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平成26年3月31日

京都大学
国立環境研究所
岡山大学
国際協力機構(JICA)
科学技術振興機構(JST)

京都大学などの国際研究チームが策定した
「イスカンダル・マレーシアの2025年低炭素社会計画」を
マレーシア政府の委員会が承認

京都大学やマレーシア工科大学などの国際研究チームが策定してきた、低炭素社会実現に向けた実行計画である「マレーシア・イスカンダル開発地域における2025年に向けた低炭素社会ブループリント」が、2014年3月20日、マレーシア政府による承認委員会(AIC注1))において、イスカンダル地域開発庁の公式な計画文書として正式に承認されました。これは、地域レベル(日本の県レベルに相当)の実際的な低炭素社会計画づくりとしてはASEAN諸国で初めての例で、アジア諸国の低炭素都市づくりのモデルケースとなることが期待されています。

低炭素社会の実現には、10年以上の長期間にわたるエネルギー、産業、商業、農業、交通など幅広い分野の活動とそれに伴う温室効果ガス排出の削減計画を、その地域の社会・経済発展計画と統合的かつ定量的に結び付け、実施していく必要があります。このような課題に対するアプローチ法として、これまで京都大学や国立環境研究所などの日本の研究機関は、定量的な社会経済シミュレーションモデルと削減技術シミュレーションモデルを主要な道具とする低炭素社会シナリオ手法を開発してきました。

「マレーシア・イスカンダル開発地域における2025年に向けた低炭素社会ブループリント」はこの手法を用い、マレーシア側との共同研究に基づいて策定されたもので、低炭素社会実現に向けた12の具体的かつ定量的な方策から構成されています。地域レベルの低炭素社会実行計画を策定したベストプラクティスとして、アジア地域のショーケースとなることが期待されています。

今回の政府承認を受け同地域では、2025年までに、現状のまま推移した場合(BaU:Business as Usual)に比べて40%の温室効果ガス削減目標を達成するための政策実施体制が整うこととなり、マレーシアの低炭素社会に向けた動きをいっそう加速することが予想されます。

「マレーシア・イスカンダル開発地域における2025年に向けた低炭素社会ブループリント」の策定は、JSTとJICAによる地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS注2))の一環(研究課題名:アジア地域の低炭素社会シナリオの開発、研究代表者:松岡 譲 京都大学 大学院工学研究科 教授)として行われ、日本からは京都大学、国立環境研究所、岡山大学、マレーシアからはマレーシア工科大学、イスカンダル地域開発庁、住宅地方自治省都市・地方計画局、マレーシア・グリーンテクノロジー・コーポレーションが参加しています。

なお、同ブループリントの内容は、2012年11月にカタール・ドーハで行われた気候変動枠組条約第18回締約国会議(COP18)および京都議定書第8回締約国会合(CMP8)において報告・公表され、また、同年12月11日には、ナジブ・マレーシア首相により、マレーシア国民に向けテレビおよび新聞を通じ紹介されています。

本成果は、以下の事業・研究分野/領域・研究課題によって得られました。

地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)

研究分野/領域 環境・エネルギー分野/「低炭素社会の実現に向けた高度エネルギーシステムに関する研究」
研究課題名 「アジア地域の低炭素社会シナリオの開発」
研究代表者 松岡 譲(京都大学 大学院工学研究科 教授)
国内共同研究機関 国立環境研究所、岡山大学
相手国研究機関 マレーシア工科大学(UTM)ほか
研究期間 平成22年度~平成27年度
(参考URL) https://www.jst.go.jp/global/kadai/h2204_malaysia.html

本研究プロジェクトでは、マレーシア経済特区・イスカンダル開発地域を対象に、発電・産業・交通・商業・家庭の各部門に関する低炭素化の技術・制度データを収集・整備して、2025年の低炭素社会像を築くためのシナリオと総合評価モデルを構築します。また、アジアの成長を象徴するイスカンダル開発地域での研究成果を発信することにより、アジア全体の低炭素社会の実現に貢献していきます。

