ポイント
- 高感度半導体光検出素子(MPPC)を用いることで、小型化と高感度化を実現。高精度の撮影が数分で可能に。
- 重量1.9kgと従来のコンプトンカメラの約4分の1に軽量化し、大幅な低価格化も実現。
- 携帯型パソコンで2種類の画像再構成法ソフトにより、ガンマ線の分布を画像化。
浜松ホトニクス株式会社(以下、浜ホト)の大須賀 慎二 中央研究所 第一研究室 研究室長代理と早稲田大学の片岡 淳 准教授らは、JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、高感度で実用的な角度分解能を併せ持ち、容易に携帯可能なガンマ線撮像用「コンプトンカメラ」の実用化に成功しました。特に、浜ホト独自の高感度半導体光検出素子MPPCと高密度で発光特性の良好なシンチレータを用いて、重量を1.9kgと従来品の約4分の1にまで軽量化し、大幅な低価格化にも成功しました。
本製品は、コンプトン散乱の原理を利用してガンマ線飛来方向の分布を画像化し、放射性物質の除染に役立てるために開発したものです。居住制限区域に相当する1時間当たり3.8から9.5マイクロシーベルト(以下、μSv/h)程度の環境下で、放射性物質の集積(ホットスポット)を数分程度で撮像できます。具体的には、実験室環境においてカメラ位置で5μSv/hの空間線量率を与えるセシウム137線源を10秒程度で画像化する計測感度を有しています。
当面は、福島県の除染が必要な自治体に限定して、11月15日(金)からモニター用として貸し出しを開始し、2014年2月より販売を開始します。
なお、本製品は、11月7日(木)から3日間、アクトシティ浜松(浜松市中区)で5年ぶりに開催される、浜松ホトニクス総合展示会「フォトンフェア2013」に出展します。
本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。
事業名 |
研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム
放射線計測領域 革新技術タイプ(機器開発型) |
開発課題名 |
「高感度かつ携帯可能な革新的ガンマ線可視化装置の開発」 |
チームリーダー |
大須賀 慎二(浜松ホトニクス株式会社 中央研究所 第一研究室 研究室長代理) |
開発期間 |
平成24~25年度(予定) |
担当領域総括 |
平井 昭司(東京都市大学 名誉教授) |
JSTはこのプログラムの放射線計測領域で、東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射性物質の影響から復興と再生を遂げるため、行政ニーズ、被災地ニーズなどの高い高度な機器およびシステムの開発を行います。
<開発の背景>
福島第一原子力発電所の事故により大量の放射性物質が環境中に放出され、福島県内の周辺地域においては放射性物質の除染が緊急かつ重要な課題となっています。
除染作業を効率的に行うためには、セシウム137や同134などの放射性物質の分布を可視化するガンマ線カメラを活用し、放射性物質が集積したホットスポットを探索したり、除染作業後にその効果を確認することが有効です。
しかしながら、従来のガンマ線カメラは、遮蔽体を必要とするため装置重量が10kg以上で、携行しての作業には適していません。また、遮蔽体を必要としない別方式のガンマ線カメラも実用化されていますが、セシウム137からのガンマ線(約662キロエレクトロンボルト、以下、keV)に対する感度が低く、除染に役立つガンマ線の分布に関わる情報を得るには長時間の計測が必要という問題点がありました。
<本製品の概要>
本製品は、ガンマ線の飛来方向とそのエネルギーを同時に測定し、ガンマ線を放出する放射性セシウム134、同137の分布をリアルタイムに近い短時間で画像化するコンプトンカメラです(図1)。小型で安価でありながら光電子増倍管と同等の高感度性を持つ浜ホト独自の半導体光検出素子MPPC(マルチ・ピクセル・フォトン・カウンタ)と良好な特性を持つシンチレータ(放射線エネルギーを吸収して蛍光を発する物質)を用いています。
