。

また、細胞は種々のストレスを受けると、防御因子である分子シャペロンの発現が誘導されることが知られています。しかし、生体内ではこのような防御反応は細胞の種類によって大きなばらつきがあり、ほとんどこの反応を起こさない細胞も存在することが以前から指摘されていました。本研究の成果により、エクソソームを介する分子シャペロンの細胞間伝播が、このような生体内における防御反応のばらつきを細胞同士で補っているという可能性が示唆されました。今後の詳細な解析により、生体がどのようにしてストレスから身を守っているのか、その仕組みの全容が解明されることが期待されます。

<参考図>

図1 分子シャペロンの働き

たんぱく質は、正しく折り畳まれることで本来の機能を発揮する。しかし、正しく折り畳まれず(ミスフォールディング)、異常な構造となったたんぱく質は、寄せ集まって凝集体を形成し、最終的に細胞死や細胞機能障害を引き起こす。分子シャペロンは、たんぱく質の正しい折りたたみを助けるとともに、ミスフォールディングや凝集体形成を防ぐ働きをする。

図2 分子シャペロンはエクソソームにより分泌され、他の細胞に取り込まれる

  • (A) 細胞培養液を超遠心分離法により細かい成分に分けた。P100画分がエクソソーム画分として知られており、エクソソーム様の小胞が濃縮されているのが分かる(左下の電子顕微鏡写真)。ppt:遠心後の沈殿成分、sup:遠心後の上清成分。
  • (B) 超遠心後の画分をウェスタンブロット法で調べた。P100画分にHsp40などの分子シャペロンが検出された。Alix、Flotillin-1、GAPDHはエクソソームで分泌されるたんぱく質。
  • (C) エクソソームの免疫電子顕微鏡観察。Hsp40がエクソソーム内に検出された。
  • (D) 黄色蛍光たんぱく質で可視化したHsp40(Hsp40-EYFP)を細胞に発現させ、その培養液からエクソソームを精製し、別の細胞の培養液に添加した。
  • (E) Hsp40-EYFPを添加した細胞の蛍光顕微鏡写真。Hsp40-EYFPが細胞内で検出された。ヘキスト:核を染色するための試薬。

図3 分子シャペロンはエクソソームを介して神経細胞の変性を防ぐ

  • (A) ポリグルタミンたんぱく質(GMR-HttQ120)を発現するポリグルタミン病モデルショウジョウバエの複眼の組織切片写真。このハエでは、ポリグルタミンたんぱく質の毒性により、複眼組織の神経細胞が徐々に変性・脱落することが知られている。このハエにおいて、筋肉や脂肪でHsp40などの分子シャペロンを過剰発現させると、複眼の神経変性が抑制された。
  • (B) 各個眼において、変性・脱落していない神経細胞数を表すグラフ(最大で7個)。光受容細胞のラブドメアと呼ばれる組織を指標に算出した。
  • (C) エクソソーム分泌に関わるとされるたんぱく質Ykt6の発現をRNAi法により抑えると、上記の分子シャペロンの効果が見られなくなった。

図4 細胞間で分子シャペロンをやり取りする仕組み

細胞内で誘導された分子シャペロンは、その細胞で異常たんぱく質が凝集してしまうのを防ぐことが知られている。研究グループは、分子シャペロンがエクソソームに包まれて細胞から分泌され、他の細胞においてたんぱく質の凝集を防ぐことを見いだした。本研究の成果により、生体がエクソソーム伝播を介して細胞同士で身を守るという仕組みを備えていることが示唆された。

図5 生体が異常たんぱく質の凝集を防ぐ仕組み

加齢や神経変性疾患において、異常たんぱく質の凝集・蓄積が、神経細胞死を引き起こす(1、2)。これに対し、細胞は分子シャペロンと呼ばれる防御因子により、異常たんぱく質の凝集を抑えることが知られている(3)。研究グループは、上記の仕組みに加え、分子シャペロンが細胞間を伝播し、他の細胞でも異常たんぱく質の凝集を抑えることを見いだした(4、5)。本研究の成果により、生体は細胞同士で分子シャペロンをやり取りし、相互に助け合いながら身を守る仕組みを備えていることが示唆された。

<用語解説>

注1) 分子シャペロン
たんぱく質の正常な折りたたみ(フォールディング)を助けたり、異常な折りたたみを防いだりする分子。研究グループは、以前の研究において、分子シャペロンの1つであるHsp40がポリグルタミンたんぱく質の凝集体形成を抑え、ポリグルタミン病に対する治療効果を示すことを確認している。
注2) ポリグルタミン病
原因たんぱく質内のグルタミンというアミノ酸の繰り返し(リピート)回数が多くなって発症する神経変性疾患の総称。遺伝性の脊髄小脳失調症(SCA1、2、3、6、7、17、DRPLA)、ハンチントン病、球脊髄性筋萎縮症などが含まれる。グルタミンのリピート回数が多くなった異常たんぱく質は、正しく折りたたまれない(ミスフォールディング)ために異常な構造となり、細胞内で凝集体を形成し、最終的に神経細胞死や機能障害を引き起こす。この凝集体形成を抑えることによりポリグルタミン病を治療しようという試みが行われている。
注3) エクソソーム
細胞が分泌する50-100ナノメートル程度の小胞で、細胞内のさまざまなたんぱく質や核酸を含む。近年の研究で、エクソソーム内物質が分泌後に細胞間を伝播し、他の細胞内で機能を発揮することが報告されており、細胞間コミュニケーション手段として注目を集めている。
注4) 超遠心分離法
試料に大きな遠心力をかけることで試料内の成分を分ける方法。超遠心分離機により試料を高速回転させて行う。

<論文タイトル>

Intercellular chaperone transmission via exosomes contributes to maintenance of protein homeostasis at the organismal level
(エクソソームを介した分子シャペロンの細胞間伝播による個体内のたんぱく質恒常性維持機構)
doi: 10.1073/pnas.1412651112

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

永井 義隆(ナガイ ヨシタカ)
国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 神経研究所 疾病研究第四部 室長
〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1
Tel:042-341-2711(代表) Fax:042-346-1745
E-mail:

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
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<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
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国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 総務課 広報係
Tel:042-341-2711(代表) Fax:042-344-6745
E-mail:

(英文)“Discovery of a novel mechanism of cell communication to suppress neurodegeneration