<研究の背景と経緯>

マレーシア・イスカンダル開発地域は、マレーシア・ジョホール州南部、マレー半島の南端に位置し、人口140万人、クアラルンプール地域に次ぐ第二の経済都市圏です。マレーシアは、2006年にこの地域を経済特区に指定し、総合的な地域開発事業を行ってきましたが、この開発に伴う温室効果ガス排出量の急速な増大が危惧されていました。一方、京都大学や国立環境研究所などの日本の研究機関は、これまで日本を含むアジア地域を対象に中長期の低炭素都市シナリオを構築してきました。これは、将来経済発展が予想されるアジアの大都市を対象に、低炭素都市実現のための叙述シナリオの記述、低炭素社会ビジョンの定量化、施策ロードマップの策定を行うものですが、イスカンダル開発地域の場合には、これらに加えて、大気汚染や廃棄物管理などの地域が抱える問題の同時解決に向けた統合的環境計画手法の確立と政策立案・実施の段階までも踏み込んだ貢献が求められていました。さらに、アジア新興国には類似な課題を抱えている地域が多いことから、ここを対象とする研究成果は、波及効果に大きいものがあると予想されていました。

こうした背景のもと、京都大学、国立環境研究所、岡山大学、マレーシア工科大学、イスカンダル地域開発庁などからなる国際研究チームは、JSTおよびJICAの支援を受け、この地域を対象に2010年から活動を開始し、2012年11月に、これまでの調査研究結果に基づく提案として、「マレーシア・イスカンダル開発地域における2025年に向けた低炭素社会ブループリント」を公表しました。これは、同地域を低炭素地域へ転換させる低炭素社会計画であり、温室効果ガス排出量削減目標として、2025年に、現状のまま推移した場合(BaU:Business as Usual)に比べて40%(排出強度では2005年比56%)とし、交通システム、建築(グリーンビルディング)、エネルギーシステム、廃棄物管理、産業プロセス、ガバナンス、大気汚染、都市構造、教育などに関する12の方策から構成されています。これは、マレーシア国全体で計画している削減量の1割近くを占め、目標達成に向けて大きなインパクトを生むと予想されています。

このブループリントは、2012年11月から12月にカタール・ドーハで行われた気候変動枠組条約第18回締約国会議(COP18)および京都議定書第8回締約国会合(CMP8)において発表され、世界各国の温暖化政策担当者および研究者から高い評価を得ました。

また同年12月11日、ナジブ・マレーシア首相は、同ブループリントを説明する記者会見を行い、「低炭素社会ブループリントは、2020年までに2005年比で温室効果ガス排出強度を40%削減するというマレーシアの取り組みに合致するもの」、「イスカンダル低炭素社会ブループリントが、マレーシアへの投資家の関心をさらに促すだろう」と述べ、マレーシア国内のテレビおよび新聞に大きく報道されました。

今回のAIC承認によって、ようやく制度的な裏付けを得ることになります。産業、商業、農林業、家庭、交通、土地利用など、その地域からの温室効果ガス排出の起因となる全分野を横断し、それらの社会経済的活動の将来シナリオとそれに起因する温室効果ガス排出およびその抑制方策を統合的かつ定量的な方法で解析し、さらにその結果に基づき低炭素社会実行計画を策定・実施する例としては、ASEAN諸国初の取り組みとなります。

また、岡山大学(廃棄物マネジメントセンター)は、イスカンダル地域の発展とともに増大する家庭や産業からの廃棄物量を減らしつつ、温室効果ガスも低減することを検討しました。すなわち、基準年2005年の廃棄物排出状況がそのまま続くと仮定した場合の、2025年の最終処分量と廃棄物処理・処分過程で発生する温室効果ガス量を、同時に半減させる廃棄物マネジメントのシナリオを構築し、温室効果ガス排出量を推計しました。

本研究は、マレーシア工科大学、イスカンダル地域開発庁、住宅地方自治省都市・地方計画局、マレーシア・グリーンテクノロジー・コーポレーション、京都大学、国立環境研究所、岡山大学が共同して実施する、JSTとJICAによるSATREPSの一つのプロジェクトです。SATREPSは、地球規模課題の解決および将来的な社会実装に向けた国際共同研究を推進することを目的としています。今回のマレーシア政府による承認は、プロジェクトが始まってから3年足らずで早くも社会実装が始まることを意味しており、SATREPSプログラムにとっても意義深いものといえます。