高感度かつ低ノイズのMPPCを採用していることから、画像化に有効な100keV程度から10keVまでの低エネルギーのコンプトン散乱現象を確実に検出できます。また、MPPCと高性能のシンチレータと組み合わせることで約10%のエネルギー分解能を実現し、セシウム137由来の662keVガンマ線と、同134由来の605keV、796keVガンマ線の識別が可能です(図2)。さらに、計測に必要な信号処理回路などを全て内蔵し、パソコンにUSB接続するだけで電源供給され、ガンマ線の分布を逆投影法と統計的画像再構成(以下、MLEM)法(図3)の2種類で画像化できます。
本製品は、居住制限区域に相当する1時間当たり3.8から9.5マイクロシーベルト(以下、μSv/h)程度の環境下で、放射性物質の集積(ホットスポット)を数分程度で撮像できます。この特長を生かして迅速に放射性物質の分布を画像化すれば、除染の前後でその効果を確認するうえで特に有効であると考えられます。実際に、福島県浪江町と福島大学の協力を得て福島県内での現地試験を実施した結果、コンプトンカメラの性能が実用レベルに達していることを確認しました(図3)。本製品の活用によって福島県域での除染作業の効率化を進めることで、同地域の東日本大震災からの復旧・復興に貢献したいと考えています。
本製品開発に当たり、浜ホトがコンプトンカメラの試作、早稲田大学が装置構成と画像処理の最適化および評価を担当しました。
<本製品の原理と性能>
本製品は、ガンマ線がシンチレータ中にある電子と衝突し、エネルギーの一部を失って飛行方向を変えるコンプトン散乱事象を計測することで、ガンマ線の飛来方向とガンマ線のエネルギーを求め、ガンマ線を放出する放射性物質を特定して分布を画像化します。
本製品は、散乱体と吸収体となる検出器を2層に置き、ガンマ線が散乱体でコンプトン散乱され吸収体で光電吸収される事象を検出します。そして、ガンマ線が散乱・吸収される位置情報と、各検出器に付与されるエネルギーを使って計算されるコンプトン散乱角から、ガンマ線の飛来方向を求めています。また、比較的高エネルギーなセシウム137からの662keVガンマ線に対して高い検出効率を確保できるように、シンチレータ部の構造、厚さや散乱体検出器と吸収体検出器の間隔などの最適化設計を行いました。
ガンマ線の飛来方向を高い精度で決定するには、100keV以下の低エネルギー域においてもガンマ線の散乱・吸収位置と検出器に付与されるエネルギーを精度良く計測する必要があります。そのため、MPPCのダークノイズ特性などの改善、および、ASIC信号増幅処理回路を含めたMPPCからの出力を読み出す回路系の最適化にも取り組みました。また、短時間で放射性物質の分布を表示するための画像再構成が可能です。
<本製品の主な特長>
1.感度を向上し高精度で短時間計測が可能
MPPCは、浜ホトの半導体製造技術による新しいタイプの光半導体素子で、フォトン(光子)が生成した電子を100万倍程度に増倍して極微弱光を検出することができます。高感度かつ低ノイズのMPPCを採用することで、画像化に有効な100keV程度から10keVまでの低エネルギーのコンプトン散乱現象を確実に検出できます。また、MPPCと高性能のシンチレータと組み合わせることで約10%のエネルギー分解能を実現し、セシウム137由来の662keVガンマ線と、同134由来の605keV、796keVガンマ線のエネルギー弁別が可能です。
本製品は、MPPCとシンチレータを組み合わせた独自方式のガンマ線検出器を開発し、その構造を最適化することで、セシウム134、や同137からの比較的高エネルギーのガンマ線に対しても高い検出効率を実現しました。これにより、短時間での画像化が可能となりました。
2.重量が1.9kgと従来品の約4分の1、大幅な低価格を実現
本製品は、ピンホール方式のガンマ線カメラと比べ遮蔽体が不要で、従来のコンプトンカメラと比べても冷却機構が不要です。その結果、外形寸法が15×15×13.5cm、重量が1.9kgと、従来のコンプトンカメラと比較して約4分の1の大幅な小型・軽量化と、低価格化を実現しました(図4)。
