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平成19年3月26日

科学技術振興機構(JST)
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東京医科歯科大学
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DNA損傷修復メカニズムの破たんが神経変性を引き起こす
(神経変性疾患の発症機構解明と治療法開発に光)

 JST(理事長 沖村憲樹)と国立大学法人東京医科歯科大学(学長 鈴木章夫)は、神経難病の原因となる神経細胞の変性の端緒となる分子メカニズムを発見しました。
 神経変性疾患は、いずれも神経細胞内部に異常タンパク質の蓄積がおこり、やがて神経細胞が細胞死を起こすことから、共通なメカニズムを持つ疾患と考えられています。しかし、異常タンパク質がどのような機序を介して神経変性を起こすのかについては不明な点が多く、また、神経変性疾患に共通した病態が存在するのかについても分かっていませんでした。
 今回の研究では、複数の神経変性疾患の異常タンパク質を神経細胞に強制的に発現させて、その際に生じるすべてのタンパク質量の変化を解析(プロテオーム解析注1)することで、病態に関わるタンパクHMGB注2を明らかにしました。HMGBタンパクは近年、他のグループの研究によりDNA損傷の修復タンパク複合体の構成因子であることが分かっています。今回の研究で、神経細胞内の異常タンパク質の増加に伴いこのHMGBの核内部での量が減少し、神経細胞内のDNA損傷を増大させて神経細胞の機能障害と細胞死を誘発することが判明しました。このメカニズムは多くの早老症候群注3(コケイン症候群やウェルナー症候群、色素性乾皮症など)の発症メカニズムと共通性を有するものと考えられ、神経変性の本質的理解につながる新しい病態を提唱するとともに、神経変性疾患の治療法開発の新しいターゲットとなるものと思われます。
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「タイムシグナルと制御」研究領域(研究総括:永井克孝)における研究テーマ「RNAポリメラーゼII機能障害による神経変性の研究」(研究者:岡澤均 国立大学法人東京医科歯科大学 教授)の一環として行われました。今回の研究成果は、2007年3月25日(英国時間)発行の英国科学雑誌Nature Cell Biologyオンライン版に一般公開されます。

<研究の背景と経緯>

 高齢者社会を迎え、アルツハイマー病注4パーキンソン病注5筋萎縮性側索硬化症注6脊髄小脳変性症注7などの難治性神経疾患の分子レベルでの発症メカニズムの理解と治療法の開発が急務となっています。これらの疾患には共通して神経細胞内部(細胞質あるいは核)に異常タンパク質の沈着が見られます。過去20年余りの遺伝学的研究から、多くの神経変性疾患に関わる原因遺伝子が同定され、その結果、原因遺伝子の多くは沈着する異常タンパク質自身の遺伝子であったり、あるいは異常タンパク質を作り出す過程に関与することが明らかになってきました。またタンパクの折り畳み構造の変化が異常タンパク質の凝集を高めることも示されています。 一方、細胞内の異常タンパクの沈着がどのように神経細胞の機能を障害し、さらに症状に至るかについては、依然として多くのナゾを残しており、今日活発に研究が行われています。
 これまで提唱された神経変性の病態(病気のメカニズム)は、小胞体ストレス注8、ミトコンドリアの機能障害、軸索輸送注9の障害など多岐にわたります。また、核内部に異常タンパク質が入った場合には転写障害が起きると言われています。しかし、このなかでどの病態が本質的なのか、また複数の変性疾患に共通する病態があるとしたらそれはどれなのか、という疑問は解決されていません。
 神経変性疾患の中で疾患頻度の高いグループである遺伝性脊髄小脳変性症(ポリグルタミン病注10)は、核内部に異常タンパク質が凝集すること、また異常タンパク質の凝集の前後に多数の核タンパク質と結合することが報告されてきました。岡澤らも、異常タンパク質の結合相手として、メッセンジャーRNA 合成酵素(=RNAポリメラーゼII注11)の調節因子の一つであるPQBP1注12を発見し、PQBP1と異常タンパク質が協調してRNAポリメラーゼIIの働きを阻害することを報告しました(Neuron  34, 701-713, 2002)。さらに、遺伝子の発現が広範に抑制された場合には、神経細胞に緩慢な細胞死が起こることも報告しました(Journal of Cell Biology 172, 589-604, 2006)。
 しかし、異常タンパク質が核に発現した場合の核タンパク質全体の変動についてはこれまで報告がなく、またPQBP1の発現がない神経細胞でも変性がおきる疾患があることなどから、より幅広い変性疾患において共通して働く分子をプロテオーム解析を利用して探索することにしました。