<研究の内容>

「マレーシア・イスカンダル開発地域における2025年に向けた低炭素社会ブループリント」は、京都大学が中心となって開発した「低炭素社会シナリオアプローチ法」を使用して策定されました。この手法は、

1)社会・経済開発計画をベースとしつつも、現状および目標将来時点でのライフスタイルや目標社会像などを、公聴会、利害関係者に対する聴き取り調査、排出量や意識に関する調査などで補足することによって、現状社会の定量化と、目標とすべき将来社会を叙述するとともに、

2)それらを基に、①スナップショットツール注3)、②省エネルギーおよび温室効果ガス排出削減の技術や、環境教育および社会経済面からの制度的対策などを総覧した対策オプション・データベース、および、③温室効果ガス削減目標、の三者を組み合わせ使用することによって、技術的かつ経済的に可能であり社会全般にわたり整合性があり定量的な低炭素社会ビジョンをデザインし、

3)さらにそのビジョンに到達する方策の工程(ロードマップ)をバックキャスティング・アプローチ注4)によって求める、

といった一連の作業から構成されています。この手法は、①計画の実施期間が長期にわたり、その間に大幅な社会経済および産業構造の変化が予想され、それにもかかわらず、② 社会経済システム全般にわたる計画としての、整合性、アカウンタビリティーおよび透明性が特に重要となるアジア新興諸国の低炭素社会計画の策定に最適なものと考えられます。

さらに、この手法の適用と策定計画の実施にあたっては、対象とする地域に、これを駆使する能力(キャパシティー)と、策定した計画に対する当事者意識(オーナーシップ)が必須であり、対象地域の行政部局のみならず研究機関および一般市民を含む地域ぐるみのキャパシティー・デベロップメント(総合的課題対処能力の向上)を行わなければなりません。この観点から、本研究では、

1)現地の大学・行政機関の研究者・専門家を対象に本手法のトレーニング・ワークショップを行い、共同研究を行うための人材育成を行うとともに(現在までに8回実施)、

2)フォーカス・グループ・ディスカッション(利害関係者や行政担当者らによる意見交換会)、社会意識調査などを実施し、

それらの結果と合わせることによって、地域受容性およびオーナーシップに富み、技術的・社会的・経済的合理性が高く相互間の整合性を有する低炭素社会施策を、281の事業とそれらを有機的に統合した12の方策として取りまとめました。さらに、この提案は、イスカンダル地域開発を担当する公社であるイスカンダル地域開発庁により、開発計画推進にあたり制度的強制力をもつ「ブループリント」として、2013年11月13日に正式承認されることになりました。

<今後の展開>

イスカンダル地域開発庁は、「マレーシア・イスカンダル開発地域における2025年に向けた低炭素社会ブループリント」の本格的実施に向けて、庁内に担当セクションを設置し、計画遂行にあたって必要となる詳細設計を開始しました。本プロジェクトでは、これらを含め低炭素化活動をサポートする各種解析手法の改良と実用化に努めますが、それらに加え、マレーシア側の研究メンバーは、プロジェクト終了後も、そうした活動を長期間にわたり継続することが期待されています。現在、本プロジェクトでは活動拠点として、マレーシア工科大学内に「低炭素アジア研究センター」を設置していますが、これを強化しプロジェクト終了後も持続的にこの活動を継続できる体制作りが急務であり、その実現をマレーシア政府機関に働きかけています。

また、このイスカンダル低炭素社会計画の策定・実施は、マレーシア国内および他のASEAN諸国に大きなインパクトを与えつつあります。マレーシア国内では新行政都市であるプトラジャヤ市がこの手法を用い低炭素都市計画である「プトラジャヤ・グリーン・シティ」を検討しています。タイ、ベトナム、インドネシアなどの調査研究機関も、自国内での適用を検討しており、研究者をトレーニング・ワークショップなどに派遣しています。上述した低炭素アジア研究センターには、そうした活動のハブとしての役割も期待されています。アジア低炭素社会化の技術支援は、これまでは日本側が中心となる南北支援が中心でした。しかし、今後は、マレーシアなどが中心となる南南支援も重要であると推定されており、そのショーケースとしてのイスカンダル低炭素社会計画の推進とそれを支援する各種の社会・経済・技術技法の開発およびそれを遂行するのに必要となる人材養成拠点としての低炭素社会研究センターの充実が、今後の展開の要となります。