3.携帯型パソコンでガンマ線の分布を逆投影法とMLEM法の2種類で画像化
本製品は、計測に必要な信号処理回路やバイアス電源、A/D変換器を、コンパクトな筐体に内蔵しています。USBインターフェースでパソコン(Windows7)に接続することにより、特別な電源やバッテリを用意することなく、USBのバスパワーで連続動作しガンマ線計測が簡単に行えます。専用のアプリケーションソフトにより、パソコンで画像再構築が可能で、ガンマ線の分布を逆投影法とMLEM法の2種類で画像化することができます。
●主な仕様
項目 |
|
検出素子 |
MPPC |
シンチレータ |
GAGG |
対象核種 |
セシウム137、セシウム134 |
エネルギー分解能 |
10% セシウム137(FWHM)662keV |
角度分解能 |
15度 セシウム137(FWHM)662keV |
測定範囲 |
~20μSv/h 下限は計測時間による |
インターフェース/OS |
USB Windows7(64bit) |
電源 |
USB バスパワー3.5h(PCバッテリ) |
動作温度範囲 |
0~40℃ |
保存温度範囲 |
-10~50℃ |
外形寸法 |
15×15×13.5cm |
装置重量 |
1.9kg(カメラ本体のみ) |
付属品 |
WindowsPC、三脚、収納ケース |
●発売予定日 2014年2月
●製品価格(税込) 「コンプトンカメラ」 1,050万円
●販売目標数量 1年目 10台、 2年目 200台
<参考図>
図1 コンプトンカメラの原理
入射ガンマ線が散乱体検出器でコンプトン散乱を起こし、吸収体検出器で光電吸収された事象について、散乱体検出器と吸収体検出器それぞれに対するガンマ線からの付与エネルギーと散乱、吸収位置から散乱角を計算することができる。多数個の同様の事象について、演算を行うことで、入射ガンマ線の飛来方向を求める。
図2 散乱体と吸収体でのエネルギー分布(福島県浪江町での測定データより)
散乱体(横軸)と吸収体(縦軸)に付与されたエネルギーの和が一定の場合、傾き-1(右肩下がり)の直線となる。黒の点線はセシウム137による662keVガンマ線に対応。赤の2本の点線は、セシウム134による605keV、796keVのガンマ線に対応。エネルギーの和が約662keVかつ散乱体検出器に付与されたエネルギーが10keVから165keVであるコンプトン散乱事象(黄色の楕円部)を選択して、セシウム137の分布を画像化する。
図3 画像再構成方法
本製品は、ガンマ線の分布を逆投影法とMLEM法の2種類で画像化することができる。
逆投影は、比較的簡単な計算で画像再構成を行い、データを取得しながらリアルタイムで再構成画像の更新を行うが、原理的にガンマ線源が点状であっても広がりを持って画像化される。
MLEMは、統計的な画像推定を行うため、点状のガンマ線源がほぼ点状に画像化されるが、画像推定のための計算量が大きくなるため、画像を得るには逆投影よりも時間を要する。
除染作業では、リアルタイムに近い所要時間での再構成と表示が要求される。逆投影でデータを取得しながら可能な限り短時間で画像を更新して表示し、その後、MLEMで位置を特定し、除染作業を効率的に行う。
図4 製品写真
<お問い合わせ先>
<開発内容に関すること>
海野 賢二(ウンノ ケンジ)
浜松ホトニクス株式会社 広報室
Tel:053-452-2141 Fax:053-456-7888
E-mail:
片岡 淳(カタオカ ジュン)
早稲田大学 理工学術院総合研究所(先進理工学研究科)
Tel:03-5286-3081 Fax:03-3200-9886
E-mail:
<JSTの事業に関すること>
久保 亮(クボ アキラ)、菅原 理絵(スガワラ マサエ)
科学技術振興機構 産学基礎基盤推進部 先端計測室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3529
E-mail:
ホームページ:https://www.jst.go.jp/sentan/