JST(理事長 沖村憲樹)と独立行政法人理化学研究所(理事長 野依良治)は、遺伝子改変マウスの大脳皮質を構成する抑制性神経細胞と興奮性神経細胞それぞれの活動を同時に観察する新たな手法の開発に成功しました。また本手法を用いて、大脳皮質視覚野(注1)の抑制性神経細胞と興奮性神経細胞を観察したところ、視覚刺激に対する反応に大きな違いがあることを見出しました。
大脳皮質視覚野では、与えられた視覚刺激の中で特定の方位(傾き)の刺激にのみ反応するという方位選択性(注2)を持つ神経細胞が存在することが知られており、脳は特徴選択的(注3)に情報処理を行うという概念が成立しています。しかし、どのようなメカニズムによって特徴選択性ができるのか、といった疑問は脳科学における大きな謎の一つとして残っていました。
本研究チームは、生きたままの動物の大脳皮質視覚野で興奮性神経細胞と抑制性神経細胞の光刺激に対する反応を同時に観察することを目指しました。そこで、抑制性神経細胞が緑色蛍光を発するように遺伝子を改変したマウスに、機能的二光子励起イメージング法を適用したところ、大脳皮質視覚野の興奮性神経細胞は非常に強い方位選択性を持つのに対して、抑制性神経細胞は方位選択性を持たないことを発見しました。この発見は、抑制性神経細胞が、興奮性神経細胞の反応性を全体的に抑えることによって、興奮性神経細胞の方位選択性を発現させていることを示唆しています。
遺伝子改変動物の脳に機能的二光子励起イメージング法を適用できることを示した本研究成果によって、働きの異なる神経細胞の活動を色分けして観察できることが明らかとなり、異なるタイプの神経細胞からなる大脳皮質の神経回路における情報処理の原理を解明することが期待されます。
本研究成果はJST戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「遺伝子改変細胞キメラ培養による神経回路網形成機構の解明」の研究代表者:津本忠治(独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター ユニットリーダー)らによって得られたもので、米国科学雑誌「The Journal of Neuroscience」に、2007年2月21日(米国東部時間)に掲載されます。
<研究の背景と経緯>
大脳皮質の神経回路は、興奮性神経細胞と抑制性神経細胞と呼ばれる神経細胞で構成されています。興奮性神経細胞は主にグルタミン酸(注4)を伝達物質として、神経信号を伝達します。抑制性神経細胞はガンマアミノ酪酸(GABA)(注5)を伝達物質として、信号伝達を抑制します。大脳皮質視覚野では、与えられた視覚刺激の中で特定の方位(傾き)の刺激にのみ反応するという方位選択性を持つ神経細胞が存在することが知られており、脳は特徴選択的に情報処理を行うという概念が成立しています。しかし、どのようなメカニズムによって特徴選択性ができるのか、といった疑問は脳科学における大きな謎の一つとして残っていました。
本研究チームは、機能的二光子励起(れいき)イメージング法を用いて、大脳皮質視覚野における興奮性神経細胞と抑制性神経細胞の光刺激に対する反応を同時に観察することを目指しました。二光子励起イメージング法とは、分子が光子を2個同時に吸収して励起される現象で、その励起波長は一光子励起に用いられる波長の2倍となります。波長の長い光ほど生体組織の深部に到達するので、この方法で脳の蛍光観察を行うと空間解像度の高い深部断層像を得ることができます。二光子励起イメージング法は1990年にドイツのDenk(デンク)、と米国のWebb(ウェッブ)らによって生物試料における蛍光を深い部分まで観察できる方法として開発され、神経細胞の形態観察等に利用されてきました。しかしながらこの方法では興奮性神経細胞と抑制性神経細胞を区別して観察することができませんでした。
一方で、2003年にドイツのKonnerth(コナース)らが、神経細胞の活動によって蛍光強度が変化するCa2+蛍光指示薬(注6)を利用し、多数の神経細胞の活動を観察する機能的二光子励起イメージング法を開発しました。2005年には米国のOhki(オオキ)らがネコの大脳視覚野に適用し、神経細胞における光反応を観察しました。この方法は、せいぜい数十個の細胞しか同時に観察できないという従来の電極を使った方法の限界を超え、一挙に数百個の細胞の活動をほぼ同時に観察できるという画期的なものです。しかし、従来のCa2+蛍光指示薬では、グリア細胞(注7)と神経細胞を区別して染色することは可能でしたが、神経細胞を興奮性神経細胞と抑制性神経細胞に染め分けることはできませんでした。