このようにASEAN諸国で低炭素社会計画の策定・実施が相次ぐことは、日本の経済にもよい影響を与えることが予測されます。すでに国際的な二酸化炭素の排出権取引の枠組みであるCDMや二国間のBOCMを視野に入れ、日本企業が興味を示しており、本年7月にはジョホールバルにて日本の環境省が主催し、イスカンダル低炭素社会計画に日本企業は何ができるかをテーマとしたワークショップも行われました。

<参考図>

図1

図1 イスカンダル開発地域の温室効果ガス排出量

 2005年、2025年BaUシナリオ(現状推移)、2025年CMシナリオ(対策導入)。CMシナリオではBaUに比較して40%の排出削減が達成されている。これは排出強度(GDPあたり温室効果ガス排出量)では2005年と比較して56%の削減にあたり、マレーシア国の2020年の目標(同40%削減)を上回る排出削減となる。

図2

図2 12の方策による削減効果

 導入を想定した低炭素対策を関連する政策によって12にまとめ、12の方策とした。図では各方策が全体の排出削減量に対して占める割合が示されている。この他に「方策3 低炭素都市ガバナンス」「方策7 コミュニティ参加と合意形成」「方策12 クリーンな大気環境」がある。これらの方策は直接的な排出削減策を含まないため図には示されていない。 (以上の図は「マレーシア・イスカンダル開発地域における2025年に向けた低炭素社会ブループリント 政策担当者向け要約(Summary for Policy Makers:SPM)」による)

<用語解説>

注1)AIC
Approvals and Implementation Committeeの略語。マレーシア政府外局のイスカンダル地域開発庁が主催。イスカンダル経済特区にかかわる公共団体の活動や戦略立案、投資をモニタリング、調整する機関。
注2)SATREPS
地球規模課題対応国際科学技術協力(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)の略語。科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)が連携し、地球規模課題の解決と将来の社会実装に向けた国際共同研究を推進します。日本と開発途上国の研究者が共同で3~5年間の研究を行うプログラムであり、39カ国77のプロジェクトが採択されています。
※SATREPSホームページURL

https://www.jst.go.jp/global/ (JST)

http://www.jica.go.jp/activities/schemes/science/ (JICA)

注3)スナップショットツール
社会会計表、産業連関表、エネルギーバランス表などをベースとして、任意年の社会・経済・エネルギー・環境負荷に関する各種勘定を定量的かつ整合的にデザインするツール。
注4)バックキャスティング・アプローチ
現時点の社会・経済システムを将来の低炭素社会ビジョンにまで変革させるのに必要な、低炭素化技術・制度インフラ、社会インフラなどの普及・整備施策を動的な数理計画法により求解するアプローチ。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

松岡 譲(マツオカ ユズル) 京都大学 大学院工学研究科 教授
〒615-8540 京都市西京区京都大学桂Cクラスター
Tel:075-383-3371
E-mail:

藤野 純一(フジノ ジュンイチ) 国立環境研究所 主任研究員
〒305-8506 茨城県つくば市小野川16-2
Tel:029-850-2504
E-mail:

藤原 健史(フジワラ タケシ) 岡山大学 廃棄物マネジメント研究センター 副センター長
〒700-8530 岡山市北区津島中3-1-1
Tel:086-251-8994
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

科学技術振興機構 地球規模課題国際協力室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-5214-8085 Fax:03-5214-7379
E-mail:

<JICAの事業に関すること>

国際協力機構 広報室 報道課
〒102-8012 東京都千代田区二番町5-25 二番町センタービル
Tel:03-5226-9780 Fax:03-5226-6396
E-mail:

(英文)AIC approves “Low Carbon Society Blueprint for Iskandar Malaysia 2025” formulated by international research team including Kyoto University