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平成18年10月26日

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DNAの分解異常による慢性関節リウマチ発症に関する知見

 JST(理事長 沖村憲樹)と国立大学法人大阪大学(総長 宮原秀夫)は、アポトーシス注1での細胞死や赤血球の産生過程において、DNAが効率よく分解されないと関節リウマチ注2を引き起こすことを明らかにしました。
 関節リウマチは手足の指、ひざなどの関節がこわばり、痛み、変形を伴う炎症反応であり、約1%の人が発症する疾患です。関節リウマチを根治させるには、病気を引き起こす原因を明らかにする必要があります。
 本研究チームは、DNAを分解する働きをもつ酵素が無いマウスが、ヒトの関節炎症状と非常に似た関節炎を発症することを発見しました。これは、DNAの分解異常が関節リウマチを起こしうることを示しています。また、このマウスを用いて関節リウマチのより良い治療薬の開発が可能になると期待されます。
 本研究成果は、戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「アポトーシスと貪食の分子機構とその生理作用」(研究代表者 長田重一(大阪大学大学院生命機能研究科 教授))の研究者 川根公樹(同 助手)らによって得られたもので、英国科学雑誌「Nature」に2006年10月26日(英国時間)付で誌面に掲載されます。


<研究の背景と経緯>

 関節リウマチは手足の指、ひざなどの関節がこわばり、痛み、変形を伴う炎症反応であり、約1%の人が発症する疾患です。発症した関節でTNF(tumor necrosis factor、腫瘍壊死因子)注3IL-6(インターロイキン6)注4が多量に発現していることがわかっています。近年、抗TNF抗体が関節リウマチの治療薬として使われていますが、これは対症療法であり、病気を根治させるものではありません。よって、関節リウマチを根治させるには、病気を引き起こす原因を明らかにする必要があります。
 アポトーシスとは、不要になった細胞や害となる細胞を取り除く細胞死のメカニズムです。アポトーシスでは細胞の凝縮、断片化とともにDNAが急速に分解され、マクロファージなどの食細胞によって速やかに貪食処理されます。
 長田グループは、これまでの研究でアポトーシス細胞のDNA分解は2ステップで進行することを明らかにしていました (Nat. Immunol.4, 138, 2003)。具体的には、1死細胞内でCAD(caspase-activated DNase、DNA分解酵素の一種)によるDNA分解が起こり、その後、2死細胞がマクロファージに貪食され、マクロファージ注5内のリソソーム注6で作用するDNase II注7によるDNA分解が起こることを明らかにしました。また、赤血球は骨髄で形成されますが、その最終段階で核は排除され、骨髄のマクロファージによって貪食され、成熟した赤血球となります。この際も、マクロファージに存在するDNase IIがDNAを分解することを解明しました。

<研究成果の内容>

 長田グループは、成体におけるDNase II遺伝子の生理作用を検討するため、DNase II遺伝子を大人になってから薬剤[poly(IC)] により欠失させることのできるようなマウスを作成しました(コンデイショナルノックアウトマウス)。このマウスを薬剤[poly(IC)]で処理すると数週間のうちにDNase II遺伝子は除去されました。それに対応して、体内のさまざまな組織(特に骨髄)のマクロファージにはアポトーシス細胞や赤血球由来のDNAが未分解のまま大量に残りました。また、DNAが残存しているマクロファージは活性化されており、TNFを産生していました。
 DNase II遺伝子を欠損させたマウスは歳をとるにしたがって、指先、手・足首、ひじ・ひざの順に、関節炎の症状を示し、DNase II遺伝子を除去した後8ヶ月目には、すべてのマウスでほとんどの関節が発症しました(図1)。レントゲンで関節を観察すると、関節が顕著に変形しており、時には骨折している場合も認められました(図2)。関節の組織を病理観察すると、骨を覆う滑膜細胞に著しく増殖し、軟骨や骨を破壊していました。この症状はヒトのリウマチ患者に認められる関節炎とよく似ています。また、発症した関節ではTNF、IL-6やIL-1・などのサイトカイン注8遺伝子の発現が10~50倍に増加していました。さらに、血清中にはヒトのリウマチ患者で認められるリウマチ因子、マトリックスメタロプロテアーゼ注9などが高濃度に認められました。
 ヒトのリウマチは、抗TNF抗体によって緩和されることが知られています。そこでDNaseIIを欠損させたマウスに対し、まだ関節炎を発症していない時期に抗TNF抗体を投与したところ、関節炎の発症を抑制することができました。さらに、関節炎を発症したマウスに抗TNF抗体を投与するとヒトと同様に関節の腫れは減少し、また関節でのサイトカイン遺伝子の発現も顕著に減少しました。
 以上の結果は、アポトーシス細胞や赤血球前駆細胞から由来するDNAが、効率よく分解されずマクロファージに残存するとマクロファージが活性化し、その細胞から産生されたTNFによって関節における滑膜細胞の増殖が誘導されたことにより、関節炎が発症したことを示唆しています。