<研究の内容>

 細胞死を起こし易い神経細胞は神経変性疾患の種類によって異なります。例えばハンチントン病では線条体注13という大脳基底核が強くダメージを受けますが、小脳の神経細胞にはほとんど変化がありません。逆に脊髄小脳変性症1型は小脳の神経細胞に強い変性を見ますが、ハンチントン病ではほとんど変化が見られません。このように選択的な細胞の脆弱性・抵抗性の基盤にどのような分子メカニズムがあるのかは明らかではありませんでした。本研究においては、大脳、小脳、線条体の3種類の培養された神経細胞に強制的に異常タンパク質を発現させ、それらから回収した核タンパク質の2次元電気泳動データをコンピューター上で解析をしました。また、培養された神経細胞の核タンパク質を質量解析により同定しました。この際、異常タンパク質としてはアタキシン1(遺伝性脊髄小脳変性症1型原因遺伝子)およびハンチンチン(ハンチントン病原因遺伝子)を用いました(図1)。 これによって、6種類の細胞・遺伝子の組み合わせにおける核タンパク質全体の変動を捉えることが可能となり、各々を比較することで、脆弱性/抵抗性神経細胞の発現変化を抽出しました。
 その結果、脆弱な神経細胞では共通してHMGBタンパク質(HMGB1とHMGB2)が減少することが明らかとなりました。遺伝子改変マウス、ノックインマウスを用いた解析でも同様な減少が、脆弱な神経細胞で発症前から認められました。また、減少の機序としては、異常タンパク質との結合によってHMGBの分解が促進するとともに、核内部の封入体注14に取り込まれることも明らかになりました。一方、HMGBタンパク質を増やすと神経細胞の細胞死が抑えられました。さらに、ショウジョウバエにおいて異常タンパク質を複眼に発現させ、視神経細胞に変性を起こさせた場合でも、HMGBタンパク質を過剰発現させると、変性がある程度抑制できることが分かりました(図2)。
 HMGBタンパク質はDNAの解きほぐしや立体構造変化のための必須因子です。全ての核機能はDNAがヒストンからほぐれた状態で行われます。したがって、HMGBタンパク質は核内部で行われる全てのDNA機能に関連があるといえます。一方、成体脳に存在する成熟した神経細胞は基本的に増殖しないため、成熟神経細胞においてHMGBタンパク質がDNA複製や組み換えに関わることはありませんので、HMGBタンパク質は主に転写やDNA損傷の修復に必要な因子と考えられます。そこで本研究では、HMGBタンパク質の神経変性を抑える分子機序を明らかにするために、ポリグルタミン病異常タンパク質発現下でのDNA修復におけるHMGBタンパク質の作用を、初代培養神経細胞およびショウジョウバエの疾患モデルを用いて検討しました。その結果、異常タンパク質はDNA損傷シグナル注15を増加させるが、HMGBタンパク質はこの増加を抑制することが分かりました。

<今後の展開>

今回の研究から以下のことが示されました。

1)DNA損傷および修復が複数のポリグルタミン病の病態に共通して関与する可能性が高いこと、
2)その際、HMGB1とHMGB2が重要な役割を果たすこと、
3)HMGB1とHMGB2の機能を適切に調節することで、神経変性疾患における神経細胞の機能異常ならびに細胞死を防ぐことができる可能性があること、
であります。

 したがって今後、HMGB1とHMGB2を用いた遺伝子治療、HMGB1とHMGB2を標的とした薬剤の開発、DNA修復を活性化させる化合物などの開発、などが期待できます。また、今回取り上げた以外の神経変性疾患における同様な機序(DNA修復異常)についての研究のきっかけとなる可能性があります。これによって、神経変性疾患機序の統一的理解が可能になるかもしれません。

図1 核タンパク質のプロテオーム解析
図2 ショウジョウバエ複眼の視神経細胞を変性させた場合
用語説明

<掲載論文名>

"Proteome analysis of soluble nuclear proteins unravels that HMGB1/2 suppress genotoxic stress in polyglutamine diseases"
(邦文題名:プロテオーム解析によりHMGB1/2が複数のポリグルタミン病においてジェノトキシックシグナルを抑制することが明らかになった)

<研究領域等>

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
研究領域:「タイムシグナルと制御」研究領域
(研究総括:永井克孝 三菱化学株式会社 顧問)
研究課題名:「RNAポリメラーゼII機能障害による神経変性の研究」
研究者:岡澤均(国立大学法人東京医科歯科大学難治疾患研究所 教授)
研究実施場所:国立大学法人東京医科歯科大学 難治疾患研究所
研究実施期間:平成14年11月から平成18年3月

<研究者プロフィール(岡澤均)>

1984年 東京大学医学部医学科卒業
1984年 東京大学医学部付属病院内科研修医
1988年 東京大学医学部付属病院神経内科医員
1991年 ドイツ、マックスプランク研究所 常勤研究員
1993年 日本学術振興会 特別研究員
1994年 東京大学医学部神経内科助手
2001年 東京都神経科学総合研究所分子治療研究部門 部門長
2003年 東京医科歯科大学難治疾患研究所神経病理学分野 教授

<筆頭著者プロフィール(戚美玲)>

1988年 中国 上海医科大学医学部卒業
1996年 中国 上海医科大学大学院修士課程卒業
2003年 東京医科歯科大学医歯学総合研究科博士課程終了
2003年 科学技術振興機構 研究員
2005年 東京医科歯科大学COE(脳の機能統合とその失調)特別研究員

<お問い合わせ先>

岡澤 均(オカザワ ヒトシ)
国立大学法人東京医科歯科大学
難治疾患研究所 神経病理学分野
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
TEL: 03-5803-5847 FAX:03-5803-5847
E-mail:


白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL: 048-226-5641 FAX:048-226-2144
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