JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムで開発したたんぱく質生産技術を活用し、北陸先端科学技術大学院大学 大木 進野 教授と石川県立大学 森 正之 准教授らは、英国ワーリック大学 グティエレスマルコス 教授らの研究チームとともに、顕花植物注1)における重複受精注2)の際に初期胚が形成されるメカニズムの一端を解明しました。
分子生物学や生化学、構造生物学などの研究では、一般的に、遺伝子組み換え大腸菌や酵母などを利用して試料たんぱく質を調製します。しかし、リン酸化や糖鎖付加などの翻訳後修飾注3)を受けたり、ジスルフィド結合注4)を持つたんぱく質は、従来法では生産が困難でした。また、たんぱく質の構造解析をNMR法注5)で行うには、安定同位体注6)と呼ばれる特殊な原子で試料を標識する必要があります。
大木教授と森准教授らが開発した新しいたんぱく質生産技術では、たんぱく質の設計図となる遺伝子を、大腸菌や酵母ではなくタバコBY-2細胞に取り込ませて、試料となるたんぱく質を発現させます。BY-2は、液体培地で大量に培養可能で光合成能力がない日本発の植物細胞です。この技術を用いると、従来法では生産が困難だったたんぱく質を、生理活性を保ったまま大量に生産することが可能です。また、たんぱく質に含まれる特定の原子を各種の安定同位体で標識することができます。
今回、顕花植物の初期胚発生に重要な因子として英国チームが世界で初めて同定したペプチド注7)ESFについて、試料調製とNMRによる構造解析に成功し、ESFペプチドの生理活性を生み出すメカニズムを解明しました。
本研究成果は、2014年4月11日(米国時間)に米国科学誌「Science」で掲載されます。
本研究成果は、以下の事業・開発課題によって得られた成果を活用したものです。
事業名 |
研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム 要素技術タイプ |
開発課題名 |
「難易度の高いタンパク質試料の調製と標識技術の開発」 |
チームリーダー |
大木 進野(北陸先端科学技術大学院大学 教授) |
開発期間 |
平成20~23年度 |
担当開発総括 |
伏見 譲(埼玉大学 名誉教授) |
JSTはこのプログラムの要素技術タイプで、計測分析機器の性能を飛躍的に向上させることが期待される新規性のある独創的な要素技術の開発を目指しています。
今回研究チームは、顕花植物の種子形成において胚乳の元となる中央細胞で作られる分泌ペプチド、ESFを発見しました。意図的にESFが発現しないように操作した植物では、種子の形状が不揃いになることが示されました。ESFは、頂底軸注8)が確立されるとともに起こる胚形成の初期段階で、胚柄注9)の形成を制御する因子として働いていることが明らかになりました。
生物学分野では、生体のさまざまなメカニズム解析のために、たんぱく質などの生体分子の構造を解き明かすことが不可欠です。構造解析のためには目的のたんぱく質が大量に必要ですが、生体内で自然に生成される量が少なかったり、大腸菌や酵母などを用いて大量に生産しても、活性を持つ正しい構造を再現できないなどの問題がありました。
今回の研究成果をもたらした大木教授らの新技術は、従来法では調製が難しかった、ジスルフィド結合を持つたんぱく質、リン酸化などや翻訳後修飾を受けたたんぱく質などを簡便・大量に生産可能とするものです。この技術では、ウイルスの遺伝子とタバコBY-2細胞を利用し、正しい構造と本来の活性を保ったまま、目的たんぱく質を大量に発現させることができます(図3)。また、目的たんぱく質に各種安定同位体標識やフッ素化合物、セレノメチオニンなどの非天然アミノ酸を簡単に導入することができるため、NMR法をはじめとしたさまざまな構造解析手法のための試料調製に活用できます。
今回活用された技術は、従来法では困難だったたんぱく質を簡便に大量生産可能とするものです。この技術を活用することで、より多くのたんぱく質の立体構造と生理活性の研究が加速し、基礎科学へ大きく貢献できると期待されます。さらに、大規模化が容易という本開発技術の特長を生かし、ペプチド農薬の大量生産や新薬開発などの産業に応用するための研究も進めています。
“Central Cell Derived Peptides Regulate Early Embryo Patterning in Flowering Plants”
(中央細胞由来のペプチドは顕花植物の初期胚形成を制御する)
doi: 10.1126/science.1243005