<今後の展開>

 今回の結果は、マクロファージの異常な活性化が関節リウマチの原因のひとつであることを明らかにしました。ヒトの身体では毎日10億近くの細胞がアポトーシスを起こして死滅し、そのDNAがマクロファージにより分解されます。また、毎日、100億以上の赤血球が骨髄で産生され、赤血球の成熟にあたって排除されたDNAが分解されます。今回の結果は、マウスにおいて、これらのDNA分解がマクロファージで効率よく起こらなければ関節炎を発症する可能性があることを明らかにしました。今後、ヒトの関節リウマチが同じような原因で発症しているかどうかを調べる必要があります。
 また、TNFはバクテリアやウイルスによって感染したマクロファージから産生され、自然免疫注10を担う分子です。ヒトなどの哺乳動物のDNAは自然免疫を活性化しないと考えられてきましたが、今回の結果は、アポトーシス細胞や赤血球からのDNAが分解されないとTNF遺伝子が活性化され、自然免疫が活性化されることを示しています。今後は、自然免疫の活性化にどのようなシグナル伝達メカニズムが用いられているのかを明らかにする必要もあります。
 さらに、今回作成されたマウスの関節炎はヒトの関節炎の症状と非常に似ているため、このマウスは関節リウマチの薬の開発に有効であると期待できます。ヒトの関節リウマチでは3割を超える患者が抗TNF抗体によって緩和されると報告されています。しかし、この治療は発症した関節で産生されるTNFを一過的に中和することによってその症状を緩和するものであり、関節炎の原因を取り除くものではありません。また、抗TNF抗体は時間がたつにつれ体内から排除されることから、治療を長期間継続しなければなりません。具体的には、ほぼ8週間ごとに非常に高価な抗TNF抗体の投与が必要です。今回作成されたマウスを用いることで、より良い治療薬を開発することが可能になると思われます。

用語解説
図1:DNase II変異マウスでの関節の腫れ
図2:関節炎を起こしたマウスのレントゲン写真

<掲載論文名>

Chronic polyarthritis caused by mammalian DNA that escapes from degradation in macrophages.
(マクロファージでの分解を免れたDNAによっておこる慢性多発性関節炎)
doi :10.1038/nature05245


<研究課題等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りです。
戦略的創造研究推進事業
研究課題名:「アポトーシスと貪食の分子機構とその生理作用」
研究代表者:長田重一(大阪大学大学院生命機能研究科 教授)
研究期間:平成15年10月~平成20年9月


<お問い合わせ先>

長田 重一(ながた しげかず)
大阪大学大学院生命機能研究科 時空生物学 遺伝学
大阪大学大学院医学研究科 生体制御 遺伝学
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-2
TEL: 06-6879-3310 FAX: 06-6879-3319
E-mail:

小松 理(こまつ さとし)、辻 真博(つじ まさひろ)
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戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第三課
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