<本研究の成果>
本研究チームは、機能的二光子励起イメージング法を、抑制性神経細胞だけが緑色蛍光タンパク質(略称GFP)を発現するように遺伝子を改変したマウスに適用して、興奮性神経細胞と抑制性神経細胞を染め分けることを試みました。従来のCa2+蛍光指示薬は緑色蛍光と干渉するという問題がありますが、Fura-2という別のCa2+蛍光指示薬とグリア細胞を染色する色素を脳内に注入することにより、干渉を避けることができました。伝子改変マウスの大脳皮質神経回路網を構成する興奮性神経細胞、抑制性神経細胞、グリア細胞を区別して染色し、それぞれの活動を同時に観察することに成功しました(図1)。
この手法を用いて、麻酔をかけたマウスに種々の方位(傾き)の縞模様よる視覚刺激を与えたところ、興奮性神経細胞は強い方位選択性を示したのに対し、抑制性神経細胞はどの方位の刺激に対してもほぼ一様に反応することがわかりました(図2)。この発見は、抑制性神経細胞が、興奮性神経細胞の反応性を全体的に抑えることによって、興奮性神経細胞の方位選択性を発現させていることを示唆しています。
本研究は、大脳皮質内の神経回路網を研究するための新しい方法を提起し、実際に視覚野の興奮性神経細胞と抑制性神経細胞では方位選択性という特徴選択性が異なることを世界に先駆けて発見しました。
<今後の展開>
本研究では、二光子励起イメージング法を用いることにより、三次元的な構造である大脳皮質神経回路を構成する3種の細胞の活動を立体的にイメージングするとともに、時間軸にそった活動の動態を可視化することに成功しました。本研究成果は、ヒトで最も良く発達している大脳皮質の神経回路の情報処理メカニズムの解明に貢献しうるものです。具体的には、大脳の神経回路と同等の能力を有する回路チップの開発、失明・失聴者の機能を回復するための埋め込みチップの開発、さらには脳内神経細胞活動から直接ロボットアームを動かすブレイン・マシン・インターフェイスへの応用などが可能になると期待されます。
<論文名>
“GABAergic neurons are less selective to stimulus orientation than excitatory neurons in layer II/III of visual cortex, as revealed by in vivo functional Ca2+ imaging in transgenic mice”
「視覚野2/3層GABA性神経細胞(抑制性神経細胞)は興奮性細胞に比べ方位選択的でないことが遺伝子改変マウスへの機能的Ca2+蛍光イメージング法(二光子励起イメージング法)の適用によって明らかとなる」
doi: 10.1523/JNEUROSCI.4641-06.2007
<研究課題名等>
戦略的創造研究推進事業 | |
研究課題: | 「遺伝子改変細胞キメラ培養による神経回路網形成機構の解明」 |
研究代表者: | 津本 忠治(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター 神経回路メカニズム研究グループ 津本研究ユニット・リーダー) |
研究期間: | 平成15年度~平成18年度 |
<お問い合わせ先>
○研究成果について
津本 忠治(つもと ただはる)
独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
TEL: 048-467-7516 FAX: 048-467-7504
E-mail:
土屋 暢久(つちや のぶひさ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第三課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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○JSTについて
独立行政法人科学技術振興機構 広報・ポータル部広報室
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