未成熟なT細胞は、胸腺と呼ばれる臓器の中で増殖・分化します。その際、有用なT細胞を選択して生存させる"正の選択"と、自己を攻撃する有害なT細胞を排除する"負の選択"の"教育"を受けることにより、さまざまな病原体や腫瘍細胞を攻撃できる多様性を持った「T細胞レパートリー」を形成しますが、レパートリー形成までの詳細な機構は不明でした。
今回の研究では、胸腺に特異的に発現する新しい酵素(「胸腺プロテアソーム」と命名)を発見し、この酵素が自己のたんぱく質を通常とは異なる方法で切断して細胞表面に提示することにより、キラーT細胞の正常なレパートリー形成に必須な役割を果たしていることを明らかにしました。この胸腺プロテアソームの遺伝子を欠損させたマウスは、キラーT細胞がほとんど産生されなくなります。
今回の成果は、自己免疫病や免疫不全病などの免疫疾患の発症メカニズム解明や治療法の開発、そして骨髄移植後のT細胞レパートリーの再構築や新しい癌ワクチン療法の試みなどに新たな視点を与えるものです。
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「情報と細胞機能」研究領域(研究総括:関谷剛男)における研究課題「ユビキチンと分子シャペロンの連携による細胞機能制御機構の解明」(研究者:村田茂穂 東京都臨床医学総合研究所 主席研究員)の一環として行われました。今回の研究成果は、2007年6月1日付(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されます。
【成果の概要】
<研究の背景と経緯>
我々の身体の免疫系は、生体へ侵襲するさまざまな病原体や腫瘍細胞を排除するために、ほぼあらゆる異物を認識して攻撃できるリンパ球のセット(レパートリーと呼ばれる)を作り出しています。主要なリンパ球であるT細胞は胸腺と呼ばれる臓器の中で増殖・分化します。この際、ランダムな遺伝子再編成により作り出された1018個にも及ぶ多様性を持ったT細胞の中から、有用な細胞のみを生存させる"正の選択"と、自分の身体の成分と強く反応する細胞を消去する"負の選択"の2段階の教育が行われます。
この教育により、自己(自分の身体)と非自己(病原体などの外来性異物)を厳密に識別することの出来るリンパ球のみを全身に供給します。この胸腺におけるリンパ球教育の破綻は、免疫不全や自己免疫疾患注2などを引き起こします。
しかし、従来"負の選択"の機構の理解は進んでいましたが、"正の選択"の仕組みはほとんど謎でした。
<研究の内容>
T細胞はMHC注3(主要組織適合性複合体)上に提示されたたんぱく質の断片を認識して、自己と非自己を識別します。MHCには「クラスI」と「クラスII」の2種類があります。身体のあらゆる細胞の表面に発現している分子がMHCクラスIであり、この分子上に提示されるたんぱく質断片を産生する酵素は、プロテアソーム注4と呼ばれる複合体型たんぱく質分解酵素であることがわかっていました(図1)。細胞内でプロテアソームにより分解されたたんぱく質の断片は、小胞体の中へ取り込まれMHCクラスIに結合した後、細胞表面へと運ばれます。キラーT細胞はMHCクラスI上に提示されたたんぱく質断片により自己と非自己の識別を行います(図1)。


以上の実験結果は、この新しいたんぱく質分解酵素「胸腺プロテアソーム」がたんぱく質断片の性質を変えることによって、胸腺における"正の選択"を実行させていることを強く示唆しています(図3)。
これまで、胸腺皮質上皮細胞がなぜ"正の選択"を行うことが可能なのか、その機構は全く不明でした。本研究成果は、"正の選択"を実行する胸腺皮質上皮細胞の特異性の実体、およびその分子的実像を世界で初めて明らかにしたものです。
<今後の展開>



【掲載論文名】
"Regulation of CD8+ T Cell Development by Thymus-Specific Proteasomes"
(胸腺特異的プロテアソームによるCD8+ T細胞発生の制御)
doi: 10.1126/science.1141915
【研究領域等】
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ) | |
研究領域: | 「情報と細胞機能」 (研究総括:関谷剛男 三菱化学生命科学研究所 所長) |
研究課題名: | ユビキチンと分子シャペロンの連携による細胞機能制御機構の解明 |
研究者: | 村田 茂穂 ((財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所 主席研究員) |
研究実施場所: | 東京都臨床医学総合研究所 |
研究実施期間: | 平成15年10月~平成19年3月 |
【問い合わせ先】
村田 茂穂(ムラタ シゲオ)
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財団法人東京都医学研究機構
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